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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION12: トゥルーエンドをその手に
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Extend18 最果てに至る激情

 ひとまずここまでは、ロナ視点です。


 読み進める。

 文字が、内容が、上手く頭に入ってこない。

 まるでそれは、脳が理解を拒否しているようでもあった。


 笠江優愛衣かさえ しるく、23歳、女性。

 命名は母・笠江良藺廻かさえ らいねによるもの。

 生年月日2005年11月24日。

 古ヶ崎勇賢こがさき ゆうけん(当時34歳)と、勤務先の部下である藺廻(当時19歳)との間に生まれる。


 あたしの生まれて少し後だ……それって、それが意味する事って……?

 産後の母親と育児には参加しないまま、会社の部下と浮気して、一夜を過ごして……それで、妊娠発覚したあと結局、産ませて……?

 え……?


「ゆぅいのパパは、存在しない“誰か”だった。だからママは、育休明けも働き続けなきゃいけなかった。

 騙して酒で眠らせて、やり捨てしたパパは、そんなママに償いをした。

 ね~え? どうして、ちひろお姉ちゃんは大学を途中でやめたんだっけ? お金が足りなかったんだよね?」


「どうして、それを……」


「ゆぅいのママが勝ち取ったんだよ。支払わなきゃ、今までの事ぜんぶバラすってママが脅したら、専門学校の費用をくれるようになった」


「う、そ……だ……」


 へたり込むあたしに、ゆぅいが手を後ろで組みながら覗き込んでくる。

 あまりにも邪悪な笑みが視界いっぱいに広がる。

 けれど、あたしの視界はすぐに涙で滲んだ。


「あれあれぇ~? ビビっちゃいましたぁ~? まさかゆぅいが、パパの浮気相手の娘だったなんてぇ?」


「うぞだぁァ……あ、あぁぁ……ッ!!」


 いやだ……いやだ……もう殺しちゃったよ……。

 確かめてすらいないのに!

 どうして、あたしが何かしようとする前に何もかも終わっちゃってるんだよぅ……!


「あーあ。その様子だとぉ、それ知る前にパパ殺しちゃったんですよねぇ?」


 嘘だ、嘘だ、嘘だ!

 いやだ……。


「……今まで迷惑掛けてごめんね? ゆぅいはこれからママと仲良く、この世界で生きるの。

 けれどビヨンドってぇ、依頼が無いとこの世界に滞在できないんでしょ~? ばいばぁい、お姉ちゃん♪」


 杖の先端から蝶が飛ぶ。


「……」


「ちょっとぉ……なんて顔してるんですぅ? ゆぅいをそんなに見つめちゃってぇ、やっぱり、そっち系?」


 聴衆の諸君!

 聴衆の諸君!

 これより私は……私は……!



「うああああああああああああぁぁぁぁぁぁアアアアッ!!!」



 それよりも見たまえ!

 雨は降り注ぎ、秘められし火山は溶岩を湛え、大地は揺れ動いている!

 律動は理性を破砕し、奇怪な獣達が口々に肉を求めて咆哮する!

 これらを戒める手段を、諸君らは知っているか!

 生け贄は何処にある?

 雲が堕ちる前に、早く差し出さねば!

 それこそが、鎮魂歌!

 死者は語った!

 ――“さぁ、差し出せ”と!


『『『……あたしを、満たして?』』』


 斯くして獣に生け贄は差し出された!

 馬に跨がり、生け贄は地獄の門へと向かったのだ!


 死神達が下腹部を槍で何度も貫き、そこから流れ出す色の無い血液は、生け贄の涙の代わりとなって大地を濡らした!

 黒い森は永い雨の末、洪水に沈むだろう!


 平穏よ、さぁ早く!

 聴衆が求めたのは何であったか!

 それは、目を覆いたくなる地底の踊り!

 差し出せ!

 平穏の為に!


 我らこそは炎獄楽団!

 馬の耳を囓り、嘶く声から斉唱を見出せ!

 音色は解放を加速する為に!


 止め処なく流れる汗が逆に心地良い!

 生け贄は馬との接吻を済ませ、鼻歌で快楽を表現する。


『『『焼け焦げる? ねぇ、火傷、いい! もっと!』』』


 正気を否定する感情とは何であるか!

 それは鍵!


 煮えたぎって軟化した背中の脂肪分を力一杯に引き千切り!


 これを!

 真理への!

 供物!

 として!

 捧げるのだ!


 諸君らよ立ち上がれ!

 雷雲に空いた穴に合わせて塔を建てろ!

 天へと昇り、神の不在を証明せねばならない!

 今こそ!



 ああ、僕の瞳には何が映っている?

 知る由もないじゃないか。

 此処には鏡が無いのだから!



 あたしは怨恨であり遺灰であり遺恨であり悔恨であり焼痕であり情動であり衝動であり煽動であり蠕動。


 さあ蹂躙を始めよう。

 こんにちは、肌を喰い尽くす炎獄。

 こんにちは、喉を焼き潰す黒煙。




 ――頭を振って追い払う。

 あたしをこれ以上、奇妙な混迷に引きずり込むな……!


 気が付けば、宮殿の壁も天井も床もヒビだらけになっていた。

 あちこち壊しながら追いかけていたらしい。



「あっはははははは! そんな乱暴に振り回した所で、当たるわけないじゃん! ほら、もっと頑張ろうよ、ちひろさぁん?」


 おとなしく!

 翼手に!

 つままれろよ!


「あんたは、殺す……!」


「残念なことしちゃったよねぇ? あーあ! いくらビヨンドが召喚術で呼び出された悪魔だからってさ、実の親殺すことないじゃんねぇ~? えっ……?」


 固定されていないタンスを掴んだ。

 思い切り、奴に叩き付ける。


「ウゥゥ!」


「やめっ」


 何度も。


「ガウゥウウ!」


「あっ」


 なんども。


「……」


 タンスは粉々になった。

 ゆぅいは腕で頭を庇っていたけど、その両腕はあらぬ方向に曲がっていた。


「げほッえほッ、あ、れ……」


 ゆぅいの髪の毛を掴んで、壁に叩き付ける。

 何度も、何度も。

 足元に歯が転がっている。

 知らない。

 知ったことじゃない。


 そのうち、ボロボロの壁に亀裂が入った。

 壁はやがてガラガラと音を立てて崩れ、外――下のほうでは怒れる民衆が大挙して押し寄せているのが見えた。

 たいまつに照らされた顔は、どれもが凄まじい形相だった。


 その敵意が誰に向けられていたものであるにせよ、いい舞台装置だ。

 使ってみようか。


 あたしはゆぅいを、壁のあった場所まで運ぶ。

 ――そして吊るす。


「……ねぇ、ゆぅい。下を見てよ……あのブチ切れた連中、あたしとあんたのどっちを殺そうとしてると思う?」


 答えは明白だ。

 落ちたほうが殺される。

 先だろうが後だろうが、落ちたら両方とも殺される。

 あたしは既に怪物だし、あいつらはゆぅいを殺しに此処に来ている。

 ご丁寧に、断頭台まで用意して。


「た、助けて、お姉ちゃん……悪いことしたのは、謝るから……」


「あたし、もう死んでるんだけど。死体に謝ってどうするんです?」


「それは、その、うぅ……えと……」


「ハッ、無理だろ? “反省してますもうしません、心機一転これからは真面目にやります”なんて、あんたなんかにできるかよ。

 あたしのレプリカをこさえてくれやがった、あんたみたいなクソ女が」


「だって、だってぇ……! 頑張って、みんなに認められないと、ゆぅいに存在価値なんて無かったんだもん!」


 何ボロ泣きしてんだよ。

 思いきり泣きたいのはあたしのほうだよ。


「パパも、ママも、ゆぅいが望まれない子だと思ってた! だったら結果残して、産んでよかったって思わせてあげたかった!

 ママはいつも、古ヶ崎の家を恨んでたし、目にもの見せたいと言ってた……ママは、ゆぅいをほんとうの意味では愛してなんてくれなかった……ッ!!

 ゆぅいが生まれた頃には会社をやめて、夜のお仕事をして……お婆ちゃんにゆぅいを預けて、帰ってきたらお酒を呑んで、古ヶ崎家への恨み言ばかりこぼしていた!

 “あんな筈じゃなかった”って……“こんな子、産みたくもなかったのに”って……!!

 どんなに頑張っても、あの人は! お姉ちゃんのお母さんを見続けていたッ!! だから、奪うしか無かった……!」


 哀れんで欲しいんだね。

 そんなに涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして。

 可哀想に。


「それで、あたしのギルド、あたしの元カレ、あたしの家族まで奪おうとした」


「ごめんなさい、ごめんなさい……お姉ちゃん……ゆぅいは、あたし(・・・)はただ、愛される資格が欲しかっただけなの……」


「その気持ちは、よく解るよ」


 あたしも、親の愛には条件が付けられていた。



 ……けれどね。

 どの面下げて、あたしに被害者ぶって弁解してるのかな?


「今からでも、やり直せないかな……お願い、命だけは助けて欲しいの! 今までの事、全部、ちゃんと償うからぁ!」


 ズズンッ……ズシンッ。

 短い振動と共に、足元が崩れる。

 この城そのものを破壊しようとする何かが、崩れかけの城壁を今度こそ完全に、ボロボロにした。

 魔法かな。

 爆弾かな。

 破城槌かな。

 まぁ、どれでもいいんだけど。



 ――だって、あたしも足を滑らせたから。

 あとはもう、二人して落ちるだけ。

 一方はただの人だから死ぬ。

 もう一方、あたしはビヨンドだから、この世界には来れなくなるだけで死にはしない。

 これから一人でやっていくとして、どうしようかな。






 ……腕を掴まれた感触が、あたしの心を現実に引き戻した。


 どうして、こんなあたしに手を差し伸べて、優しくあろうとするの……?

 見返しに何を差し出せばいいのかも、解らなくなって久しいというのに。

 顔を上げて、そんな物好きを見ようとして、目が合った。


「――ごきげんよう、俺だ」




 やりたかったシーンのうち一つができて、ほっと一息。

 しんどいシーン(当社調べ)はここまでです。

 お付き合い頂き、ありがとうございました。


 引き続き、ご笑覧頂ければ幸いでございます。

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