Extend3 月下竜の寵愛
再びシグネ視点です。
わたし――シグネは竜に変身して、ギブドラステア公国の飛行船を撃ち落とした。
ついでに動力炉から魔石を奪って、ここに持ち帰ってきていた。
釣りに行く前に、ダンジョンのチェックポイント上空に敵がやってきたことを警報が教えてくれたからだ。
そんなことより!
すごいや、ダンジョンの魔力!
だってわたし、今までは竜に変身した後しばらく倒れて動けなかったもん!
ところがどっこい、ダンジョンから魔力供給を受けたから、身体が軽い!
さっそく報告しよーっと!
「わたしやりました!!」
「お見事にございます、竜の御子さま……直々にお手を煩わせたこと、どうかお許しくださいませ……なにぶん、設備が思った以上に老朽化しておりまして、目覚めたばかりでは把握できなんだ……ああ、せめてノヴァが口をきけたなら」
そういう言い訳はいいよ~。
「侵入者の退路を断てたんだし、ここは喜ぶところですよ、爺や!」
「――! もったいなきお言葉……!」
「それより、わたしかっこよかったですかっ?」
「後世まで語り継がれるべき御姿、もしも儂に涙が流せていたら、此処で滂沱の涙を流していたことでしょう」
「やったー!」
けど、気になることがある。
人の姿に戻ったら、今までと違ってツノと羽と尻尾がそのまんま引っ込んでくれない。
……でもまぁ、これはこれで、なんだかかっこいいよね!
【↑返して】
……?
なんだろ、このささやくような声……?
わたしに似てるけど、すごく冷たい声……。
まぁいいや。
「それより、変身したからおなかすいちゃいました。今度こそ釣り場に連れてってください!」
「お安い御用!」
「たくさん釣り上げて、敵襲を教えてくれたノヴァちゃんにもお裾分けしないと。
あ! 旦那さんはもうすぐ到着するかな? ノヴァちゃんに案内を任せていますよね!?
えっと、なんだっけ? 玉座の間じゃなくて、そう! 中庭でごはんにしようって話!
「そうですな、もう暫し……御子様の分の魚が釣れて持ち帰る頃には、ご到着めされるでしょう。
中庭であれば、転送装置が使えずとも抜け道から辿り着けます」
「オッケー! じゃ、みんなの分も釣ってこなきゃですね! あー……でも、お肉のほうがいいのかな?」
ダンジョンには野生動物がいないから、虫……?
いや、駄目だな~。
虫のお肉はフェニカさんが嫌な顔をしそう。
肉、肉、肉……。
ああ!
失敗しちゃったな~、飛行船から持ってくれば良かった。
わざわざ食料庫に行かなくても、開けた穴からこぼれ落ちた素材があったのに!
そう、あいつらは殺して喰っても誰も心を痛めたりしないもんね。
……。
…………え?
待って。
わたし流石に人肉は食べたくない。
おかしいな……何でこんなこと考えたんだろ?
あぶない、あぶない。
【↑これ以上、私の身体を、私の心を盗まないで】
うぅ……まただ……。
もしかして、記憶を失う前の、わたしの声……?
「如何されましたかな、御子様。顔色が優れないご様子ですが」
「ううん、なんでもないです。ちょっとエグいこと考えちゃっただけです」
「然様でしたか、これは差し出がましいことを伺ってしまいました」
「だいじょーぶですよ」
おててをひらひらさせて、平気だよってアピール。
記憶、かぁ。
「……ねぇ、爺や」
「はい」
「わたし、記憶喪失なんです」
「なんと! それは……」
そうだよね、爺やも言葉を失うよね……。
「わたし、ここのお姫様だったんですよね?」
「竜の血を受け継いでおられることこそが、何よりもの証です」
でも、なんか、違う気がする……。
うー……。
むー…………。
これは……話しても、いいのかな。
いや。
ここは、勇気を出そう。
「もし、記憶を取り戻したら、わたし……わたしが消えてしまうような気がするんです……。
何もかも、忘れてしまう気がするんです。旦那さん達ど出会った後のことも……」
「きっと心配には及びますまいて。御子様は前の主、レヴィリス様に見初められ、竜の血を受け継いでおられる。
おそらく、御子様が何処かの主として君臨していた頃の記憶が戻られるだけ。
それは、我らにとっての御子様は健在であらせられると同義にございます」
わたしの意思そのものは?
残ってるといいなぁ。
……いや、残ってるじゃないか。
何を悩んでるのかな、わたし?
わたしは、思い出したんだよ。
この月下竜の神殿を継ぐ、竜の御子であることを。
もう、これ以上なにを思い出せるの?
―― ―― ――
「ふぅ~大漁大漁♪」
「お見事な釣果にございます、御子様。過去に、何処かで釣りを嗜まれておいででしたか?」
「う~ん、初めて釣りをした時も、たくさん釣れて旦那さんにビックリされました
けど……そんなにすごいのでしょうか?」
「あの短時間で20匹も釣り上げられるなら、充分な才能と言えましょう」
身体が覚えているっていうのかな?
勘がささやくんだよね、今なら行けるって。
さて、到着!
夜目が効かない旦那さん達でも大丈夫なように、無事な燭台をたくさん並べて明るくしてあげたから、きっと心細くはない筈だ。
谷底とはいえ陽の光も届かないわけじゃないし!
ノヴァちゃんは眩しいの苦手そうにしてたから、そこはごめんだけど……。
「どういう事か説明してくれ!」
「やめてよ! 多分、この子……しゃべれないのよ」
旦那さん達が揉めてる……わたしの事についてかな?
「くっ、誰か説明できる人はいないのか!」
ノヴァちゃん、言葉が話せないもんね。
思わず、わたしは爺やと顔を見合わせた。
よし、ここはわたしの無事をしらせなきゃ!
「ごめーん、遅くなっちゃった!」
両手いっぱいにおさかな抱えた、わたし!
それを見て、みんなが目を丸くしてる。
「シグネ、その角と羽、尻尾……!」
「ああ、これですか? 変身したら、ここだけ戻らなくなっちゃいました。
外にいた飛行船なら、わたしが倒してあげたから、もうこれ以上敵は増えませんよ! 聞いてくださいよ、わたしの――」
――バチンッ。
頬に冷たい痛みが奔る。
おさかな、落っことしちゃったよ……。
「馬鹿! 心配したんだから!」
フェニカが声を荒げた。
あれ?
「なんで、わたし怒られてるんだろ……?」
「御子様ッ!!」
あー、だめ。
流石に暴れられるのは本意じゃない。
「爺や、ストップ。喧嘩は駄目です」
「はは!」
よし、いい子ですよ。
部下はおりこうさんのほうが、わたしは好きですっ。
「“爺や”って……それに、あんた目の色が、銀色に……」
「鏡が無いからわかんないですよ」
「……」
「みんな、怒りっぽくなっちゃだめですよ。わたし達はこれから、家族になるんですから」
あれ?
わたし、何か不味いこと言ったかな?
みんな黙り込んじゃった。
バズさん、こーゆーとき、気を使って宥めたりしてくれる筈なんだけどなぁ。
だめだ、呆気にとられちゃって動けないみたい。
「本当に、シグネなんだよな?」
おずおずと、旦那さんが遠慮がちに歩いてくる。
なんで?
「いつもみたいに、頭をなでてくれないんですか? わたし、頑張ったんですよ?」
「……やっぱり、いつもと違う。こいつらに、何かされたのか?」
「なんで!? 爺やも、ノヴァちゃんも、悪い人じゃないもんっ!!」
「お前が竜に変身したことでどんな代償を支払うかを、あいつらは訊いてきたか?」
「……何も、訊かれなかったです。でも、こっちの姿が、わたしの本来の姿なのかも。“竜の御子”と呼んでましたし」
「お前は……!!」
旦那さんは、爺やを睨む。
殺意のこもった目。
どうして?
記憶を取り戻したのに。
――!!
「ううッ!? あ、ぐ……!? うぅああああぁあああッ!!」
頭が……目が……!!
い、痛い……!!
【↑これはあなたの身体じゃない。返して】
なん、なの……!?
【↑私を、元の世界、ファーロイスに返して】
「ファーロイス!? 知らない! 知らない……!
旦那さんと一緒に、記憶を取り戻す旅に出て……竜の御子だったことを……思い出した……!
あなたの記憶なんて、知らない……!」
【↑思い出せ、ジークリンデ! ブラウシュテルン村に生まれ、村の風習でレヴィリスへの捧げ物にされたじゃないか……!】
「……――!」
ブラウシュテルン……。
知ってる……イノシシを追い掛け、魚を山ほど釣り上げた日々を……。
狩人の娘、ジークリンデ……。
でも、もう遅い。
違う世界に流れ着いたら、もう戻るすべなど無い。
……わたしは、竜の御子。
「今こそ……継承の儀を――」
朦朧とした意識の中、この口だけはしっかりと動いていた。
けれど。
「――ごきげんよう、俺だ」
夢のお告げにあった黄衣の男が、それを遮った。
自我を侵食されて記憶喪失になった結果のドジっ子属性って、何とも後ろ暗くて淫靡じゃないですか?
 




