Task9 双月の盃と合流せよ
何とも歓迎し難いね!
ナイトレースに飛び入りの参加者とは!
いや別に構わんが……トラック一台は通れそうな大きさの、紫色の魔法陣が岸壁に作られたのには驚いたね。
そこから鎖帷子に紫色のコートと目深帽子という格好をした連中が、みんなして箒にまたがってご登場だ。
背中に引っ掛けてやがるのは、ストラップ付きのクロスボウだ。
騎士とも魔女とも取れないが、女という事は見て解る。
まあ、いいさ。
寸評は任せよう。
俺は今、勇者くんの両腕を後ろ手に縛るのに忙しい。
馬車だって、今まで以上に飛ばしている。
何があったのか、荷台の屋根が吹っ飛んでやがるのは……この際だ。
視界が良くなった、と前向きに受け止めよう。
「どうするんだ! オイ!」
ボンセムは、さっきからそればかりだ。
ソリグナは、のっそりと顔を出して指差す。
「……落ち着いて。話せばわかる相手よ」
「ソリグナさん、もしかしてご存知だったりします?」
ロナの物憂げな問い掛けに、答えはすぐ返ってきた。
「女だけの冒険者ギルド“双月の盃”よ……稼いだ報酬は、孤児院の運営や復興に使われてるわ」
その声音はあくまで他人事だ。
まだ夢の中らしい。
……無理からぬ話さ。
よし、できた。
脱出したけりゃ工夫次第で何とかなるバランスだぜ。
「お前さんを“保護”しに来たんじゃあないかね」
俺が答えられるのは、ここまでだ。
お前さんがその結果、今そうやって眉間に皺を寄せて下唇を噛み締めていても、俺にはどうすることも出来やしない。
「私なんかには見向きもしないと思ってたのにね。今更、どうして」
「気付くまでに時間が掛かっただけさ」
本物のヒーローが待ち遠しいね。
(それが男だろうと女だろうと、それ以外だろうと、俺にとっては大して変わらん)
「……子供だけ、引き取ってもらおうかしら」
と、ここで坊やが異議を唱えたいらしい。
芋虫姿を懸命にくねらせて、振り向いている。
(もちろん、両足を剣で串刺しにしたままだ!)
「お前の、子供、だろう……! なんで、お前が育てないんだ!? お前がママになるんだよ……!」
「望んだ子じゃないわ。それに、冒険者と親の両立は、難しいもの」
「なんでだよ……働きながら育てりゃいいじゃんかよ……俺のお袋はそうだったぞ」
「はぁ……」
ソリグナも、そりゃあ溜め息の一つも吐き出したくなるだろうよ。
ここは日本じゃない。
「私ね、こういう事を他人に言うのは自分にまで響いてくるから好きじゃないのだけど……敢えて言うわよ」
ソリグナは一息ついた後、震える声でつぶやく。
「そんなことは産んでみれば解る話だわ。みんな、さんざん言ってくれたわよ。自分が産むわけでもないのに」
可哀想な坊や!
身体を作り変えない限り、お前さんにゃ一生無理な話だよな!
「……」
「貯蓄、代わりに稼いでくれる人、安定した収入、そのどれか一つだって欠けたなら、子供は孤児院に預けるしかなくなるの。
想像付くかしら? 多分、私もそういう生まれよ。あなたの生まれた世界がどんな場所だったかは知らないけど」
「だが、お前……一言だって相談してくれなかっただろ!?」
「だって、あなたには荷が勝ちすぎると思ったのだもの……それに、聞こえてたわよ。
“誰とヤッたのか”だの“避妊くらいしろ”だのって。私個人の心配なんて、半分ほどしかしてなかったじゃない」
「え! いやいやいやいや言ってない、イッテナイヨー」
「下手ね、隠し事。私、使い魔を練習してみたの。
以前とは体質が変わったせいか、思いの外これが上手く行ったのよね……」
「そんな、うっそやろお前……」
「ちなみに、キャトリーとフィリエナが私についてなんて言ったのかも、しっかり耳にしたわよ。言いたくないから黙っておくけど」
……ファミリアについては初耳だ。
カマをかけたのか。
それとも、俺達に隠していたのか。
どっちにしても、この女……面白い事をしやがる。
いよいよ覚悟を決めたって風情かい。
だが、時間切れだ。
「さて、ご歓談中のところ悪いが、そろそろ追い付かれるぜ。奴らにゃ、お帰り願うかい」
「言ったでしょ、話せばわかる相手だって……私が説明するわ」
そりゃあいい。
お前さんがしっかり言ってくれりゃあ、話が早いってもんだ。
それでもリーダーの坊やはデリケートな内容だがね。
「そこの馬車! 直ちに停止しろ!」
リーダー格の女が、箒を横付けして来やがった。
クロスボウを向けて、凛々しい声を響かせる。
「従わない場合は御者を蹴り落とす!」
「ボンセム。望み通りに停めてやれ」
「そ、そうだな……」
「その女性を何処に連れて行くつもりだ」
紫帽子の一人が、クロスボウを下ろさないまま問いかける。
が、すぐにキャンセルさせられるハメになるとは、こいつも予想しなかったに違いない。
「ちょっと待ってくれないかしら?」
「――!」
当の女性本人から“待て”と言われちゃ、槍を下ろさないわけにはいかないだろう。
「私は、この御者の人に依頼をして届けてもらっている身の上です。他は護衛で、この黒髪の少年は……単なる元パーティメンバーです。良かったら、引き取ってもらえないかしら?」
「……ちょっ、お、おい! “単なる”って何だよ!?」
「それ以上の何だというの?」
この坊やは何も理解できちゃいないらしい……。
ソリグナからの特別なお目こぼしも、てめえが裏切られたとばかり思っているから気づけない。
「ちょっとした行き違いがあってとか……そういうのは……うっぐ、クソッ、ちくしょう……!」
しまいにゃ泣き出したぜ、可哀想に!
むしろ、今までよく堪えたもんだ。
並大抵なら剣で両足を串刺しにされた時点で、気を失っちまってもおかしくはあるまい。
「泣きたいのは私のほうよ……」
そりゃあ仰る通りで。
一流企業に就職したかと思えば取引先と知らないうちに枕営業をさせられた事になって、オフィスでの居場所を失った。
ガキが腹の中にいるのに育児休暇の代わりに正論を押し付けてくる、頼りにならないワンマン社長。
「鏡で背中を見ようと思う奴は、そういないもんさ」
……さて、ここで次なるゲストのご登場だ。
馬車を止めたんだから、そりゃあ全速力で追いかけてきた奴が追いつくのは仕方のない事さ。
「追い付いたかい、マキト」
見ろよ!
マキトの奴、あんぐりと口を開けてアホ面を晒してやがる!
「一体、これは……」
「ふはは! 笑っちまうほどの大所帯だろ?」
初めて出会った時のように、俺とボンセムだけだったならもう少し頭も整理できただろう。
だが今回は事情が大きく変わってくる。
ロナ、ソリグナ、そして双月の盃からは9人ほどがナイトレースに参戦だ。
「いや、笑うのはちょっと無理だよ」
「笑えよ。お前さんが疑ったり信じたりして追いかけた相手が、こうしてゆっくりご歓談中だ。笑い話にしちまったほうが、楽だぜ」
「そうですよ。今回のスーさんは慈善事業モードなんです」
軽口叩いた挙句、ニヤニヤしやがって。
可愛い奴め。
だがマキトは俺達の冗談にも、神妙なツラで頷いた。
「……信じるよ」
なんだって?
「双月の盃は、僕と、そこで転がされてるツトムが足を運んだギルドなんだ。
ソリグナさんが、もしかしたら匿われてるか、一緒に探してもらえるかもしれないと思って。結局、僕達の不手際で交渉は決裂したけど」
一体、何を言ったのかね。
そんな俺の疑問を他所に、マキトはソリグナに近づく。
ロナが一瞬だけ身構えるが、俺が手で制すると、大人しく座った。
「ソリグナさん。ツトムとダーティ・スーの本心がどうあれ、僕達は貴女を保護したいと考えてます」
「ナボ・エスタリクの問題が片付いてないわ。あなた達、勝てるの?」
「やってみるしか無いでしょう。一応、冒険者パーティのランクはB……もう少しでAランクになります。僕個人のレベルは45です。
討伐したネームドモンスターは、そうですね……“ザブラヤ高原の鉄仮面”が有名どころでしょうか?」
俺は、その固有名詞と、何を判断基準にしたのかも解らん数字について覚えておくべきか?
……いや、多分その必要は無さそうだ。
既にくたばっちまった魔物なら、その身内がマキトにお礼参りする可能性を考えとく程度でいいだろう。
「あの鉄仮面を……帝国の精鋭達ですら数年かけて撃退までが限界だったわ。それを討伐なんて……」
「冒険者ギルドに、報告部位も提出済みです。どうぞ、こちらがギルドカードです」
果たしてソリグナと、双月の盃のメンツは思い当たる節があるらしい。
少し頷いて、考え込んでやがる。
それからソリグナは、顔を上げた。
「わかった。その腕前、信じるわ」
良かったじゃないか。
これでお前さんを見てくれる奴がまた増えたって寸法さ。
だが、一つだけ納得行かない事がある。
「帝国騎士団が前に控えてやがる。サプライズ演出のつもりらしい」
赤いサーコートを見るに、宰相派の連中かね。
さしづめ、皇帝派を相手に牽制としての実績作りって魂胆だろう。
「そんな……これ以上、何を――」
ソリグナが言いかけたところで、サプライズその2!
騎士の一人が、物陰から飛び出た何者かに首を斬り落とされる。
急展開に次ぐ急展開が、俺を退屈させないでくれるらしい!
やったぜ、スポンサー共!
さっさと帽子の中に金貨を投げ入れろ!
「ねぇ、スーさん。どうして厄介事って、碌でもないタイミングでやってくるんですかね?」
「碌でもないタイミングだからこそ厄介事なのさ」
……さて、今夜も眠れない夜になりそうだぜ。
ツトムくんフルボッコだが言動からすれば仕方がないので慈悲も是非もないですね。
 




