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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION12: トゥルーエンドをその手に
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Extend17 脆い偶像

 引き続きロナ視点です。


 白い壁に赤い絨毯、綺麗な調度品が立ち並ぶ通路。

 けれど、夜なのに燭台には火が灯っていない。

 燭台係のメイドがストライキでもしたのかな?


 まぁそれはいい。

 好都合だ。

 追い付いたけれど、まだ姿を表すわけにはいかないからね。

 どれ、ちょっと盗み聞きでもしてみるか。


「聖女様、ごめんなさいね……怖かったから、ここまで逃げてきてしまったの」


 ……どうしてあたしの母親(クソババァ)まで、ゆぅいと一緒に?

 怖かったから逃げてきた……にしても、もうちょっとマシな場所に逃げられなかったのか。


 いや、ゆぅいに贔屓されていた上に、娘役であるあっちのあたし(・・・・・・・)はレジスタンスを裏切っていた。

 もしかして、居場所なんて無かったのかも。

 まぁ、同情はしないよ。


「だ……大丈夫ですぅ。メヒローさんには、大事な仕事があるですぅ」


 大事な仕事、ねぇ。

 どうせ人質とかそういうろくでもない内容だろう。


 それよりも、今は気配を消して先回りだ。

 脱出経路を破壊して回らないと。


 忍び足。

 あたしの得意分野だ。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 音が響かないように、翼手で丁寧に壁や階段を壊す。

 もぎ取って、もぎ取って……。

 わぁ。

 ブロック遊びみたい。


 翼手の特性がそうなのか、それともあたしがあたしに化けているからか。

 この程度じゃ姿は元に戻らないようだ。

 嬉しいね。

 ……出しっぱだと事故が怖いから、しまっておこう。



 さて、もういいだろう。

 偶然を装って合流だ。


「――!? ちひろ!」


 クソババァに生前の名前で呼び止められた。

 さぁて、うまく繕えるかな?

 油断を誘ってからじゃないと、この策は上手くいかないからね。


「ごめんなさいね、ちょっと通して」


 などと言って、クソババァは衛兵を押し退ける。

 かわいいアバターだから余計に、癇に障るんだよ。


「危険です! 無闇に離れないで下さい!」


「あの子は私の娘なのよ!? 夫が死んだ今、娘だけが家族なの!」


 おー、こっわ。

 目ぇ血走ってるし。


「……くれぐれも、ご注意を」


 衛兵さん、あんたの勘は鋭いね。

 そして駆け寄ってくるクソババァ。

 あたしは、歪みそうになる口元をフラットにしようと努力した。


 そうですとも。

 今のあたしは、無邪気にも家族の絆や人類の善性というものを信じている、あの古ヶ崎ちひろ(・・・・・・)の虚像だ。


「お母さん、無事だったんだね! 探したんだよぅ~!」


 努めてそれらしく在ろうとせねばならない。

 抱きついて、頬ずりをする。

 そうして、されるがままに撫でられる。

 目を細めて、笑うふりをして。


「ごめんね、ちひろ。でも聖女様もいらっしゃるし、もう大丈夫よ」


「うん!」


 おぇッ。

 我ながら吐き気のする演技だ。


「追手はどうしましたかぁ?」


 訊かれたから、横目で声の主――ゆぅいを盗み見た。

 のんびりとした声音とは裏腹に、ゆぅいは俯いていた。

 積み重なった心配事に堪えられなくなった時、そういう顔になるのを知っている。

 鏡で何度も見た表情だもん。


 よく見れば、以前は一緒にいた筈の幹部連中が軒並み姿を消している。

 もしかして死んだ?

 ……まさかね。


「とりあえず倒しましたよ。暫くは時間が稼げると思います」


「そうですかぁ。ありがとうございますぅ」


 騙されてくれよ?

 流石に崖っぷちだし、疑心暗鬼だろうけど。


「ここからは、あたしも合流します。絶対に、みんなで脱出しないと。お父さん、あいつに殺されちゃったから……」


「そう、ね……」


「偽のロナは、どうなりましたかぁ?」


 どいつもこいつも、あたしを偽者呼ばわりしやがって。

 当の偽者ちゃんは、ちゃんと偽者だって自覚してたぞ。

 ……とは言わない。


「瓦礫の下敷きになりましたよ。あれじゃ頭はまるごと潰れたかも」


 まぁいいや。

 そろそろ、頃合いだろう。

 さっき先行して構造を見て回った限りでは、ここがちょうど城の中心だ。

 つまり、壁に穴を開けて逃げるにせよ、まずあたしに追い付かれるだろう。



 ――じゃ、やるか。


 メイドや執事姿の親衛隊を何人か引っ掴んで、遠心力に任せて振り回す。

 さながら人間砲丸投げだ。


 更に翼手で掻っ攫って、壁に叩きつける。

 あっという間に、親衛隊は壊滅。

 何割かが壁のシミになった。

 ははっ、可哀想に!


 残るは、ゆぅいとクソババァだけ。

 ……ちょろかったねぇ。


「ちひろ!? ちひろ、どうして……」


「いつまで縋り付いてやがるのかなぁ、この人は」


「え……?」


「アレは偶像だった。罪悪感に付け入って、都合のいい虚像を投影するだけの人形だった。どうして気付かない? やけに素直すぎると思わなかった?」


 変装、解除。

 苦い思い出の中にあった、緑色の服は……今はすっかり馴染みのある黒い服に戻った。

 きっと両目も、荒んだ眼差しに戻った。

 一切の隠し事を捨て去った、ありのままのロナへと戻った。



「嘘……こんな……悪い夢よ!」


 クソババァが頭を抱える。


「夢だったら良かったよねぇ? 残念だけど、現実だよ。逃げも隠れもできない、現実なんだよ……母さん(・・・)!!」


 あたしは頭を強く、強く掴んだ。

 本当は見たくないけど、目を合わせないと。


「あんたが否定したこのあたし(・・・・・)こそが本物なんだ。紛れもない、現実のあたしなんだよ。

 謝りたいとか抜かしながら、実の娘(あたし)から目ぇ逸してんじゃねぇよ!」


 あんたの望んだ答えは、きっと違っていただろう。

 でも、あたしはあんたの望む答えなんて言わない。

 あたしは、あたしだ。

 都合のいい虚像なんかじゃない。

 許すために生まれた偶像でもない。


「もう、何を信じたらいいのよ……」


 しまいには泣き出した。

 あたしの伝えたい事は、無視されたままだ。

 結局こいつは、自分以外はどうでもいいんだ。

 どうしてあたしは、こんな親から生まれてしまったのだろう。

 頭の奥底が、急激に醒めていく。


「……あんたをそそのかしたあの女も許せない。あたしを苦しめてきたあらゆるクソ共を殺して、最後にあんたを殺すよ。待っててね」


 振り向かず、進む。

 だって振り向いたところで、代わり映えしないし。



 まったく。

 ここまで拗れさせといて、何が聖女だ。

 ……死ね、死ね、死ね。

 売女にションベン引っ掛けられて死ね。

 誰もが軽蔑する最期を、おまえにくれてやろう。


 そう。

 だから。


 逃げるな。(コツコツ)


「はぁ……っ、はぁ……――っ!」


 逃げるな。(コツコツ)


「ひゅ、は、はふっ……はぐっ……! どうして、ゆぅいがこんな目にぃ……!」


 逃げるな。(コツコツ)

 逃すな。(ヤァーッ!)


 くるりくるりひらひらり。

 銀色円盤乱れ打ち。

(あのねあのねー! それはバズソー、丸鋸ってゆーんだよー?)


「ああうっ!」


 アキレス腱に500のダメージ!

 ゆぅい は 片足を引きずった!


 ピィ~!!

 素敵!



 可哀想なゆぅい!

 壁に手をつきヨッコイセ!

 足引きずりまして血の轍!

 見るに哀れ、或いは滑稽!

 ハハハ。

 アハハ。


「ほら、必死に逃げ回ってみて下さいよ。どうです? 自殺した筈の雑魚に、何もかも封じられて追い掛け回される気分は」


「はぁ……っ、はぁ……――っ!」


 答える余裕すら無いとはね。

 嘲笑にして重畳。

 ころりころり。


 見よ彼奴の転落に。

 死を明日の憐憫に。

 にやりにやり。


「ひっ……――はぁ、あっ……えっ!?」


 得物立ち往生。

 しばし長考。

 告げるは絶望。


「行き止まりですよ。壁を崩しちゃいましたから」


「……!」


「味方は全滅したんだからさ、サシでやりあうしか無いんだよ……なぁ? ゆぅいさん」


「うぅ~! ゆぅい、戦うの苦手ぇ~!」



 振り向いたゆぅいは内股になって、両手で杖を構える。

 杖の先端の宝石から、桃色の薄い光の刃が出ていた。

 あたしは、思わず舌なめずりをした。


「あははは……ゾクゾクする……ねぇ、ゆぅい。今どんな気持ち?」


 あたしの背中にある翼手なら、あの程度の貧弱な光なら、手で折ってしまえる。

 覚悟しろ。


 けれど、ゆぅいはひどく意地悪な笑みを浮かべた。


「女の子相手にそういう感情を抱くなんてぇ、気色悪いですぅ。ましてや妹相手にぃ」


「あ? 女同士で悪いかよ。正直、あんたはタイプじゃないし、今から殺そうと思ってるくらいには憎いけどさ」


 あたしは翼手の拳を振り上げた。

 けど、ゆぅいの言葉に違和感があった。


「――あ、いや、ちょっと待って。最後、なんつった?」


 ましてや……誰を相手に?


「いつもぉ、ロナさんの個人情報ばかりバラしてぇ~、不公平でしたもんねぇ? だから、ゆぅいもおそろいにしてあげますぅ」


「は……?」


「実は、ゆぅい……ロナちゃんの腹違いの妹なんですぅ」


「……は? 言うに事欠いて、命乞いどころか出鱈目かよ。頭湧いてる?」


 今なら頭蓋骨を叩き割っても大丈夫だろう。

 だって、あたしには翼手これがあるのだから。



「って思うでしょ~? ほら」


 ゆぅいは、こんな時に備えてすぐ取り出せるようにしたのだろうか。

 手渡された二枚の封筒のうち一枚には“Far East Genome Laboratory”つまり極東遺伝子研究所と書かれている。

 もう一枚は“匙賀探偵事務所”と。

 どっちも、しっかりとした質感のコピー用紙。


 ……急造品ではない事は、すぐに理解できた。




 MISSION02の時からずっと温めておりましたが、ようやくお披露目できました。

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