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Intro 忘れ去られた孤島

 これよりMISSION014です。

 ダンジョンものって、舵取りが難しいですよね。


 カラカララ――ひたひた――ザラララ――


 朽ち果てたダンジョンに、乾いた音が響き渡る。



「……」


 カラカララ――ザラララ――ひたひた



 黒く長い髪は、ヒビ割れた天井から差し込む月明かりを鈍く反射している。



 ひたひた――カラカララ――ザラララ――



 死者の如く濁った黒い瞳は、何を映しているのかも定かではない。



 カラカララ――ひたひたザラララ――



 物言わぬ、されど薄笑いを浮かべる口元は、孤独な毎日であっても変わらない。



 カラカララ――ザラララひたひた――



 経年により黄ばんだ白いワンピースも、所々が昔の返り血で赤黒く染まっている。



「……」


 何より異彩を放つのは。


 カラカララ――ザラララ――


 彼女の右手に握られ引き摺られている、身の丈ほどもある錆びた鉄の棒だ。

 このダンジョンに侵入してきた者達を幾度となく葬ってきた。

 元々は杖だったかもしれないし、鎌だったかもしれない。

 或いは槍だったか。


 もう、それを覚えている者は誰もいない。


 ……かつては。

 かつては、彼女の存在、その異様さも、恐怖と共に語られてきた。


 今と同じように、口元に沈黙を湛えながら、裸足の足音を通路に響かせ、ダンジョン探索者を血祭りに上げた。

 人々は、彼女の預かり知らぬ所で“黙せる影遣い”という異名で呼ばれていた。


 もっとも、彼女のマスターは“ノヴァ・ディー”という名前で呼んでいたし、彼女自身もその名前が自分を指して呼ばれたものであるとしっかり認識していたのだが。



「……」


 ……何もかも、ずっとずっと昔の話だ。


 今となっては訪れる者も途絶えて久しい。

 いかに最高峰ダンジョンとして栄華を極め、膨大な魔力を集積した……この“月下竜の神殿”のダンジョン・コアとて、来る者が途絶えれば少しずつ萎れていく。


 年数で言えば600年ほども昔である。

 長命な種族たるエルフや魔族とて、それだけの年月を生きられる者は皆無だった。

 相次ぐ戦乱が、彼らにそこまで生き永らえることを許しはしなかったのだ。



 苛烈を極めたダンジョン探究ブーム。

 乱立していくダンジョンの数々。

 ダンジョンマスター同士の談合。


 そして、それが神の怒りを買ったのか……。

 戦乱に次ぐ戦乱と、大破壊が訪れる。

 最大の契機は……“月下竜の神殿”のダンジョンマスターの、突然の失踪。


 いつしか空前のブームも過ぎ去り、難攻不落たる“月下竜の神殿”もまた戦乱のさなかに置き去りとなった。


 今となっては、もう。

 かつての栄華など見る影もない。


 往年は、強固な壁によってエリア間が仕切られていた。

 それは崩れ去り、今や瓦礫や、樹木の侵食や水没に伴う浸水で通行不能になった通路がそこかしこに点在している。

 およそ30あるフロアのうち、半分以上がその有様だ。


 それでも、彼女――ノヴァ・ディーは、いずれ来訪するであろう客人(・・)もてなす(・・・・)ために歩き続ける。

 それこそがダンジョンの守り手として唯一現存する彼女の、至上の目標だった。



 カラカララ――ひたひた――ザラララ――



 己はダンジョン・コアの魔力によってのみ維持される防衛システム……血肉は幻で、心は筋書きと共に在る。

 彼女は、胸の痛みに伴って直感していた。


 間もなく、ダンジョン・コアの魔力が枯渇する、と。


 そうなれば、ダンジョン内部は力を失う。

 かつてマスターが心血を注いできたダンジョンの設備は消え、小規模な洞穴へと、コアは石塊へと姿を変えてしまうだろう。



 彼女の友人達は長い間、主の帰還を待ち続けた。

 彼女は、それを愚かしいとさえ思った。


 自分と違って、友人達は自由に動けた筈なのに。

 律儀に待ち続けて、死ぬなどと。

 操を立てるなどと。



 ノヴァ・ディーは外の世界に出られない。

 よって、外の世界がいかなる変化を遂げたのかも認識できない。


 それでいいと思っていた。

 置いて行かれるのは、自分だけでいい。



 カラカララ――ザラララ――ひたひた




 巨樹の絡んだ外壁を、危なげなく伝っていく。

 長い年月で地形が大きく変化しているが、防衛システムたる彼女はその全てを踏破している。

 連絡橋が崩落して孤立した尖塔も。

 海中に没した宝物庫も。

 自らの足ではたどり着けないなら、影法師ファントム達が運んでくれる。



 カラカララ――ひたひた――ザラララ――

 カラカララ――ひたひた――ザラララ――

 カラカララ――ひたひた――ザラララ――

 カラカララ――ひたひた――ザラララ――


 高台の木々の隙間から、空を見る。


「――……!」


 この日。

 久方ぶりの来訪者を、彼女は目視した。


 彼らがこの地の養分となるか。

 それとも、この地に真なる終焉をもたらすか。


 たとえどちらにも至らなかったとしても、彼らが外へ情報を持ち帰れば一気に知れ渡るかもしれない。


 いずれにせよ、ようやく区切りをつけられる。


「――……?」


 胸の奥底が浮き上がるような、なにか奇妙な感覚が去来した。

 この気持ちは、一体なんだったのだろう。


「……?」


 虚ろな人形に感情など存在しない筈だ。

 少なくとも彼女は、己をそのように規定していた。

 あったとしても、極めて微弱で、他者には観測し得ないものだろう。


「……」


 カラカララ――ひたひた――ザラララ――


 違和感を忘れられぬまま、彼女は再び歩を進めた。

 ダンジョン・コアへと直接赴き、防衛システムをフル稼働させるという、重大な任務があるのだ。

 残り僅かな魔力で、どう持て成そうか。


 彼女はひたすらに思案した。

 それこそが、彼女が己に課した使命だからだ。




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