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Final Task ソリグナを送り届けろ

 おかしい……当初の構想では、もう少し軽めな話だった筈なのに……!(;・`д・´)


「――ついたぞ」


 ボンセムの声に、ソリグナの奴は寝ぼけ眼をこすりながら頭を上げた。

 露天馬車で満天の星空とは程遠い曇り空を見上げる毎日は、さぞかし気が滅入っただろうよ。


 抜け道は足場がガタガタで、何度か車輪がイカれかけた。

 が、都度、俺とロナと紀絵で修繕した。

 それくらいしか足止めしてくるものは無く、思ったよりお早いご到着に、俺様ご満悦って奴だ。


 ああ、あと一人いやがったな。

 衛兵の野郎だ。

 この辺は共和国領なのか、衛兵のチェーンメイルの意匠も少しばかり違う。

(あっちは肩幅を鉄板で増していたが、こっちは長袖の布の上にゼッケンみたいに羽織っている……予算(カネ)が足りないらしい)


「止まれ。積み荷を見せろ」


 衛兵に止められて、そしてボンセムが両手を上げる。


「俺ァ人を届けに来ただけでさァ」


「……お久しゅうございます」


 その言葉を合図にソリグナが荷台から顔を覗かせると、衛兵は槍を下ろした。

 戸惑いと、懐かしさを含んだツラだ。

 幾らかの侮蔑も込められちゃあいるが、放っておけばいいさ。


「ふん……ソリグナ・ソラエムスか。通れ」


 帝国の時とは打って変わって、こっちじゃあすんなりと通された。

 まあ、こんな風通しのいい馬車じゃあ、密輸もクソもあるまい。

 暗殺者もいないと来りゃあ、面倒は避けたいよな。



 四方を壁に囲まれた片田舎の町並みは、奪い合うものが無いからこその平和ってもんを教えてくれるね。

(そう! 沈黙の対価に得られるのが平和なら、これは理想的な形で実現しているって事さ!)

 人通りが少ないのは朝だからか。

 それとも、元からそんなに人が多い町じゃあないからなのか。


 とにかく、こんな町にソリグナのダチ公――ヴィサニカって名前のケンタウロスの女が住んでいるらしい。

 襲われて食肉加工でもされていなけりゃ、今も元気に生きているだろうよ。


「……」


 ソリグナは浮かない表情ツラだ。

 会うのが怖いのかね。

 何とかして吐き出させてやりたいが、それも俺の役目じゃあない。

 俺は善人でも悪人でもない。


「俺には友情なんてもんを理解できる心は無いが、お前さんのダチ公は、こんなことでお前さんを見放すのかね」


「そんなこと無いわ。でも……今更こんな事を言うのも何だけど……だって、合わせる顔が無いじゃない」


 しけたツラで目を逸らしやがる。

 まだ泣くなよ、ソリグナ。


「最後に縋れる相手くらいは信じるべきだぜ。

 ワインのビンは落っこちちゃいない。ただ栓が抜けて横倒しになっただけだ。

 中身はまだ辛うじて残っているなら、せめて一番味のわかる奴に飲んでもらうべきなのさ。

 ――ああ、それで? 家は此処でいいのかい」


「……ええ、そうよ」


 なら、後はさっさと進んじまえよ。

 質素なログハウスは、足をヤられた奴が一人で暮らしている割には手入れが行き届いている。

 確か、ゴーレムに世話をさせていると言っていたな。


 紀絵が、ソリグナの背中をさする。


「……大丈夫ですわ。あなたを守ってくれた、あなたの大切なご友人ですもの。

 スー先生が仰る通り、そう簡単にあなたを見捨てることは有り得ませんわ」


「……すぅー、はぁー……」


「そう。ゆっくり。深呼吸をなさって。あなたが少しも悪くないということを、ゆっくりと再認識して……」


「……いいわ。もう、大丈夫」


 ドアにはノブが無い。

 代わりに、その場所にはちょっとした紋章が描かれていた。

 さては呪文に反応して開くドアだな。

 案の定、ソリグナは詠唱を始めた。


「――……鐘の音色は赤き者達の訪れに消ゆ。

 紅葉は雨に流れ、夕日は雲間に覆われ、野苺は誰の口にも運ばれぬまま溶けゆく。

 鮮血だけが泥濘を侵す日々を過ごせども、月光は終ぞ奪われず。

 幾星霜もの時を刻み、守り手は凱旋せり……――故に門よ、その役目を終えよ」


 ソリグナの両手に、ドアと同じ紋章が浮かぶ。

 ドアは一瞬で、水の塊みたいになって溶けた。

 その奥に、本物のドアがある。


 まったく、大したもんを作りやがる。

 手篭めにしやがったクソ野郎は、まったく見る目が無いね。


「何とも物悲しい詠唱ですわね」


 魔法について詳しい紀絵が、ぽつりとこぼす。

 ソリグナは困り顔で眉を下げたまま笑った。


「生来、後ろ向きなのよ、私。誤解されやすいんだけどね」


「あたしらは解ってますよ、ちゃんと」


「ですから、ね? わたくしにも、このドアノブの重みを分けて下さいませ」


 ソリグナがドアノブに手を触れたところで、紀絵もそこに両手を添える。

 ロナは、両手を上げながら「二人が限界じゃないですか。気持ちだけ受け取ってくれます?」なんて苦笑いをしてやがる。


「……ありがと」


 遠慮がちに恐る恐る開けられた(本物の)ドアの蝶番は、か細い軋みを奏でた。

 まるでそれは蹴飛ばされた犬が飼い主の機嫌を伺う声音そのものだ。

 聞けたものじゃないし、目を背けたくなる。



 ガサガサと音が鳴ったかと思えば、藁の塊みたいなものが出てきた。

 50cmくらいの、ずんぐりとした人型の藁の塊は、目のような球体をグリグリと動かしてこっちを見てやがる。


「その子達はストローゴーレム。サンドゴーレムより維持コストは安く、ストーンゴーレムより初期投資が安い。

 うちのとっても優秀な召使いよ。悪さはしないから安心して。家事と買い物くらいだわ」


「悪さは別に心配してないとして、買い物なんてできるんですか?」


「ここの治安はそんなに悪くないのよ。だから買い物帳とお金をゴーレムに貼って目的地に向かわせれば、店の人がうまくやってくれる。

 あとは召喚の魔法陣で転送すれば、外で買い物する必要すらない。この街では一般的に使われている手法よ」


「ふぅん……――あ、誰か出てきましたよ」


 個室のドアが開けられて、黒髪の女が上半身を乗り出して覗いてきた。

 初めは怪訝そうな目で俺らを見回したが、すぐにソリグナに焦点を合わせた。


「ソリグナ……?」


 感極まったような声。

 こいつが、ヴィサニカだろう。

 藁のゴーレムを両脇に侍らせて身体を支えながら、そいつはやってきた。

 足が一本しか残っていないのは、話に聞いた通りだ。


 これで元が二ツ足の人型だったら、まだバランスの取りようもあっただろう。

 だが四ツ足のうち三本がオシャカとなれば、歩くのもままなるまい。


「……ただいま、ヴィサニカ」


「ソリ、グナ……!」


 ヴィサニカの視線は、自然とソリグナの腹に向かっていた。

 それから、俺達を軽く見回して、再び口を開く。


「おいで、ソリグナ。私の、最高の人」


 柔らかく笑ってやがる。

 何もかもを理解したのか?

 いや、きっとこいつは何をすべきか(・・・・・)を理解した。


「ヴィサニカ……」


「大丈夫。つらかったね」


「うぅ……ヴィサニカぁ……」


「よしよし」


 ソリグナが駆け寄って、ヴィサニカが抱きとめ、頭を撫でる。

 そうら、だから言っただろう。

 最後に縋れる奴くらいは信じるべきだってね。


「ソリグナ。そこの人達は?」


「頼れる用心棒よ」


「そう……ありがとう。渡せるものは何もありませんが、いつか、必ず」


 律儀な女だ。

 それとも、抵抗は無駄だと判断して、しおらしく振る舞っているだけか。

 何せ生き残りの少なそうな種族だ。

 下手に尖って折られるのは本意じゃあなかろうよ。


 さて、ボンセムは満更でもないツラをしてやがる。

 もうオチは読めたぜ、ボンセム。


「それなら……二人とも、俺の所で働くっていうのは、どうよ? 子育てしながらでもできる仕事もあるぞ」


「足がこう(・・)なので、お役に立てるかどうか」


「義足ならアテがあるんだ。昔の取引先が義足を取り扱っていてね」


「マティガンさん……それじゃあ、雇って頂いてもよろしいかしら。ヴィサニカはどうする?」


「私からも、お願いします」


「あぁ。歓迎するよ。それで、ダーティ・スー」


 そら、次も何を言ってくるかは読めているぜ。


「護衛かい」


「話が早くて助かるよ」


「お前さんならそう言うと思っていた」




 ―― ―― ――




「――無事に送り届けられて良かったですわ」


「流石に、偽のナボ・エスタリクがいなくなりましたし、追手もいませんでしたね」


 拠点でピザをつまみながら、その後の消化試合(・・・・)を振り返る。

 やれやれ……俺が慈善事業ねえ。


「ヒーローの真似事はあまりやりたくなかったがね」


「他にできそうな人がいなかったんだから仕方ないでしょうよ。マキト達は帝国騎士団の様子を見に行かなきゃいけなかったわけですし、ツトムはあまりにもアレだし……――」


 ――言いかけたところで、ロナが着信に気付いたのか、スマートフォンを取り出した。


「ん。非通知だ。誰だろ」


「スピーカーをONにしてくれ」


 どうせ碌でもない相手だ。

 せいぜい楽しませてくれ。


『はぁい、ロナちゃん。ごきげんよう、私よ』


「またあんたですか。今度は何です?」


『今回のナイトレースは楽しめたかしら? ゲストが弱すぎて手応えが無かったかもしれないけど』


「冗談キツいですよ。まさかあんた、全部これを仕組んで……?」


『全部じゃなくてもだいたいは……たとえば偽のナボ・エスタリクは私の差し金よ。ああでもしないと、きっとあの子は動いてくれないもの。実際に呼んだのは私ではなく、別の子だけどね。

 フィリエナ・ネディスという子がいたでしょう。紀絵ちゃんなら、潜入して名前と顔を知っている筈だけど?』


「――!」


『うふふ……』


「……」


 ほう。

 どこから見てやがったのかは知らんが、なるほど面白い事をしやがるもんだ。

 ちょっかいを既に出していた(・・・・・・・)のは正解だったらしい。


『安心して。今はもうあなた達を観測できないわ』


「この前同様、狙いすましたタイミングで電話してきたクセに」


『ちょっとした秘策よ』


 俺はロナに手のひらを見せた。

 貸せって事さ。


「そうかい。それで、そんな種明かしをしに電話を寄越したわけでもあるまい」


『今後、何かとお世話になるからその挨拶といったところかしら?』


「ニンニクとオリーブオイルを用意して待っていてくれ。次にあった時、お前さんの内臓をほじくってアヒージョにして、お仲間共に振る舞ってやるぜ」


 通話を切る。

 俺達にその手の挨拶は不要だ。


 金と、ヒーローを寄越せ。

 殺しの仕事は他所に振れ。

 ……それだけで充分なのさ、本来ならば。




 もうちょっとだけ続きます。

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