Task01 試合に乱入しろ
ごきげんよう、俺だ。
各地から腕に物を言わせた勇者を集めてスペック争いとは、まったく呑気な連中だぜ。
そんなもんを決めたところで、それを仕組んだ連中の懐が少しばかり潤うだけさ。
「ロナ、紀絵、見ろよ。連中ときたら、どの酒が一番うまいかをクソ真面目に議論したいらしいぜ」
「まったくおめでたい連中ですよね、実際。どの酒が美味いかなんて、人それぞれだっていうのに」
頷くロナとは反対に、紀絵は首を傾げた。
「ううん……でも、何事にも等級を付けたがるのが人間の性ですし、それを以て切磋琢磨せねば腐るばかりではございませんこと?」
「一理ある。だが、ここですべきじゃないし、こいつらの仕事じゃあないのさ」
「そういうものでして?」
「そういうもんだぜ。焼酎とワインがどの料理に合うかは議論の余地があるだろうが、どっちの酒が普遍的に優れているかなんて酒の席で語らってみろ。何もわかりはしないぜ」
これまたロナは鼻を鳴らして頷いた。
「……どころか殴り合いの喧嘩までありますね」
紀絵も今度は両手を叩いて、理解したことを大げさに伝えてきた。
「ええ、確かに……! 前世では飲ん兵衛だったわたくしも、赤ワインならこれビールならこれというものはあれど“どのカテゴリが優れていたか”などといったお話は、あまりにも不毛すぎてそもそも選択肢にありませんでしたわ」
話が早くて助かるよ。
だが困ったことに、その置き換えが理解できない奴は山程いる。
「そういえば、大会の開催中に帝都を襲撃するという算段じゃありませんでしたっけ?」
「ああ、そのことかい。俺は俺のやり方で事を進めさせてもらうと先方にも伝えてある。きっと織り込み済みだろうさ」
「はぁ……さいですか。つまり闘技場にカチコミかけるんですね、わかります」
「その通り。今こそ酔っぱらい共のツラに冷水をぶちまけ、ケツにかじりついたそれが何なのかを教えて差し上げる時だぜ」
それじゃあ、試合会場の様子を確認してみようじゃないか。
……ほう、第一試合は意外と呆気なく終わっちまったらしい。
フレンの野郎はなんとも誇らしげにガッツポーズなんざ決めてやがる。
まったく気楽なもんだ、タコの群れにも手を焼いてやがったくせに。
「――続いて第二試合です! 赤コーナーからは、追放の憂き目に遭いながらも不屈の精神で隠しスキル鋼の肉体に目覚めた男! 何度倒れようとも、何度でも立ち上がる“不死鳥”――ジョシュア・ロスコークス!!」
「「「「「おおおおおお!!!」」」」」
見たことのない野郎だ。
果たしてどれくらい楽しませてくれるのかね。
鋼の肉体なんて銘打った割には、細っこい外見をしてやがるが。
まあタフなのは結構。
問題は、追放された理由と、今はどうしているのかについてだ。
「青コーナーからは、謎に包まれた正体不明の新入り!」
「「「「「おおおおおお!!!」」」」」
「迂闊に触れれば大怪我大火傷は必至!! 漆黒の大槍と眩い大火球で、立ち塞がる全てを貫き焼き殺してきた“悪辣なる凶星”――グレイ・ランサー!!」
ほう。
「あらあら? あのてるてる坊主さんみたいな灰色のフルフェイスは初めて目にしますわね」
紀絵は首を傾げる。
確かに、どことなくバイクに乗るときに被るフルフェイスヘルメットに似ている。
マントを羽織っているから、てるてる坊主のようだというのもよくわかる。
「両足のブーツなんかはいかにも機械仕掛けといった風情で、これがまたイカしてやがるぜ」
「でも、なーんか会ったことありそうな気がするんですよねぇ……」
そりゃあそうさ。
ロナの疑問は尤もだ。
「両足とツラに傷がありそうな奴といえば、一人くらいしか思い付かん。もしも運命ってやつが俺達にサプライズを用意してくれているなら、だがね。そこはぬか喜びしたくないから、あくまでも予想だ」
そう、たとえば、股間のロベスピエールを断頭台に送ってやった相手が、減らされた前髪や股間、それと両足の治療のために医者や錬金術師なんかを頼った結果、何故か女になったという展開もありえないとは言い切れない。
だがそれを確信するのは、ちょいとばかり気が早い。
さて、遊んでやるとするか。
今いる闘技場の外壁から、煙の槍に乗っかってひとっ飛びだ。
リングの真ん中辺りの上まで辿り着いたら、そのまま下に降りるだけ。
右膝と右手を地面に叩きつけるようにして着地、どうだ、映画みたいだろう。
(これでスタン・リーが観客席にいてくれりゃあ完璧なんだがね)
「――Ladies and Gentlemen! ごきげんよう、俺だ」
「「「「「……!?!?!?!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!?」」」」」
おい、見ろよ!
観客連中、歯磨き粉と軟膏を間違えたみたいなツラで俺を見てやがるぜ!
「最凶最悪な飛び入りゲストのご登場だ。拍手喝采で迎え入れてくれ」
手を振ってアピールだ!
俺が誰だかは、もうおわかりだろう。
そう、ダーティ・スーのお出ましさ。
「あれは、黄金の獣!?」「落日の悪夢……!」「見敵鏖殺のダーティ・スー!!」
「もうダメだ! おしまいだぁ!!」「ひいいい犯されるぅううう!?」
そうら、聞こえるだろう!
俺を称える歓声が!
恐怖に咽び泣く、ギャラリー共の嗚咽が!
「これより始まるは惨劇のショー。今日この日、帝都は炎に包まれるのさ!」
遠くの空を指さしてやる。
俺の指し示した先には、雨雲と見紛うほどの魔物の群れだ。
「……お、おい! 空を見ろ!」「あの黒い塊はなんだ!?」
「いや、あれ……ドラゴンだ!!」「やべぇ逃げるぞ!」「死にたくない!!」
我ながら悪くないデモンストレーションじゃあないか。
前情報は幾つか貰っているから、闘技場の構造についても、設立に関するゴタゴタについても把握済みだ。
「落ち着けよ。ここのリングが魔法を弾くようにできているなら、逆説的にここは安全ってことさ。
家の心配はやめておけ。結果のわかりきったことに幾ら思いを馳せても、壁が崩れる運命は変えられやしないぜ」
そして、税金をたっぷり注ぎ込んで、山程いた反対派を根こそぎ牢獄送りにした、なんて曰くまでついてやがる。
「ダーティ・スーうううううううううううううう!!!!! お前は、お前だけはぁあああああああッ!!」
知らない女の声だ。
同時に、横合いから炎の塊が飛んできたのを、俺は蹴飛ばした。
ふと見やれば、その女というのはグレイ・ランサーだった。
……はて。
「俺は、お前さんに恨まれるような事でもしたのかい」
「しらばっくれるなよ!! お前のせいで、俺は、俺はぁあああああああ!」
「落ち着けよ、お嬢さん」
だいたい結末は読めてきたが、少しは勿体ぶることを覚えたほうが身のためだぜ。
「それこそ覚えきれないくらい恨みは買ったかもしれんが、顔が解らんことには責任のとりようがないってもんだぜ。いや、見当はついているが万一、人違いだったら俺が恥をかくだろう」
「……チッ」
グレイ・ランサーが舌打ち混じりにヘルメットを脱ぎ捨てると、亜麻色の髪と、見覚えのある顔立ちが出てきた。
前髪の近くには火傷の痕があるが……この火傷、よく見ないと解らんな。
だが確証は得られた。
「案の定、クレフ・マージェイトだったか! ははは! くたばり損ないめ、元気にしていたかよ!」
「お陰様でなァ!! 世界は俺を裏切った……俺は捨てられた!! クレフ・マージェイトは、もう死んだ! 俺は、俺は、グレイ・ランサーだ!!」
「……そうかい」
「お前だけは殺してやる!!」
ほう、だがお前さん、他の参加者共が迎撃に向かうのを見ていて、その上で俺に挑もうって考えてやがるのかね。
街は他の連中にまかせて、てめえは俺をここから追い出すことに専念したい……なんて魂胆だったら少しは評価を改めてやらんでもない。
「帝都の連中を助けには行かないのかい」
「俺を見捨てた世界のことなんてどうでもいいね。だがまずはお前を血祭りに上げることから始めるんだよ!!」
なら、言うことは特に無い。
程々にかわいがってやるだけさ。




