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Extend7 胸を突く葛藤

 ちょっと早めの投稿に時間をずらしてみました。

 今回はマキトくん視点です。



 僕はただ、困惑するしか無かった。

 あの(・・)ダーティ・スーが、人助けだって?

 どう考えても、何かを企んでいるとしか思えない。


 あいつは苦戦する僕達を、あの奇妙な魔術でオークを押し退けることで助けてみせた。

 これだけなら単なる気まぐれとして済まされるだろう。

 けれど、続いて突き付けられた事実は、ますます不可解さに頭を抱えたくなった。



 ――ソリグナ・ソラエムスは誘拐されたのではなく、明確に自分の意志で彼らに付いていっている。


 かつて僕が追いかけた密売人のボンセム・マティガンが御者として。

 ダーティ・スーと、ロナが護衛につき。

 僕達が門前払いされた“双月の盃”さえも合流し。


 挙句、僕が静止する暇もなくダーティ・スーを追い掛けていったツトムが、半壊した馬車の上で、両脚を自身の剣で串刺しにされた状態で転がされている。

(一人で相手にするなってあれほど言ったのに、突っ走ったりするから!!)


「笑えよ。お前さんが疑ったり信じたりして追いかけた相手が、こうしてゆっくりご歓談中だ。笑い話にしちまったほうが、楽だぜ」


「そうですよ。今回のスーさんは慈善事業モードなんです」


 金髪の少女――ロナが、クマに彩られた不健康そうな目を少しだけ細め、くつくつと暗く微笑む。

 慈善事業だなんて言葉を彼らから聞く日が来るとは。



 ――……けれど、それでも。



 思い返してみろ、巻人まきと

 何処かで覚えがないか?

 ……まず、ダーティ・スーと最初に出会った時だ。


 僕はボンセム・マティガンの言葉に少しでも耳を傾けようとしたか?

 一度もなかった。

 初めから、みんなで「悪いやつを倒さなきゃ」と。

 ボンセムを小悪党だと決めて掛かって、どんな事情でそうなるに至ったかを、まるで考えなかった。


 結局あの時は出し抜かれて、ダーティ・スーへの恨みだけが募った。

 僕とイスティはそれが特に顕著で、次に奴と出会った“祈りの森”でも、背後にダーティ・スーが動いていると確信していた。


 事実としてそうだったのかもしれない。

 けれど、非道や不道徳を成しても、大悪逆までには至っていなかったように思えた。



 ……それも、これも。

 ツトムや、その仲間二人のこれまでの振る舞いを見て、ようやく今更ながらに思い至った事ばかりだ!



 ――『ソリグナもね~……誰とも知らない相手に股を開くからバチが当たったのよ』

 伝聞、噂話、道徳の上辺だけをなぞって。


 ――『ビッチなのです。信頼関係を裏切った大馬鹿者には、お説教なのです』

 鵜呑みにして、調べたいことだけを調べて。


 ――『あいつが何か悪い事に巻き込まれてるなら、俺は守ってやらなきゃいけないんだ』

 信じたいことだけを信じて。


 ああ。

 なんということだ。

 ツトムと同じ過ちを、僕達は既に何度も犯していたんだ……!

 一度も“どうしてそうなったのか”を疑おうともしなかった!



 遅すぎたかもしれないけれど、今はそれを後悔している暇なんて無い。


「……信じるよ」


 僕の言葉に、ダーティ・スーは意外そうに方眉を上げた。


「双月の盃は、僕と、そこで転がされてるツトムが足を運んだギルドなんだ。

 ソリグナさんが、もしかしたら匿われてるか、一緒に探してもらえるかもしれないと思って。結局、僕達の不手際で交渉は決裂したけど」


 憎悪するのでもなく。

 回避する事を選ぶわけでもない。

 僕は、真正面から向き合わなきゃいけない。



 ソリグナには、簡単な自己紹介と経歴を伝えた。

 一応、僕達もそれなりに名の通った冒険者だ。

 今回の(・・・)ダーティ・スーが人助けの為に動いていると言っても、僕だってツトムがソリグナを探すのを手伝ってここまで来た。

 信頼して欲しいし、ソリグナの真相を知りたくもある。


 そう思った時に、面倒事は立て続けにやってきた。


 赤いサーコートの帝国騎士団・宰相派が待ち受けていたのだ。

 彼らの麻薬取引について調べていたけど、なかなか上手く行かない。

 掴み所のない連中、というのが正直な感想だ。

 彼らも、僕の知らない沢山の事情があったとしたら?

(どんな事情があっても麻薬で人を陥れる以上は、人道にもとる悪逆無道に他ならないとしてもだ……)


 ――けれど僕の逡巡などお構いなしに、騎士団の一人が首を斬り落とされる。

 一目見ただけで忘れられなくなりそうな程に、奇妙な風貌の女剣士だった。


 蛇柄の着物の上に、モスグリーンのフライトジャケット。

 そしてゴーグルと、青緑色の髪。

 大きく開かれた口でケタケタと笑う彼女は、月明かりに照らされながら殺戮の舞踏を続けた。


 ダーティ・スーは冷静だった。

 周りに最低限の指示を出して、自身はその場に留まった。

 いつも場当たり的な動き方ばかりのように見えるけど、奴の陣営には犠牲が全く出ていないという事を考えれば、あれが最適解なのかもしれない。




 そして、僕は――


「まったくよォ、奇妙な縁もあったもんだな。マキト、といったか」


「そうだね、ボンセム……まさか、お前とペアで見張り番とは」


 僕は、僕達は、あの凶悪な剣士から逃げてきた。

 実力の見極めは肝心だ。


 今はこうしてボンセムと共に、朽ちかけた木造小屋のドアの前に立ち、見張り番をしていた。

 小屋の中にはソリグナを寝かせていて、双月の盃の人達が二人、側にいる。


 ちょっと離れた場所に野営地が作られていて、そっちに仲間は全員いる。

 ……ツトム達一行も。

 そっちにも、双月の盃が監視で置かれていた。



 双月の盃の人達は、ベルクスヴィントミューレで話をして以来、面識はほぼ無いから手放しでは信用していない。


 けれど……ギルドの目的や立ち位置は軽く聞かせてもらった。

 市井の人々から格安または物々交換で雑用とか家事代行を請け負ったり、孤児院への寄付をしたりして、それを通じて帝国内の女性達の互助会を運営しているという。


 だとすれば、ここで妊婦のソリグナに危害を加えたとあれば、地位は失墜するだろう。


 ……宰相派の騎士団はそれを狙ったのか?

 嫌な予感がする。

 伝えなきゃ。


「あの」


「何さ?」


 うぅ……ツンとした口調、何だか苦手だ。

 決して敵意は無いって信じたいけど。


「帝国騎士団が、双月の盃の皆様を謀略にかけようとしているのではと思いまして。

 名誉出産制度がある中で、ナボ・エスタリクという狂言を使って妊婦を国外へと亡命させた……そういうシナリオをあちらが用意していないとも限らない。そう、思いませんか?」


 ややあって、一人が頷いた。


「可能性としては考えられる。ダーティ・スーとかいう野郎は、どう考えてやがるかな?」


「奴の考える事は、いまいちよく解らないんです。因縁浅からぬ相手であるのは間違いないんですけどね……」


「見て解ったよ。あんたとあいつは顔馴染みなんだなって。ありゃあ確かに難物だ。

 世を揺るがす大悪党かとばかり思っていたが、ソリグナさんはまるきり無事と来た。

 陽動ってワケでもない……掴み所が全くないのは、あからさまな悪党よりもよほど恐ろしいね。うちの姐御が警戒するワケだよ」


「……」


 そう、目的だ。

 あいつの目的は、何だ?



「マキト殿!」


「あ。遠江さん。どうかしましたか? あっちの野営地から、どうやって離れたんですか?」


「いや何。花を摘みに行くと偽って、監視のお方と共に此方へ馳せ参じたまで。ソリグナ殿と話がしたい」


「は、はぁ……多分、寝てますよ」


「然様でござったか。いや、是非も無し。ではソリグナ殿に伝言をお頼み申す」


「はい」


朝餉あさげが入用であれば、声を掛けられませい。それがしが軽く何かこしらえてしんぜよう、と」


「ありがとう、助かります」


「では、さらば」



 ……親切なんだけど、なんか胡散臭いなあ。



「――ごきげんよう、俺だ」


 入れ替わりでやってきたのは、ダーティ・スーだ。

 ボンセムはと言えば、


「う、うわぁ!? 今度はお前か! なんで来た!?」


 なんて、青い顔で叫んでいる。


「雇われの身である以上、雇い主に従うのがスジってもんだろう」


「従うどころか、あの手この手で引っ張り回してる奴がよく言うよなァ……」


「それは言わない約束だぜ、ふははは!」


 ……。

 あんたには、聞きたいことがあるんだ。

 だから、僕は声を掛ける。


「ダーティ・スー」


 ボンセムに目配せして、少し離れることを伝えて、それからダーティ・スーに遠くの木々を指し示した。

 そこで話をしよう。


「……どうした、改まって」


「彼女を守ってくれて、ありがとう」


「俺はただ、ツトムとやらの正義を検証するつもりだった。またしてもハズレを引いちまったがね……ただ、奴は運が良かった。脚だけで済んだ」


「どういう意味?」


「以前に出会った別の奴なんかは、口を滑らせまくって俺の機嫌を損ねた為に、男が男たる所以のアレ(・・)を斬り落としちまったのさ!

 今頃マスかく竿に事欠いて、さぞかし寂しい夜をお過ごしだろうよ! ふはは!」


「……」


 ゾッとした。

 流石にそれは、やり過ぎじゃないかな?

 けれど……それでも――。



「――それでも僕は今、あんたを憎んでいいかどうかが解らないんだ」


 おかしな話だ。

 今しがたグロテスクな話を聞かされたばかりなのに。


「あんたは一体、何を試している? 正義を検証するっていうのは……」


「おいおい。社交場で一曲ご一緒って時にそんなんじゃあ、お前さんはつま先をヒールの下敷きにしちまうぜ」


 肩を竦めて微笑むダーティ・スーの双眸は、少しだけ寂しげだったような気がする。

 けれど、それを確かめるすべはない。


「……ボンセムに、夜明けには出発だと伝えてくれ」


「え? あ、ちょっ」


 あいつは両足に煙のようなものを付けて、ロケットのように飛び去ってしまった。

 僕は結局、何一つ疑問は晴れないまま、胸に刺さるような痛みを抱えながら、ボンセムの隣へと戻ってきた。



「ボンセムは、あいつの目的が解る? ほら、雇ったことあるだろ」


「いや、俺もサッパリ解らん。ていうかお前なあ! それとなく聞き出す会話テクを勉強しなさいよ……」


「誠実愚直が僕の売りなんだ」


「よく言うよ、まったく」


「そういうあんただって、どうして僕が直接訊いたと? 盗み聞きしただろ」


「どうせお前の事だから直接訊いたんだろうと思っただけですゥ~」


 ……。

 …………。


「……ボンセム・マティガン」


「ンだよ、小僧」


「小僧じゃなくて、マキトだよ。えっと……あの時は、追い詰めたりして、悪かった」


「――! ……構わねェよ。お陰で、いい仕事とも巡り会えた」


「……どうして運び屋の仕事を始めたのか、差し支えなければ訊いても?」


「あぁ。構わねェよ」


 せめて僕は、僕にできる事から始めよう。

 いずれ正面から向き合う為に。




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