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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION12: トゥルーエンドをその手に
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Task5 朝食片手にアジトを蹂躙しろ


 薄暗いアジトに、心細い食卓と、見覚えのある面構えが何人か。

 煙の槍で洗礼をしてやったが、果たしてどこまで通用する?

 さて、ワガママな依頼主サマの頼み事をちゃっちゃと片付けて、あの愛しの看守ちゃんに会いたいね。



 漫然と仕事をするだけじゃあない。

 単なる時間稼ぎってわけでもない。

 探しものだけじゃない。


 が、思い詰めても心臓が窄まる一方だ。

 宣戦布告を先に済ませようじゃないか。


「……相談員はさぞかし胸を痛めただろうよ。“勝手に自殺しやがって、知るか、馬鹿野郎”ってな」


「おい!」


「人は、ありのままには生きられんものさ。裸で歩けば、しょっぴかれるだろう。心にも服を着せるのが、人間って奴だぜ」


 元カレ君以外の連中は、やけに物珍しそうに見ている。

 俺のコピーは話が通じなかったのかね。


「こ、こいつ! やっぱりオリジナルか!?」


「でも、どうやって……!」


 そら、やっぱりだ。


 カップには、淹れたてのコーヒーが。

 俺はそいつをすすりながら、バスタード・マグナムを取り出す。


「あー! そのごはん私達のですよ!?」


「悪いね、朝飯がまだなんだ」


 いい豆を使ってやがる。

 ……良すぎるぜ。

 カネの使い方を間違えちゃいけない。

 客人に出すコーヒーは、程々が肝心さ。

 贅沢をしていると思われちゃあ、顰蹙を買う。


『紀絵、外の見張りは頼んだぜ』


『よ、よろしくてよ! かくれんぼはロナさんの得意分野だと思いますけれど、わたくしだって頑張りますわ!』


 ……さて。


 奴らは武器を構えたまま動かない。

 いつ俺が隙を見せるのか、チャンスを伺っている。


「あー、ところで、俺の(・・)ロナを見掛けなかったかい」


「ちひろ、下がって」


「え? うん……」


 金髪碧眼の坊やが、ロナと同じツラをした女を下がらせた。

 嫌だねえ、何も解っちゃいないぜ――元カレ君。

 姿形が変わろうと、声と人格はまるきり一緒だ。

 俺は、やり合った相手を忘れはしない。


「そう身構えるなよ。そっちの(・・・・)ロナには興味がない。どうせ、まがい物(・・・・)だ」


「まがい物って……あたしが二人もいるの?」


 ロナもどきは、不安げに首を傾げる。

 なるほど、よく似ているが俺の知っているロナとは違う。

 声音も、匂いも。

 ……ああ、感傷は後回しにさせろよ。


「どこの悪趣味野郎がこしらえやがったのやら。まったく、身の毛もよだつ最高のセンスだ。ジジイの靴下を被せたトロフィーを送ってやりたい――ね!」


 テーブルを蹴倒す。

 宙を舞う、食器に載せられたトーストとハムエッグを左手でキャッチ。

 マグカップを頭の上に。



 久しぶりのチパッケヤ君が、両手に斧を持って突貫だ。

 撃って牽制、煙の槍で壁に飛ばす。


「定番、いつもの奴、様式美――そして退屈だ」


「じゃあこういうのはどうだ!」


 床の振動が靴を通して伝わってくる。

 せり上がってくる予定だったらしい竹槍か何かは、俺が床下に呼び出してスライドさせた煙の壁で、こま切れにしてやった。


「可哀想に。工事費用も馬鹿にならなかっただろう。ふはは! ……うん、うまい」


 トーストに乗っているハムエッグの焼き加減がまた、腹立たしい程に上手い。

 半熟の状態で、胡椒が程よく振りかけられている。

 かじれば卵黄がトーストの表面にじわりと広がる。


 横合いからやってくる刀を片手で掴み、使い手のネコ娘ごと持ち上げて床に叩き付ける。

 ……ほう、両足で受け身を取りやがったか!


「そらよ」


「んんんに゛ゃあぁッ!!」


 首の後ろに膝蹴りをブチかましてやったら、床に転がって悶絶してやがる。

 少しはできる奴かと思ったが、とんだ見込み違いだったぜ。

 左手でトーストを保持する。

 バスタード・マグナムを指に引っ掛けて回転だ。


 目の前には、剣を持った元カレ君。

 飾り気のない武器っていうのが、いいね。

 腕前だけでやり合おうって心意気がある。


 右手の指に銀色の塊が踊る。

 そして俺は……、


「――ん」


 ズドン!

 振り向かないまま、後ろに撃った。


「ぐぉッ!?」


 いい場所に当たってくれたかね!

 銃身がステンレスなのは、こういう時に便利だ。

 鏡の代わりに使える。


「ち、ちくしょう、なんで、後ろ手に構えて、こうも正確に撃てるんだ……!!」


 あー、質問なら後にしてくれ、チパッケヤ君。

 今トーストを喰ってる最中なんだ。

 頭の上に乗せていたマグカップを左手で掴み、飲み干す。


「ちひろ、今だ!」


「うん! ――フリーザー・ショット!」


 狙いが甘い。

 俺は上体を反らし、飛んできた氷の塊を空っぽのマグカップに入れた。

 もちろん普通はマグカップが砕け散るんだろうが、煙の壁を小さく展開すれば割れかけで固定できる。


 ……ふはは!

 いいツラをしてやがるぜ、お前さん達。


「これまでの相手と同じ常識で戦えるとは思わん事だ。何せオリジナルは、この俺さ」


 マグカップを煙の槍に乗せて、ちひろ(・・・)に送り返す。

 すぐさま、陶磁器の乾いた破裂音が響く。


「即席氷結ダーティ・グレネードはご賞味頂けたかな」


「遊びじゃないんだぞ!」


「寂しい事を言うなよ。もう少し俺と遊ぼうぜ。サッカー? それとも野球?」


 床に転がっていた椅子を二つ、リズミカルに蹴り上げて両手にそれぞれ一つずつ持った。

 頼りない感触が癖になる。


「来な。ハグしてやろう」


「その言葉、後悔させてやる!」


 剣撃を受け止める、椅子の脚。

 刃が食い込んでも構わんさ。

 むしろ剣を引きずり出すには、そのほうが好都合ってもんだ。

 そら、つんのめっておいで!


 ……そう上手くは行かないようだ。

 なるほど、本調子なら腕は立つらしいな。

 椅子の脚に剣が食い込まないよう、角度を上手く調節してやがる。

 奴の背後に発生させた、数本の煙の槍。


 奴の剣を鏡の代わりに。

 ロナもどきが目配せと指差しで合図して、元カレ君は頷く事なく身じろぎする。

 元カレ君は横に飛んで、煙の槍の射線から外れようとする。


 無駄だぜ、坊や!

 目標再設定だ!


「――ぐぁ!」


 着弾。



 俺は振り向いて、もう片方の椅子を振りかぶった。

 ロナもどきは、そのツラに横から衝撃を受けて思い切り渋面を作った。

 何せ、椅子がバラバラになるくらいの勢いだ。


 女のツラに傷をつけるのは、別に何とも思わん。

 どうせ綺麗さっぱり治しちまうんだろう。



『先生、お仲間がお見えですわ』


『じゃあ手筈通りに頼むぜ』


『ええ!』


 ……ここで、地響きが起きる。

 木屑が天井からパラリとこぼれ落ち、元カレ君は目を剥いた。


「何だ!?」


「上にある建物を爆破したのさ。ゴミに紛れてさり気なく爆弾を組み立てるなんざ造作もないが、気づかなかったのかい」


「ち、く、しょう……!」


「出入り口だけは残してある。反省会(・・・)はお前さん達の得意分野だろう?

 王城の連中にしょっぴかれるまでの間、誰が誰に付けられていたかについて、延々と責任のなすりつけ合いをすりゃあいい」


 元カレ君の頭にコートを投げて懐に飛び込み、それから奴の右肩にバスタード・マグナムを押し付ける。

 ズドン、ズドン!


「あきらッ!!」


 動揺しているかい。

 どうせ演技なんだろう。

 可哀想に!

 それじゃあ、仕上げだ!


 ……ズドン!


「あうぅッ!」


 可哀想な犠牲者諸君を縄でまとめて縛り、空き瓶もろとも床に転がした。

 それが終わったら横転したテーブルを元通りにして、キッチンに立つ。




 冷蔵庫にあった鳥の骨付きモモ肉を、オリーブオイルらしき油で焼く。

 塩コショウと、瓶詰めのレモン汁で味付けだ。

 火力は充分ゆえ、ざっと十五分。


 ……うまい!


 少し疲れたからテーブルにでも座るとしようじゃないか。

 残りをかじる。

 芋虫共は、恨めしげに俺を見ている。


「俺はジュークボックスでも流れのミュージシャンでもないから、歌のリクエストはお断りするぜ」


「誰が歌えと言った! 私達をどうするつもり!?」


 仔猫ちゃんは威嚇する。

 それを、チパッケヤが小突いた。


「まあまあまあ、ユズリハ。あんまり刺激するな」


 申し訳程度には小声だが、ばっちり聞こえるぜ。


「ところであんた、やっぱり本物のダーティ・スーなんだな……俺を覚えているか」


「ちょっとは成長したかと期待したらあの体たらくだ。笑わせやがるぜ。で? 自暴帝の二つ名はまだ残しているのかい」


 名前なんて呼んでやるものかよ。

 これだけ言えば充分だろう。


「呼びづらいし解りにくいから、チパッケヤとだけ名乗っているよ」


 事実、こいつには理解できたらしい。

 どことなく親しげな、何かを懐かしむような視線は、なるほど俺が熊ならこいつはマタギだな。

 ジビエ料理になるのは、こいつのほうだがね。


「ところで、化け物を呼び出す石版は見掛けなかったかい。王城の宝物庫にゃあ見掛けなかったが」


「さあね。王城に無ければ、どこかに持って行ったんだろう」


 それだけで情報は充分だ。

 さて。


 熱烈な視線を送ってくるのはチパッケヤ君だけじゃない。

 仔猫ちゃん、ロナもどき、元カレ君もだ。


 鳥モモ肉を食い終えた骨は指で弾いて飛ばし、仔猫ちゃんの鼻っ柱に当ててやる。

 俺がテーブルから降りたのを、元カレ君は歯医者に連れてこられたガキのような、恐怖で引き攣ったツラで見ていた。


「いい事を教えてやろう。お前さん達をこの世界(ゲーム)に留めているのはな――」


 元カレ君のそばにしゃがみ込み、耳を摘んでゆっくりと囁く。

 可能な限り邪悪に。


「……俺の依頼主サマだよ」


 面白いもの(・・・・・)――つまり証拠なら王城のあちこちで見掛けたし、あんなに無造作に散らかしておけば向こうも俺が気づいたとは思わんだろう。

 わざと泳がせてやがるなら、大した役者だが。

 いつバラ撒いてやろうかね。

 まあ、後で考えよう。


 すぐに元カレ君の脇腹を蹴飛ばして、仰向けに寝かす。

 その胸を右足で踏み付けて、俺は大仰に両腕を広げた。


「ふはは! 笑えない冗談だろう! せいぜい檻の中で故郷に想いを馳せるこった! ふはははは!」


 瓦礫を取っ払う音に混じって、兵士共の「派手にブッ壊しやがって、こっちの身にもなれ」という呪詛が聞こえてきた。

 つまりは、こいつらはもうすぐ仲良く檻の中って寸法さ。

 初夏の旅団がこれだけじゃないって事くらいは、俺でも理解できる。

 他のアジトが何処なのかを吐き出させるのが簡単じゃないって事もね。


 さあ、どうやってそれを片手間に終わらせる?

 依頼主サマの、腕の見せ所だぜ。


 それとも、その必要すらないか。




 ごはん食べながら圧倒的なパワーで蹂躙するのって格好いいと思ったので、ついカッとなってやりました。

 反省も後悔もしていません。

 モンスターをハンティングするゲームでも、モンスター視点でプレイしてみたい。

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