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Extend3 スパイ活動、順調です

 今回は遠江もとい、紀絵視点です。


 私――臥龍寺紀絵が扮するは、極東よりの流離さすらい人、遠江である。

 灼尊流なる謎の流派を用いる侍!

 刀さばきは二流なれど、刃は十尺の距離すら物ともしない……なんて設定を即興で考えた。

 “代替呪文”という、別の詠唱でも同じ魔法を発動できるようにするスキルを買ったから、準備もバッチリだ。


 いやー困るわー。

 お嬢様口調がやっと板に付いてきた矢先に今度は演劇部の経験を活かして侍口調でスパイとか、己の多才ぶりに我ながら困惑するわー。


 ま!

 それすら活かすことなく捕まっちゃったんだけどね、私達!

 ちなみにこれ全部、ダーティ・スー先生の計画通りだったりする。

 追手に遅延工作をする為、敢えてしょっぴかれる方法を選んだ。

 いつだって、有能な敵より無能な味方のほうが何倍も恐ろしいのだ。



 ステップ1!

 妊婦さんA(仮名)の情報収集しているらしい人を探す。

 これについては“双月の盃”という、女性専用ギルドに情報料を支払ったら誰が探していたかを教えてくれた。

 それがマキト君とツトム君の事だったけど、話していた時に不機嫌そうな顔をしていたのは何故だったのかな……?


 ステップ2!

 追跡して、助けさせる。

 ロナちゃんから、この世界で今まで関わってきた人達をリストにまとめてもらったけど、まさかリスト内の人物と出会うとは!


 ステップ3!

 遅延工作と情報収集。

 今ココ。



 ゴロツキに依頼を出した時だって、あらかじめ襲撃者(残念ながらナボ・エスタリクではなく私達だったけどね!)の存在を知らせておいたから警戒してくれていた。


 流石にフィリエナが物産店から麻薬を拾ってきた事は予想外だったけど、どっちにしたって中央物産店で怪しげな取引をしているという話はするつもりだった。

(……たとえば、人身売買とか)

 マセリクさんには悪いけど、疑われてもらう必要があったわけだ。



 そんなわけで、不法侵入の罪で、一日反省房入りの刑に処されている。

 マキトのパーティの亜人達も、リッツというエルフのお姉さんがナボ・エスタリクについて情報提供をするという条件で私達と一緒に釈放されるという。

(ホントかなぁ? 賄賂受け取っておきながら知らんぷりする人達だよ?)


 この流れは、間違いなくチャンスだろう。

 マキト達が面識あるのは、ダーティ・スー先生とロナちゃんだけらしいし。

 幸いにして、私は面識がない。


 そう……この場にいる誰とも。


 ギルドで派手にアドリブをかましたものの、ぽっと出の私が遠江と同一人物と気付く人はそんなにいないだろう。

 事実、しょっぴかれる最中ゴロツキは誰も私の事など気にしていないようだった。

 ま、いざとなったら白を切り通すし、仮にバレるとしてもそれまでに目的を達成してしまえばいい……。



 さあーやるぞー!

 ツトムという少年と、フィリエナ、キャトリーの三人パーティ。

 彼らが追いかけている相手の素性、それからあの妊婦さんへの見解……ちゃんと根掘り葉掘り訊かないとね!


 その為にはまず、頼れる侍お姉さんアピールを沢山しよう!

 たとえば、私達の現在地は牢屋だ。


 色々と悪評轟かせているルーセンタール帝国とて、どうやら不法侵入で強制収容所行きにはならないらしかった。

 いやあ、レ・ミゼラブルのジャン・バルジャンみたいな事にならなくてよかったよ……。

(それすらも計算済みだったとしたら、スー先生の先見性が恐ろしすぎる)


 前世では小手先の小技には何かと事欠かない人生だった私は、演劇部にいた時も衣装のほつれ(・・・)を直したり、ポスターや看板の細かい仕上げをしたりしていた。

 今回は、その経験を活かしてみようと思う。



 いざ、尋常に……訴求アピール



「それがし共を一晩、牢屋に繋いでおくならば、ついでに進言がございまする」


 女性陣の中でもひときわ低い声で喋れば、否応なしに看守が反応する。


「な、なんだ……?」


 よし、反応は上々。

 周りを見渡せば、パーティメンバーのみんなも私を見ている。

 注目されるのは嫌いじゃあないけれど、この視線は良くないほうのやつだな。

 念話で釘を差しとこう。


『それがしに任されよ。これは秘策にござる』


 信じてもらわないとね。

 私は更に、右手の人差し指を立てて続けた。


「貴公の装束にほつれがござる。修繕はなさらぬのか?」


「ンな金ァ無ェーよ」


 ひどくゲンナリした声音だ。

 お給料、安いのかな……。


「民草に威光を示すとあらば尚の事、襤褸ぼろを纏ってはなりませぬ。

 牢屋に裁縫道具と制服を放り込んで頂けるなら、一晩にて直して進ぜよう……無論、お代は結構」


「タダ!? どういうことだ……」


 よし、ヒいてるヒいてる。

 もっとたじろいでもいいんだぞ、若ツバメよ。


「う……お、お前にメリットはあるのか?」


無聊ぶりょうの慰めに手芸の真似事をしておったら、存外に奥が深くてな。ついのめり込んでしまったのでございまする。

 不審があれば、見張りを付けて頂いても構いませぬ。如何だろうか?」


 少し考え込む素振りを見せたあと、看守は上着を脱いで投げて寄越してくれた。


「折角だから、頼んで見るかな……」


「うむ、是非に!」


 ……フッ、堕ちたな。



「遠江さん、なんかすごく腹黒い笑顔浮かべてませんか?」


「なに。牢屋が暗いせいでござろう」


 少しして裁縫道具も投げ入れられた。

 まさか本当に投げ込まれるとは思わなかった。

 もっと丁寧に入れてくれないかな。


「さあさあ、始めようぞ。その前に、瞑想をば」


 購入したスキルその2“限定幽体離脱”を使う。

 目を閉じて集中しないと、制御できないからね。


 意識が身体を離れて、自分の身体を外から眺める。


 ふわふわ……。

 ふよふよ……。


 少し暗いけど、通路の様子が見える。

 角を曲がって、進んで……よし、取調室に着いた。


 ここで、術式を固定……と。


『ナボ・エスタリクについて知っている事を全て話せ。嘘をついていると解ったら、この装置が反応する』


『……はい』


 リッツは、両腕に仰々しい装置が繋がれている。

 取り調べというより、これじゃあ尋問……いや拷問だ。


 衛兵が二人、机を挟んで向かい側にいる。

 剣呑な空気を隠そうともしない。


『ナボ・エスタリク。本名不明。種族はエルフの純血種。

 出身は“黒大壁”を越えた先の“古き森”……とは本人の談です』


『ガスタロア自治区の生まれではないという事だな』


『はい。仕事の際は緑色の服を身に纏うことから“緑衣の死神”とも呼ばれますが……流石に、これはご存知だったりします、よね?』


『ああ。だがこっちが知ってる情報は敢えて伝えない。お前の口から聞かせてもらう』


『はい……手口としては、格安で暗殺を請け負い、大掛かりな設備を使ってじわじわとなぶり殺しにする……設備の素材になるのは、打ち捨てられたお屋敷などです。

 大抵は魔物の生息領域付近まで拉致していきます。異様に足の早い馬を使っているそうですが、詳細はわたくしにも解りません』


『ほう。奴に協力者はいないのか?』


『……解りません。一人で実行しているのではないでしょうか。彼は自分を強く見せる事に異様なこだわりを見せていました』


『やはり詳しすぎるな。庇っているだろう』


『庇ってなど、いません』


 しばし沈黙。


『装置が反応しない……』


『故障しているようだ。魂の中身を覗くか?』


『共和国からわざわざ、あの女を招聘しょうへいするのか? 侯爵家だぞ。国の許可が降りないだろう』


『では、沙汰が下るまで拘留しておくか』


 バァンッと扉が開かれた。


『――その必要は無い』


 恰幅のいい、茶髪をオールバックにした、髭の長いおじさま。

 あら、熊系とはまた、これはこれでダンディ……。

 まあ私の趣味じゃあないけれど。


『でゅ、デュセヴェル管区長!?』


 看守さんは二人して敬礼したけれど、熊系おじさま……もといデュセヴェル管区長さんはそれを手で制した。


『ッフ! ンフフフ……そう畏まるなよ。座りたまえ』


 管区長さんは妙な笑い方をして、二人が座ったのを見届けてから、リッツに微笑む。


『リッツ――いや、リツェリディエルだったかな? このルーセンタール帝国は、さぞかし過ごしにくいだろう。

 同胞に対するむごい仕打ちの数々に、きっと心を痛めている筈だ。すまないね、こうするしか他に方法がないのだよ……』


『そうせねばならない事情がおありでしょうから、わたくしは気にしな――うぅッ!?』


 嘘発見器から青白い電流がビリリと迸る。

 痛いだろうなぁ……リッツさん、可哀想に。


『さあ。これで装置の故障という線は潰えたぞ。彼女はよく正直に話してくれた。

 潔白は証明されたようなものだ。元のパーティに返してやりなさい』


『は、は……!』


『私は暫く滞在する。何かあったら、教えなさい』


『ありがとうございます』


 そして、扉を開けて出て来る瞬間。


『――今回は見逃してあげよう。いかなる出自といえど、我らが帝国の大切な客人だ』


 と言って笑顔を浮かべた管区長の視線は、明らかに私へと向けられていた(・・・・・・・・・・)



 呆気にとられていた私の視界を、管区長の手が覆う。

 すぐさま“限定幽体離脱”は強制解除された。


 なに……あの人……!?

 あの目で見つめられた時、ひどく寒気がした。

 底の見えない崖を見たような、そんな寒気が……!




 侍口調でも語尾をござるにしたくない侍。

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