Extend2 竜の御子のゆるゆるダンジョン生活
今回はシグネ視点です。
「え? わたしが?」
立て続けに起きた突然のことの数々に、わたし――シグネは飲み込めなかった。
ダンジョンの床が急に光ったかと思ったら、ワープさせられちゃうし……。
しかも、わたしひとりしかワープできなかったし!
寂しがってたら、黒い塊に連れ去られるし!
これはもう死ぬ、とか思ってたら、なんか朽ち果てた石造りの玉座に座らされるし!!
天井のシャンデリアっぽいところにある、青白く光っている球体が……ダンジョンのコアだよね?
1/4くらいに欠けちゃってるけど……。
それで。
目の前の、すごく大きな身体で兜を被ったおじさんは、なおも続けた。
わたしを縦に4人並べても届くかどうかといった巨体が、膝をついてかしずいている。
「あなた様の御帰還を心よりお待ちしておりました。我らが主の末裔……そして、新たなる我らが主……月下竜レヴィリスを継ぐ、竜の御子よ」
「ええええええええええぇぇええええッ!!?」
つ、つまり、お姫様だった!?
聖女にしてお姫様ってこと!?
言われてみれば、辻褄が合うかも。
わたし記憶喪失だし!
魔力はこの世界と馴染んでいないってお婆ちゃんが言ってたし!
それに……このペンダントにしている指輪だって、お婆ちゃんがしていたものと同じ形をしてた!
……はて?
でもおかしいな?
この指輪はエンリコさんから「先祖の形見だが、お前にやるよ。お守りにしてくれ」って貰ったものなのに。
わたしが元々持っていたわけじゃない。
(どうしてそんな大切なものをくれたのかを訊いてみたら、わたしについて責任を持つため、とか。もーう、めんどくさい人だな! 嬉しいけどっ!)
うーん、やっぱりこの指輪は関係ないよね!
まさかね……?
ふと、壁に掛かっている布を見た。
指輪に刻まれた紋章と同じだ。
その“まさか”だった。
全部繋がってたのかな?
何もかも、ここに辿り着く運命だったのかな?
なんて考え事にふけっていると。
「――あなた様を守護する騎士を紹介いたしましょう。
守り人“ノヴァ・ディー”よ、玉座の前へ。この御方こそが、我らの新たなる主であらせられるぞ」
「……」
黒くて長い髪の、ワンピース姿の女の子――ノヴァ・ディーが裸足でやってくる。
血色悪いけど……ちゃんと栄養とってるのかな?
肉付きは、うん。
ちょっと痩せ気味だね。
そんな子が、長い棒を床に置いて、巨人のおじさんと同じようにかしずいた。
「ノヴァ、ちゃん? 顔を上げてみて」
呼んでみる。
「……」
顔は向けるけど……目は一瞬だけこっちを見てくれたりもしてくれたけど……。
「……」
すぐに横目で他のところを見ちゃった。
「あの~、目を合わせて……」
途方に暮れるわたしに、巨人のおじさんが再び一礼する。
「これはとんだ失礼を致しました。なにぶん、この者は恥ずかしがり屋でして。これ、ノヴァ。主は目を見ろと仰せだぞ」
「……」
うっ。
なんだろう。
深い井戸の底みたいな目をしてる……。
眼球は白いけど、中心にある黒目の部分は塗りつぶしたみたいに黒い。
あ。
また目を背けちゃった。
今度は巨人のおじさんを見てる。
「何ぃ? 儂が悪いと?」
「……」
うなずいた!
良かった、言葉は通じるみたいだね!
「怖がったりしてごめんね。お近づきの印に、これ!」
いちご味の、名前も知らないお菓子!
お婆ちゃんからの貰い物だけどー……ひとりじゃ食べきれないからあげちゃってもいいよね?
「……」
おお、すっごく大切そうに受け取った!
「……」
心なしか嬉しそう!
ありがとう、礼拝堂にいたお婆ちゃん!
これでわたしも、古の伝説に語られるワラシベ=リッチマンになれるかな!?
「ふふ。食べていいよ」
「……!」
お!
口が動いた!
声は出てないけど――“いただきます”かな?
ぽりぽり。
しゃくしゃく。
「うんうん、いい食べっぷり!」
「ノヴァ・ディーめも、いつになく喜んでおるようです。この者に感情の芽生えは、かつての主でも見られなかった……む!?」
ビー、ビー、ビー。
欠けたダンジョン・コアから警告音が出る。
大昔のものなのに、そんな時代から警報なんてあったんだ……。
「賊共が現れたようですな……」
立体映像が映し出される。
そこには、わたしが夢のお告げで見た黄色い外套の男の人と、わたしと同じくらいの背丈の女の子が二人。
それからギブドラステア公国の軍人さんが何人か。
「……良かったぁ~旦那さんじゃなくて……あ、旦那さんっていうのは、エンリコさんっていう、わたしが来た時に一緒にいた人でね?」
「存じ上げております。其の者らは攻撃対象から外せとの仰せであれば、そのように致しましょう。継承の儀は、親しい者を招くべきですからな」
ケイショーの、ギ?
まぁ、なんのことかわからないけど、旦那さん達が助かるならそれでいいや!
「ノヴァよ。儂ではあの通路は狭すぎる。行けるな?」
「……」
コクリ。
ノヴァちゃんは頷いて、玉座の間の隅にあるワープの魔法陣に乗っかった。
「い、いってらっしゃ~い」
とりあえず、そう言っておくのがいいよね?
多分?
「おお、そう言えば、竜の御子様!」
「は、はい!?」
「お名前を伺っておりませんでした」
「シグネといいます。あなたは?」
「儂は“武器刈りの古老”と申しまする」
「ぶき、がり、のこ、ろう?」
「気軽に“爺や”とでもお呼びくだされ」
「うん、わかりまし――」
――ぐぅ~。
「あはは……ごめんなさい、おなかすいちゃいました」
「ふぅむ……儂では何も作れませぬ。かといって女給の者達は行方不明……はてどうしたものか」
「材料だけくれれば、自分で作りますよー。案内できますか?」
「お安い御用! どうぞ、肩にお乗り下さい」
―― ―― ――
で。
「あの、流石に、化石は食べられないです……」
食料品倉庫と書かれている部屋は、砂とか骨とかばかりだった。
そういうのを食べる種族もいたのかもしれないけど……わたしは残念ながら、人間だよ。
「誠に申し訳ない……魔力の供給が長らく途絶えていたらしく、すっかり風化してしまった模様……」
ぐぅ~。
「うわぁああん、おーなーかーすーいーたー……」
「ううむ、如何にせん……」
ピカッ!
魔法陣が光って、ノヴァちゃんが帰ってきた。
でも、満身創痍だ。
「ど、ど、どうしたの!? 誰にやられたの!? あの黄色いコートのひと!?」
「……」
ぐぅ~。
わたしのおなか、空気を読んで……!
「……」
「え? くれるの?」
逆さにした円錐形の上に、とぐろを巻いたクリームみたいなものを差し出された。
これは、戦利品?
食べたことないよ、こんなの。
白っぽくて、べとべとするものって、なんか苦手なんだよね……。
理由はわからないんだけど、なんか怖い。
「……」
あ、ノヴァちゃんひとくち食べた。
「ありがとう!」
ええい、勇気を出すのだシグネよ!
忠実なナイトさまがくれたんだぞ!
あむっ。
ん!
「おいしい! ひんやりしてて、ふんわりしてて、いちごの味がパァ~って広がるね!」
「……?」
あちゃー、首かしげちゃったよ。
わたしの食レポ、ボキャブラリーが壊滅的って言われちゃったからね……。
「残りは食べていいよ。ありがとう、ノヴァちゃん♪」
「……」
うんうん、たくさん食べて大きくなるんだぞ!
「ノヴァがやられたという事は……あやつめ、かなりの手練れのようだな」
「突破、されちゃうんでしょうか?」
「ご安心めされよ! 此処は難攻不落のダンジョンなれば! 回廊の先にあります溶岩蜂の巣にて、たちどころに黒焦げにしてくれましょうぞ!」
「……」
なんだろう。
ノヴァちゃんがすごく物申したい顔をしているような……?
……まあいいや!
それより、おなかすいたから食べ物を探しに行こう!
「お魚が取れるところってありますか? 魚釣りがしたいです!」
「なるほど、キャンプ料理というやつですな! そこなら儂が案内しましょう」
「はーい!」
「それと、お連れの方々は、この玉座の間ではなく、中庭で出迎えましょうぞ。そちらのほうが食事もしやすいでしょうからな」
「はーい!」
おーさかーな、おーさかーな!
楽しみだなー♪




