Extend4 こんな筈じゃなかった
ついに明かされるソリグナの過去。
重すぎないように気を付けたつもりですが、この手の話ってついズッシリいってしまいますよね。
ソラエムス孤児院。
グランロイス共和国アマディアエシュ子爵領に幾つも点在する、孤児達に冒険者としての教育を施す施設だ。
毎年数十人の子供達がそこに棄てられる。
大抵は娼婦の子であったり、戦災孤児であったり、または身体の何処かに欠陥があったりする。
私がどれに該当するかは、正直よく解らない。
両腕も両足もあるし、五感は差し障りなく機能している。
物心がついた頃には孤児院にいたし、出自を意識する暇なんて無いくらい慌ただしい毎日だった。
珍しいを通り越して、おかしな髪色――所々に緑色が交じるオレンジ色……。
触媒も詠唱も無しに多重展開できる魔法……。
この二つだけが手掛かりだけど、興味なんて無かった。
――“誰にでも活躍の機会が与えられる暮らし”
それが孤児院の方針だった。
関係者じゃない人からすれば、これは綺麗事に聞こえるかもしれない。
でも、当事者の私には解る。
全員が活躍――いや、稼げる必要がある。
直接の賃金労働じゃなくてもいい。
何かしらの作業に従事できさえすれば。
さもなくば、誰が運営費用を稼ぐのか。
共和国の人々は概して、徹底的に冷淡だ。
大半は孤児院へのお布施に使うくらいなら、他の事に使う。
たとえば商業ないし軍事施設への投資、冒険者への依頼、貯蓄。
悲しいけれど、みんな余裕がない。
ここが共和国の首都なら比較的安全だろうけど、私達の住んでいたアマディアエシュ子爵領は外縁部。
それも悪いことに……国境沿いだ。
ルーセンタール帝国が隣から睨んでくる限り、私達に安息なんてない。
泥臭い生存戦略ゆえの言葉。
全員が活躍しないと生きていけないのだ。
もし私に図書館へ入館できる権利があったなら、辞書で“自由”について調べてみたかった。
心にポッカリと空いた穴を、ぼんやりと虚ろに認識しながら日々を過ごす。
魔物を狩り、金を稼ぎながら。
三年前……孤児院が魔物に襲われて焼けた時、行きずりの冒険者に助けてもらった。
私がフリーの冒険者になったのも、それからだった。
ヴィサニカ。
苗字のない、馬の下半身を持つ女性。
差し出された右手と、共に紡がれた、
――『乗って。大丈夫。あなたを守ります』
短く、たどたどしい言葉。
それでも、縋り付きたい力強さを持っていた。
――『あなたは、どうして冒険者になったの?』
――『私と同じ足の人を、探しています』
足元に視線を落とした彼女は、ひどく寂しげな表情をしていた。
彼女はケンタウロスという絶滅寸前の種族だった。
魔物と同一視されたか、或いは物珍しさがゆえに、数を減らしていったという話を聞いたとき、私は……。
私は、最後まで付き合いたいと思った。
きっと私のほうが先に寿命を迎えてしまうけれど、それでも良かった。
それから一年。
魔力を鍛え続け、生まれつき得意だったシールド魔法はヴィサニカを守れるだけの強さへと成長した。
高速移動しながら、両手から魔法を使う。
誰にも真似出来ない、私達だけの戦い方。
百ほどの矢の雨さえも弾き飛ばしながら、ヴィサニカと戦場を駆け抜けた。
鉄壁の防御と、必中の弓矢。
無敵のコンビを阻むものなど何一つ無い。
私は愚かにも、本気でそう信じていた。
笑顔も泣き顔も見せ合った。
この人が私の死に際を看取ってくれるなら、どんなにいいか。
そう思うには充分すぎるほどに、ヴィサニカは私にとって大きな存在だった。
転落は、あっという間だった。
私を庇って、ヴィサニカは足を四本中、三本も失ってしまった。
繋いでくっつけられたならどんなに良かったか。
はぐれ合成獣に噛み砕かれて、骨も肉も滅茶苦茶だ。
義足でも無ければ、無理だ。
もう歩けなくなったヴィサニカを養う為にも、私は冒険者を続けた。
身の回りの世話は使い魔のゴーレムがやってくれるから、問題はない。
――『待ってて。大丈夫。今度は私が守るわ』
私はヴィサニカに頬を寄せて言った。
自分に言い聞かせるように。
自分を奮い立たせるように。
――『いつか、また探しに行こうね。私は、ヴィサニカと一緒に世界を巡りたいの』
幾つものパーティと臨時で契約をしては、報酬で貯金を作る日々。
順当にヴィサニカの治療費に充てられる分のお金が貯まってきた。
けれどダメだった。
最後に組んだパーティ。
黒髪の剣士ツトム・ニムロ。
亜麻色の髪の斥候フィリエナ・ネディス。
紫髪の魔術師キャトリー・ウィッツバーン。
四人目として私は加わった。
冒険者達の間では“転移者”や“転生者”と呼ばれる者と組めば実入りがいいと専らの噂。
彼らは少女性を多分に含む女をよく好むと、小耳に挟んだ。
前髪は下ろしたし、今まで舐められないようにとしていたキツめのメイクは、もうやめにした。
乗馬ズボンじゃなくて、スカート付きのローブにした。
……その旅のさなかで、私はやらかしてしまった。
情報収集のために酒場に赴いたけれど、私が席を立っていたうちに、飲み物に薬を盛られていた。
孤児院じゃ、そんなこと教えてくれなかった。
薬を入れた男だって、そんなことするような人には見えなかった。
仕事に真面目な情報屋という印象だった。
眠らされたと知ったのはすぐだった。
(けど、犯された事を知ったのはもっと後だった)
翌朝、私は慌てて冒険者の店に戻った。
迷惑をかける訳にはいかないから、パーティのみんなには理由をつけてごまかした。
――『私としたことが、酒の量を間違えて酔い潰れちゃったみたい』
この時、子供ができたかどうかを調べるべきだった。
男達の下世話な話を注意深く聞いていれば、子種を仕込まれているかどうかだって考えられた。
誰にも訊かなかった。
心の何処かでは気づいていたのかもしれないけれど、認めるのが怖かったのかもしれない。
誰かから、オークは子供を残すために他種族の女を強姦すると聞いたのを、何度も何度も思い返した。
けれど、私を先に犯したのは人間だ。
月の満ち欠けを幾度も経て、いつも美味しいと思っていた手作りサンドイッチが口に合わなくなった。
身体中が痛いし、重たい。
焚き火を囲んで寝ずの番をした時も、うつらうつらと船を漕いだ事だって一度や二度ではなかった。
魔力の効率も、がっくりと下がった。
がぶ飲みした魔力ポーションを吐き戻す日もあった。
冒険者を続けられる状態ではないと判断した私は、体調不良を理由にパーティを脱退。
それなのにツトム達は余計な詮索をしてきた。
首を突っ込んで、追い掛けて、聞こうとしてくる。
責めるような眼差しが怖くて、遠くへ逃げた。
女の冒険者には暗黙のルールがある。
それは“ハーレムパーティにおいて、リーダーの男以外と交わってはならない”ということ。
臨時なのだからそこまで義理立てする必要は無いと言ったところで誰が聞き入れてくれようか。
往く先々で無用な詮索、聞えよがしな陰口。
味方など、誰一人としていないのだ。
貯金は見る見るうちに目減りしていって、やがて部屋を取ることすらままならなくなっていった。
……こんな筈じゃ、なかったのに。
私は、どうすればよかったんだろう。
そんな時、名誉出産制度というものを知った。
帝国の国民として子を産み、審査を受ければグレードに応じた賞金を得られる。
生まれた子供は、本業に差し支えがあるなら施設に送ってしまうことも可能だ。
あんなことで出来た子供なんて、私は育てたくない……!
見透かすようなタイミングで、ナボ・エスタリクから暗殺予告が届いた。
こんなところで死ぬわけにはいかないわ。
せめてヴィサニカに会って、謝らないと。
【↑けど、その先は……?】
―― ―― ――
ことのあらましを伝えても、涙は不思議と出てこなかった。
漠然とした絶望だけが、胸に空いた穴を押し広げ続けているようだった。
ロナさんに背中を撫でられるぬくもりが、ほんの少し嬉しい。
「笑うしかないわ……オークより先に、人間に犯される日が来るなんて……あら、マティガンさん、私なんかの為に泣いてくれるのね……」
さっきからすすり泣く声が聞こえてきたかと思ったら、マティガンさんだった。
「だって、だってよぅ……本当に、災難だったな……俺が知る限りじゃあ、オークが人間の女を犯すのは……あー、これは話しても大丈夫か?」
「構わないわよ、マティガンさん」
「……じゃあ、続けるぞ。あいつらも、人間の兵士と一緒だよ」
……。
私は無言でうなずき、先を促す。
「攻め落とした先の女をその場か、または拠点に連れ帰って犯すのは、征服欲を満たすためだ。
血の気の多い連中がそうやって悪目立ちしやがるから、比較的大人しいヤツまで偏見の目で見られる」
「そうだったのね……」
「昔、オークの集落と取引した事があってな」
マティガンさんは、遠くを見るような眼差しで、続けた。
「人間の兵士だって、こと領土争いに関しちゃオークの事を言えたもんじゃ無ェんだ。
あんたは、クソ野郎の踏み台にされちまったんだ……辛かったろうに、更に謂れのない罪で暗殺者まで差し向けられるなんて、たまったもんじゃないよな」
気遣わしげに、ゆっくりと紡がれた言葉。
マティガンさんはそれを一度止めて、悲しみを湛えた双眸と共に振り向く。
「どんなに自分の被害を訴えても、大衆は耳を傾けちゃくれない……その孤独は、俺にも覚えがある。
今は生き残るぞ。何があっても。クソ野郎の鼻を明かすのか、それとも別のことをするのかは、今はまだ考えなくていい」
先のことを私の代わりに指し示してくれた。
……私は、どうするべきだったんだろう。
どうすれば良かったんだろう。
「義足で思い出したんだがよ。昔の取引先で錬金術師が――」
――突然。
ガガガガガ、とけたたましい音と共に、辺りの泥が飛沫を上げる!
「――があ、クソ! 今度は一体、なんなんだ!?」
 




