Extend6 こいつとあいつの違い
今回はロナ視点です。
あたしは馬車の荷台から身を乗り出し、両足に紫電を纏って追いすがってくる黒髪のガキを見据えた。
しつこいなぁ、あの野郎。
「……まさか、アレがリーダーじゃないですよね?」
あたしは指差しながら、ソリグナさんに振り向く。
外れて欲しい予感というのは、いつだって当たってしまうものだ。
「……彼が、そうよ。認めたくないけど」
……おぇ。
そうだろうと思ってたよ、クソが!
追い払うにしたって、どうすればいいかな?
翼手を使ってみる、か……。
ハエみたいに叩き落としてやる。
「ソリグナ! お前には言いたいことが山ほどある! 待ってろ!」
あぁ~?
言いたいことだぁ~?
抜かせよ、青二才がよぉ!
恫喝じみた怒鳴り声でレイプ被害者に言うセリフか?
……とは、言わないでおこう。
ソリグナさんだって複雑な筈だ。
代わりに、もっと簡単な言葉を使う。
「うっさい! さっさと帰れ!」
ってね。
もっぺんパンツァーファウストを喰らえ。
「――当たるかよ!」
あ。
弾き返しやがった!
「帰れってば!」
あたしは戻ってきた炸裂ロケット弾頭を掴んで、もう一度投げ返す。
ショットガンで爆破。
「くっ!」
「……爆発物を説教相手に飛ばすんじゃねーし。あたし諸共殺す気か」
「不機嫌な口調でブツブツうるせーぞ! 生理かよ!? それともそのナリで実は更年期障害だったりするのか!?」
……。
…………。
「……あ?」
煽るにしたって、言葉は選ぼうな?
……決めた。
こいつはブッ殺す。
とことんまで痛めつけて、その末に思い付く限り最も残酷な方法でブッ殺す。
「あたしの半径5メートル以内に近付いてみろォ! ハラワタを馬車に繋いで引きずり回してやるからなァッ!!」
「ろ、ロナさん、落ち着いて……」
「あいつの下顎の歯を全部引っこ抜くまでは落ち着けない!」
「そんな!?」
ブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺すブッ殺す!!!
「ガァアアアアアッ!」
背中から、青白い腕が二つ。
いつもより、かなり大きいやつ。
馬車の屋根を突き破らないように、横から伸ばして……迎え入れるように、翼手の掌を上に向ける。
さぁ、さぁ……。
「――っ! お前……なんだ、その背中の腕……!」
ガキが絶句して、呆然とした顔であたしを見る。
いいぞいいぞ、もっと恐れ慄け。
ソリグナがビックリして流産してしまわないかが心配だけど……。
それはまぁ大丈夫でしょ、ケンタウロスと慣れ親しむ度量があるなら。
なんて思うのは勝手すぎるかな?
「来世で保健体育の授業を受け直してきな。このチンポコ野郎!」
「女が言っていいセリフじゃなくね!? あ、やべっ」
「こういう女は!」
殴る!(ズシーン!)
「うわぁ!?」
「要らねぇってか!?」
殴る!(ドシーン!)
「ひえぇ!?」
「死ねぇクソが!!」
殴る!(バシーン!)
「ちょちょちょちょちょ――っぶねぇ、って!」
途中の木を引っこ抜いて投げる!
「ちょっ、待っ、投げるのは反則だろ!?」
「喧嘩に反則もクソもあるか!」
「そっちがその気なら……」
「あ?」
白い光で形作られた巨大な手が地面から生えてきたかと思ったら、そいつは瞬きする暇も与えずに馬車を後ろから掴んでいた。
危ない、と思った時には自然と、あたしは背中の翼手でソリグナさんを包んでいた。
けど、荷台の屋根はバッキバキに壊されていた。
せっかくあたしが屋根壊さないように気を遣ったってのに!
あーあ、露天馬車とは風情がありますね……クソが。
「悪いな。ちょっと手荒な真似をさせてもらった」
「あんたが追いかけてる相手が今どんな状態なのかちょっとは考えろ!」
「知らねーよ。冒険者は自己責任! この世界の常識だろ」
抜かしやがったな、クソガキ。
今すぐ引っ捕まえてボコボコにしてやりたいけど……我慢だ。
ここで挑発に乗ってソリグナから離れたら、それこそ奴に隙を与える事になる。
ナンセンスだ。
けど、じゃあどうやって蹴散らす?
このクソガキの体力については未知数だけど、あたしの体力はそんなに多いほうでもないって事はハッキリしてる。
引っ付いてくるのもウザいなぁ……。
「――ごきげんよう、俺だ」
「え?」
スーが、煙の槍でサーフィンしながら追い付いてきた。
クソガキのエモノらしいロングソードを肩に担いでいる。
ナイスタイミング!
あとでハグしてあげよっと!
ハンバーグとオムライスも作ってやるぞ!
「こいつは返すぜ。カネになりそうにない」
そう言って、スーはロングソードで、ガキの両足の太ももを容赦なく串刺しにした。
「うぐっ、ああああああぁぁッ!!」
もちろんクソガキは走ってる最中だったもんだから、思いきりつんのめって転ぶ。
おえぇ、痛そう。
多分こういうショッキングな光景は胎教に良くないんじゃないですかね?
とか思うのは、日本人ならではの平和ボケした考え方なのかな。
……まぁいいや、ハンバーグとオムライスは中止。
カレーにしよっと。
とにかく、ジタバタとのたうち回るクソガキの襟首を、スーは事も無げに引っ掴んだ。
馬車の荷台に辿り着いて、手に掴んだクソガキを見せてくる。
「所詮、マキトについてきたオマケか……間抜けなら間抜けなりに、もっとピエロを演じてくれるかと期待していたが、踏み台にすらならんとは。役に立たん坊やだぜ」
「あ、うぐ……」
「ソリグナ。お前さんが選べ。この坊やと話をつけるのか。それとも、ここで消えてもらうのか」
スーは、前に紀絵さんにやったように、拳銃のグリップをソリグナさんに向けた。
つまり“消えてもらう”というのは、撃ち殺すって事だ。
けれどソリグナさんは、スーの差し向けた拳銃を手で押しのけた。
「話をするわ」
いやぁ……あんまりオススメはできないなぁ。
「ソリグナさん。無理する必要は無いんですよ。どうせこの手のクソ共は、話をしても無駄ですって。クソみたいなプライドは消えないし、すれ違ったまま」
「そうなるかもしれないわ。でも、そうならないようにする。
この子は別に、悪意を持って私を騙したわけではない。だから、私も正面から話をしないと。やっと、そう思えるようになった」
悪気がないからこそ恐ろしいんだよ。
悪いことをしたという自覚が無いなら反省しようがないって事なんだから。
ねぇ、解ってよ……頼むよ。
『……ロナ。こいつはこいつ、お前さんはお前さんだ。気に病む事はない。
前にも言ったが“何が正しいか”じゃあなくて“何がてめえに合うか”だぜ』
『なんです、いきなり? 慰めたつもりですか?』
ちくしょう、人様の心を読みやがって。
このタイミングでフォローとか、キュンとくるからやめろよ。
正直、自分が情けなくて素直に喜んでいいのか迷っちゃうんだよ。
『なに。耳の穴に釘を入れようとしたなら、釘を奪うまでさ』
スーはあたしの額にキスをしてくれた。
両手が汚いことを気にしてか、あたしには手で触れないでくれていた。
『……ホント、ぶきっちょな奴』
はぁ。
……好き。
いけない、いけない。
こんなところでラブ全開モードになってる暇はまだ無いんだった。
仕事中だろ、シャッキリしろあたし。
「リーダー格がこのザマなら、パーティの統率が失われるのがこれまでのセオリーでしたけど、今回どうなんでしょうね?」
「マキトのパーティがそれを補うなりするだろうよ。それはそれで別に構わん。
こいつを人質に使えば済む――が、どうやら片付けるべき問題が増えたらしい」
「え?」
スーが銃を向けて指し示した方角。
岸の壁面に巨大な紫色の魔法陣が描かれていた。
……なに、あれ?
秘密基地から“なんたら防衛軍”の飛行機でも出て来るの?
生理ネタでいじる奴は何やっても駄目(ド直球)
 




