Task2 作戦領域周辺を探索しろ
ちょっとだけボリュームあります。
地面が盛り上がって、城壁らしきものが崩れて埋まっちまっている。
元々ここは城下町か何かだったのかね。
見渡す限り土と岩と瓦礫ばかりで、入り口らしい場所は見当たらないように思えた先遣隊の連中だが、俺のサーマルセンサー付きサングラスで一発だった。
「ステイン教授サマサマだぜ」
「あの人、元気にしてるんですかね?」
「さあね。またどこかからツラを見せに来るだろうよ」
それがたとえ敵同士だとしても、あいつならきっと恨みっこなしで済ませてくれるさ。
ありがたい話だぜ。
かまぼこ型の大穴は、なるほどダンジョンの入り口らしさを醸し出してやがる。
誘ってやがるのかね。
キャンプの設営は煙の槍を使えば一瞬だ。
3分もあれば充分さ。
地質調査は他の連中に任せるとして、手持ち無沙汰になった俺は近くを散策だ。
ロナと紀絵も左右に侍らせりゃあ、周りの兵士共も呆れたツラで見てきやがる。
いかにも『ガキなんざ戦場に引っ張ってきて何を考えてやがる』とでも言いたげだ。
もちろん、ちゃんと考えているさ。
……今夜の晩飯の事をね。
ロナも紀絵も、制服さん連中なんざよりよっぽど優秀だ。
比べるまでも無かろうよ。
―― ―― ――
とりあえず、島の南側はくまなく回ってみた。
煙の槍で空を飛びながら、だ。
ダンジョンの近くだから変な力場でも働いて撃ち落とされるかと思ったが、意外と何とも無かった。
道中で「いやいや両脇に抱えて飛ぶのは流石に無茶でしょおおおおおおお!!」と喚くロナと、目を回して言葉を失っている紀絵の姿を見るのは、中々に楽しめた。
大木でコマ切れにされた古城の城壁なんかがあった。
あれもダンジョンに含まれているとしたら、下手な手出しは無用だ。
「……ほう」
暫く歩いて辿り着いた石造りの礼拝堂は、すっかり苔むしていて、蔦も絡まり放題だ。
それでも半分以上が原型をとどめている上に、屋根も穴が空いているだけだ。
青空教室にはなっていない。
他の建物が木々に埋もれている中で、ここだけは無事か。
何とも引っかかるね。
「おやおや……久方ぶりのお客さんかねェ」
ちょうど、屋根の穴から日の差す長椅子から声が聞こえてきた。
そこに座っていた老婆が、杖をついてゆっくりと立ち上がる。
……先住民か、大昔に流れ着いてきた遭難者か。
いや、まさかね。
ここに生活できそうな場所は見当たらない。
生活の痕跡そのものが存在しない。
という事はつまり、
『お、おばけ……? スーさん、この人……』
『でも、敵意があるようには見えませんわ』
『つまり、それが答えさ』
こういう時は、こうすりゃいい。
お行儀のいいご挨拶は、俺には似合わない。
「別嬪さんのお出迎えとは、こりゃまた贅沢なこった。一曲どうかな、マダム」
片膝をついて、小さな手を掴み、口づけを一つ。
……へえ、右手の薬指に指輪か。
『あらまあ! 先生、熟女好きでしたのね』
『違うと思いますよ……単におばあちゃんっ子なだけかも』
そして俺の両手は、婆さんに振り払われた。
「ふんっ。あまりババアをからかうんじゃないよ」
……いけないね、それは。
俺は指を振ってみせる。
「てめえで“ババア”と言うのは感心しないぜ。クソ野郎をのさばらせるだけだ」
「自分で呼ぶ分にゃあアタシの勝手だよ。小僧どもがそう呼んだらケツを蹴っ飛ばしてやる」
「そりゃあ頼もしい。それで、マダムは何をしに此処に来たんだい。見たところ、お祈りをしに来たわけでも無さそうだ」
『二人称が“お前さん”ではなく“マダム”……新鮮ですわね!』
『紀絵さん、どうしたんですか一体。いつも何を仕出かすか解らないのがスーさんじゃないですか』
『ええ。そうですわね』
久しぶりだね、その手のやり取りは。
まあ定期的に楽しめているなら、構わん。
それより、この婆さんだ。
暫く窓の外を眺めてから、俺を見た。
「何をしに来たって? さあてね。アタシも忘れちまったよ」
拗ねたような眼差しは、人によっては罪悪感を覚えるだろう。
だが俺にとっては、まったく身に覚えのない話だ。
謝るなんて真人間じみたマネをこの俺様にできると思うかい。
無理だね。
「じゃあ、その程度の用事だったのさ。茶でも飲むかい。俺は、酒を」
俺は、透明な瓶に入ったウィスキーを揺らす。
だが婆さんと来たら、ぷいと顔を背けちまった。
「……要らないよ。さっさと帰んな」
「つれないこって」
思わず肩を竦めちまう。
残念ながら俺は、年長者共の言う事を聞くおりこうさんにはなれない。
「邪魔したね。こいつは詫びだ。受け取ってくれ」
ティーカップ一杯の紅茶と、ストロベリー味のポップコーンを注文だ。
そいつらをトレーごと、煙の壁と煙の槍でゆっくり飛ばす。
「おやおや、面妖な魔法を使うねェ……」
「“面妖”は俺にとっちゃ褒め言葉だ。あばよ」
ロナと紀絵の背を手のひらで軽く叩いて、踵を返す。
サヨナラの挨拶をしよう。
「ずらかるぜ。あまりのんびりしていても、依頼主から面白くない話をしこたま聞かされるハメになる。捜し物っていうのは鮮度が命でね」
お前さんだって、地元民ならそのネタで井戸端会議くらいはするだろう。
ほら、言ってみろよ。
守り手が忠告するみたいに。
「……アンタらの捜し物に興味はないが、あのダンジョンをくまなく調べた所で碌なもんは無いよ」
そら、ビンゴだ!
「何故そう言い切れる」
「地元民の勘って奴さね」
「ご丁寧にどうも。せいぜい土産話を楽しみに待っていればいいぜ。俺達は先人と名乗る老いぼれ共の掘り尽くした、その更に先を目指そう」
「そう上手く行くもんかねェ……」
「行かせる必要があるのさ」
そうでないと、仕事をしたうちに入らないのが、今回の依頼主だ。
いざとなりゃあ、懐からそれらしい物でも買うなりして、誤魔化してやりゃいい。
さて、帰るとしようかね。
キャンプに戻ったら、再び作戦会議だ。
――いや。
『話し声が聞こえてくるだろう。俺達が来た方向だ』
内緒話には念話が一番だ。
『ええ』
『聞こえますね……隠れます?』
物分りが良くて助かるね。
建物の反対側へと、屈んで向かう。
窓の跡に近付く。
これでもう、楽しい楽しい盗み聞きの時間を始められるっていう寸法さ。
どれどれ……。
「――また来客かい。まったく、今日に限って騒がしいったらないよ」
「…………」
「なんだい、黙りこくっちまって」
「そうですよ、旦那さん! いつもなら、ニヒルな台詞で返すじゃないですかっ!」
へえ。
こいつは楽しめそうな連中が来やがったな。
ひと目見た限りでは大した事のなさそうな、ボブカットくらいの長さの白髪の小娘……。
小奇麗な布に申し訳程度の革鎧なんて付けちゃいるが、太腿は丸出しだ。
ペンダントとしてチェーンに通している小奇麗な指輪は……この距離じゃあよく見えないな。
そしてそいつに旦那と呼ばれている、三十路も半ばの槍使い……。
荒くれ者じみた風体は、いかにも“やり手”だ。
鎧がノースリーブなのは、腕の動かしやすさを考えたのかね。
左肩の肩当てが俺好みだ。
「あ、あぁ……悪い。何処かで会ったような気がしてな……」
「……生憎、アタシゃ覚えが無いね、アンタみたいな若造は」
「ごめんなさいね、お婆さん……どうにも、この島に来てから急に調子が悪くなっちゃって」
なんて弁解している、魔術師の女と、
「あんまり言いふらすもんじゃないと思うよ」
それを宥めすかす、弓手の男だ。
この二人は恋人同士のように距離が近い。
なるほど、前衛と後衛のバランスが良さそうなのは……いかにもいつもどおりだ。
(それゆえに、どう切り崩すかが毎度のことながら変わってくる)
そんな四人に婆さんは、呆れたというツラを隠そうともしない。
「まったく、どいつもこいつも……勝手にズカズカ踏み込んできては、手前の都合ばかり語ってくれるよ。
まぁ、それより。この紅茶と菓子、貰っておくれよ。アタシゃ猫舌でね」
「え……いやぁ、別にそれは、いいかなって」
遠慮がちな弓手に対し、魔術師は物怖じする様子もない。
「じゃあ私が貰うわね」
「フェニカ、いいの? 見知らぬ土地の、赤の他人だよ?」
「見てよ。紅茶は淹れたて、お菓子は作りたてなのよ? ん~、おいしい! シグネちゃん、ほら、あーん」
「あーん……んはっ、なんですかコレ! おいしいじゃないですか!?」
などと取り合いもせず、二人で紅茶とポップコーンに口をつける。
味わう動作が一切ないのは癪だが、その後の発言こそが俺の求めていた内容だ。
「それで、お婆ちゃん。私達の他にも誰かここに来たって言ってたけど、どんな人だったの?」
「……そうさねぇ、黄色いコートの気障ったらしい男が、そこの白髪の子と同じくらいの背格好の娘っ子を二人連れていたよ」
「――! シグネ、お前が夢で見た内容と同じじゃないか?」
槍使いはピンと来たらしい。
ふん、銀髪の儚げな見た目に、予知夢なんていう特殊能力とはね。
些か安直に過ぎるが、なるほど、いかにも大衆共が好きそうな筋書きじゃあないか。
「は、はい! 本当に的中しちゃうなんて……一体、どうしちゃったんでしょう、わたし……はっ、まさかっ!? 予言の聖女とかそういう高貴なる生まれだったとか!? ここにきて、その血筋が覚ッ醒ッ!?
おおお! 竜に変身できちゃうのも、それなら納得できる気がしますよ!?」
竜に変身、ねえ。
興味深い。
『おお“アホの子”! ロナさん、あれは噂に聞く“アホの子”ではなくて!?』
『いや、そんな騒ぐことですか? あたし見慣れてて、もう食傷気味というか……』
だろうね。
「騒がしいお嬢ちゃんだよ……アンタ、その子の保護者なのかい?」
「あぁ。一応、そうなるな」
槍使いが答えると、婆さんは小娘に近付いて、右手を掴んでまじまじと眺める。
「魔力の流れが……この世界の人間とは随分違うように見えるねぇ。竜に変身できるって話だけじゃあ説明できない」
「「「「……え?」」」」
全会一致の間抜け面。
ふはは!
こりゃあ面白くなってきやがったぜ!
「お嬢ちゃん。覚えがないかい。魔術を使おうとしても、出なかったり、通常とは異なる形で発現したり」
「言われてみれば、炎属性なんかは全部青色で、口からしか出せなかったです。ライトを使ったら目が光るし、水属性なんて爪の間から出ちゃう」
『紀絵さん、ヤバいですよあの子。存在そのものがパーティグッズ』
『こらっ。ふふふ』
小娘は、なおも続ける。
「……あのあの!
お婆さん、わたし、失った記憶を取り戻す為に、みんなに手伝ってもらってるんです。
何か直感みたいなものを、感じて。ここなら、手掛かりがあるんじゃないかって」
「そう、かい……悪いことは言わないよ。アンタ達は、今すぐ引き返したほうがいい。
碌でもない連中が、碌でもないものを掘り返そうとしている。お嬢ちゃんの記憶も……思い出さないほうが幸せかもしえないね」
「どうして、そう言い切れるんですかっ!?」
奇しくも、俺と同じ問いだ。
さあ、婆さん。
どう答える?
まさか「地元民の勘」なんて言わんだろうね!
ふはは!
紀絵「それにしても、秘宝の眠る古びた孤島に、気の強いお婆さん……何かを思い出しますわね」
ロナ「あー、悪いんですけど、あたしの出身世界に金ローは無かったんですよ」
紀絵「つまり、目が、目がーって叫ぶあのネタが通じない……!?」




