Task7 目的地を目指して進め
いつもご覧いただきありがとうございます。
今回はちょっとしたイチャイチャ展開(仮)も軽く挟んでみました。
三日目。
生憎の天気に、ボンセムもロナもしかめっ面だ。
地面はぬかるむし、服は濡れて嫌な気分になるだろう。
煙の壁で雨戸を作るのは、視界が悪くなるからやめておいた。
いくら馬共が優秀だからといって、頼り切って壁に激突なんざ笑い話にもならん。
そういった三流のオチを付けるのは、俺達であってはならない。
あとは、イオン加熱式ポータブルヒーターなんていう、随分と未来的なガジェットを買ってみた。
今回だけじゃなく、何か別の使い道もあるあるだろう。
いい買い物をした。
「俺達にゃ相応しい天気だ。初めて出会った時を思い出さないかい。ボンセム」
「追いかけられてるところまでそっくりそのまんまで嫌になるよ、まったく……あんたが最初の時に比べてよりいっそう頼もしくなってきたのは、不幸中の幸いだがな! 頼りにしてるぞ」
「媚を売る相手を間違えるなよ。褒めたところで報酬は返さないぜ」
「いや、別にそこまで金に困っちゃいねェよ……頼むから素直に感動させろよ……」
「スーさんはへそ曲がりですから」
「いったいどんな前世を送ったらこんなに捻くれるんだ……?」
「脚本の神様にでも訊いてみてくれ。そしてその答えは俺には黙っておいてくれ。聞きたくもない」
「……マジで、どんな前世を送ったらこんなになっちまうのか知りたくなってきた」
昨日の続きだとでもいうのかい。
ふはは!
無駄な抵抗はやめておけよ!
四日目。
雨足は弱まる気配を見せない。
三つ目の沼地の中程辺りに差し掛かって、馬共がぬかるみに足を取られはじめる。
「ちくしょう! この時期は今まで雨なんて一度も……!」
「何処かでドラゴンでも飛んでやがるのかね」
「縁起でもない事を言うんじゃねェ!」
ふはは!
雨季と乾季がハッキリしている場所なら、案外そういうとんでもないものが悪さしてお天道サマの機嫌を損ねているかもしれん。
「一応訊いておくが、迂回はできるのかい」
「無理だ……そういやぁ、秘策がどうとかって言ってなかったか?」
「そんなに大したものでもないが、これだよ」
パチンッ。
煙の壁を足場にして、馬共をぬかるみから引き上げさせる。
「これで運べませんかね」
「この重さになると流石に難しい。瞬間的に動かすか、並べて配置する分には問題ないが」
これまで何度も使ってきたから、ちょっとしたエレベーター程度は作れるようになった。
だが、馬車一台を向こう岸まで運ぶとなると、途中で消えちまう。
いくらたんまり連発できるといっても、無尽蔵じゃあない。
「ゆっくり行くしかありませんね」
五日目。
ようやく沼地を通り過ぎて、次は崖に沿って作られた廃村だ。
「本当にアンデッドは片付いてるんですよね?」
「秘密の入り口に腐りかけの腕があったからな……はァ……なんか、自信がなくなってきた……」
「ちょ、ちょっと……しっかりして下さいよ」
どうせ、あの腕の持ち主はこの前の野伏せりトカゲとやらの餌にでもなっちまったに違いない。
そこらの冒険活劇に、腐りかけの豆とタマネギで味付けしたのが、今の俺達の旅路だ。
……馬車から降りるとしよう。
「クリアリングは俺が済ませるとしよう。ロナ。周りは見張っておけよ」
「いってらっしゃい、旦那サマ」
あー……それは、冗談のつもりだったりするのかい。
俺の記憶が三流ゴシップ記事みたいに脚色でもされていなけりゃあ、これまでのお前さんなら酒で酔っ払いでもしない限りは絶対やりそうになかったと思うが。
内股になって、両腕で胸を寄せた挙句、キスをせがむツラとは。
「……っふふん。鳥肌立ちました?」
嫌がらせだろうとは思っていたが、まったく。
可愛い事をしてくれやがる。
「息子がおっ勃つね」
おい、股間を握るなよ。
「嘘つけクソ野郎。触ってみましたけど、フニャフニャじゃないですか。あたしのおっぱい触るか? ほぅれ」
胸を押し付けてくれるなよ。
「……そいつは仕事の後の楽しみに取っておこう」
仕返しに、額にキスを一つ。
「こら。白昼堂々イチャイチャするんじゃない」
ボンセムは呆れ顔だ。
廃村をくまなく探してみたが、生活空間の残骸があるだけで目ぼしいものは何一つ見付からなかった。
収穫がそれだけだったなら、さぞかし気が休まるだろう。
真新しい焚き火の跡に加えて、木彫りの伝言板まで見付けちまったのは、悲劇の始まりだ。
(ちなみに伝言板の内容は、読めない文字だったから解らなかった)
「見ろよ。オーギュスト・ロダンが見たらしゃがみ込んで考え始めるぜ」
「アレですね。“汝、一切の望みを棄てよ”っていう……スーさんにしては珍しく、陳腐な引用をしますね」
「ジャン=フランソワ・ミレーのほうが良かったかい」
「拾うだけの落ち穂がここにあります?」
「無い。だが、面倒事のタネなら転がっていそうだ」
「勘弁願いたいですよ」
「……望むところさ。その辺のメインディッシュは俺が全部もらう。こんな場所はさっさと通り過ぎちまおうぜ」
六日目。
雨は止んだが、空気は冷えてやがるな。
お天道サマは随分と試練の提供を頑張ってやがる。
(ご苦労なこった! 俺はちっとも寒くないというのに!)
……さて。
背中から視線を感じるが、これは誰のかね。
銃を取り出してクルクルと回す。
一瞬で、その視線の主を視た。
それは他でもない、荷台で運ばれている妊婦だ。
どういうわけか、初めの頃より随分と目付きからトゲが抜けている。
懐柔しようって魂胆か?
いや、何かを伺うような、遠慮がちで怯え縋る目だ……こういう時は、そっと耳を傾けてやるだけでいい。
「どうしたんだい」
お前さんを指差した。
さあ、答えてくれ。
「あ、あの……私も話をしてもいい、ですか?」
……ここで「何の話を?」と訊くのは野暮だ。
正しくは、こう答えるべきさ。
「無理はしないでくれよ。到着までだんまりでも、俺達はお前さんを責めたりはしない」
「その……話しておきたく、なりましたので……」
「それなら構わんさ。俺はともかく、ロナなら聞き手としてまず間違いない」
「まず、名前から……私はソリグナ・ソラエムス……あの街の、隣の隣くらいの街にある孤児院で育ちました」
話せるようになったなら、それに越したことはないが……。
反動でダメになっちまわないかが心配だ。
『ようやく一歩前進、ですね』
『だといいが』
紀絵の奴は、上手く裏付けを取っているのかね。
一番安易なオチは、この女が嘘をついていて俺達をハメていたというケースだが……そんな三文芝居にもならん話はやめてくれよ。
賭けでもするか。
配当はこの通り。
女が俺達を騙していた場合――2票。
女の供述が真実だった場合――8票。
本音としてはそうだが、確率はどっちも50%だ。
前者を引いたら樽いっぱいの馬糞と水銀を買うとしよう。
後者を引いたらアロマキャンドルを買う。
胴元が損をするのは、前者の大穴だ。
サーマルセンサーでは確かにガキの反応が腹の中にあるし、ちょいとばかりだが動いているのも見えた。
別のものを仕込んで騙すという線は、これで消える。
続いて、こいつにガキを仕込んだクソ野郎が誰なのかという話だが、現状の情報ではこの女が話していた臨時パーティの誰かというのが一番有力だ。
それ以外の男が手を出していた場合は、手掛かりはなくなる。
メニューの通販には遺伝子検査キットこそあったものの、遺伝子情報のデータベースは無い。
一応、買っておこうかね。
犯人探しは俺の仕事じゃあないが、のこのこと目の前に現れたりしないとも限らん。
もちろん報復は別料金だ。
今回の依頼にゃ含まれていない。
まあその時は、パパちゃんに払ってもらうか!
「どうぞ、続けてください」
さあ、逃亡劇は始まったばかりだ。
ボンセム「人前で他人の股間を握るんじゃねェ」
ロナ「男だっておっぱい揉んだり尻触ったりするじゃないですか。しないんですか?」
ボンセム「お、お、俺はっ、し、しねェよ!」
ロナ(その反応は……ウブと言っていいのか……それとも紳士的と言うべきなのか……)




