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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION11: ソドムとゴモラを呼んでこい
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Extend9 好転

 今回はエウリア視点です。


 帰り路は、ウィルマが敵を切り捌いてくれる。

 心身ともに疲れきったわたしでは、戦いに参加するなど自殺行為に等しい。


「カズ、どっかで休憩できるところ探さね? どう見てもシスターさんヤバいよ」


「そう、だな」


 いいえ、それには及ばない。

 わたしとこの子達以外の二人――ウィルマとスキンヘッド男だけで、この局面は乗り切れる。

 だからわたしは、彼らの提案を固辞した。


「ありがとう……でも、お構いなく」


 進む足が重くても、胸が苦しくても。

 それはわたしだけの弱さだ。

 わたし一人の弱さだ。


 クレフという少年は間違いなく、罰を受けて然るべき存在だ。

 ダーティ・スーのした事は些かやりすぎだったけれど、胸がスッとしたのも残念ながら事実だ。

 自分自身の醜悪な精神に、吐き気がする。

 人を殺しすぎて、部位欠損などに何ら関心を示さないなどと。

【↑だからお前は、キリの良い所で決着をつけて、早々に退場すべきなのだ。つまり、死ぬべきだ】



「……ん、なんだ、これ」


 タケと呼ばれていた茶髪の少年が、ポケットから紙を取り出す。


「これって……」


「お、いいの持ってるじゃん」


 ウィルマが覗き込み、それを広げてみせた。

 依頼書、らしい。

 それを片手に、ウィルマはわたしに振り向いた。


「お嬢は、ビヨンドって知ってるかな」


「ううん、知らない」


 何かの代名詞としては、聞いたことが無い。

 飛び越えるという意味なら知っているけれど……。


「はい、はい! 俺、知ってる! マジで!」


 タケ君が手を挙げ、得意げに主張してみせる。

 それを見たカズ君が、苦笑気味にタケ君の肩を叩く。


「タケ、抑えような」


「ですよねー……はい、黙りまーす」


 尻すぼみになる、カズ君の言葉。

 けれど、ウィルマは彼を気に入ったようだった。

 肩を組んで、覗き込む。

 カズ君は顔を赤らめるそぶりすら見せない。


「いいね。前のめり精神、おれは評価するよ。じゃあタケ、答えてみよう」


「そもそも世界ってさ、ブドウみたいに一杯連なってて、ビヨンドは依頼書に呼ばれてやってくる賞金稼ぎ的な奴っしょ?」


 剣客商売を営むウィルマならまだしも、カズ君は子供なのに。

 そんな事、よく知っているものだと感心する。

 ダーティ・スーに教わったのだろうか。

 それとも、男の子はそういう“設定”をよく目にしているのかな。


「正解。そこの坊主頭は、理解した?」


「え! へぇ、まあ……何分、ロナって女の子が、ノリエって子に色々と話をしていたもんで。

 オレはこの通り阿呆なんで、その半分も理解できやせんでして」


「まあ、期待はしちゃいなかったよ」


「人のようで人じゃあない。それくらいは、見りゃ解りまさあ」


 そこまでは、わたしでも解る。

 わたしより長く冒険者をやっていて、その程度しか推測できないのなら、彼も所詮は二流でしかないのだ。


 ……いけない、いけない。

 入れ込んだ人とそうでない人を比べて、片方を蔑む言い訳に使うのは良くない癖だ。

【↑いつもやっていた事。何をためらう必要が?】



「助けて! ……助けて!」


 フォルメーテの声だ。

 方角からして正反対だった筈だけど、迷い込んでこちら側に来てしまったのだろうか。


「見捨ててもいいんだぜ、お嬢。どうせ袂を分かつ間柄だったろう」


 魅力的な提案だ。

 けれど、暴力的で短絡的な結論だ。

【↑この偽善者。お前が死ねば良かったのに】


 わたしは、どうすれば良かったのだろう。

 また流される?

 さっき見捨てたばかりなのに、そうやって声ひとつで手のひらを返す?

 自分にあれこれ言い訳をしながら?

【↑助けてから考えるなんて馬鹿な真似をして死にかけた事もあった。自殺の方法としては悪くないのでは?】


 一人で考え込む必要なんて無い。

 もう少しだけ、付き合ってもらおう。

【↑利用するだけ利用して、使い捨てるのか。ひどい女】


 黙れ。

 ……黙れ。


「ごめんなさい、ウィルマ。もう少しだけ、付き合ってもらえる?」


 たとえ欺瞞と嘲笑されようとも、わたしは報復なんて望まない。

 善意を示して勝ち続けて、わたしの信じる全てが間違いでない事を証明したい。


「いいよ。お嬢が望む限り」


 ありがとう。

 ウィルマは優しいね。


 ……どうして、わたしはそれが言えなかったのだろう。

 ごめんね、ウィルマ。

【↑ウィルマが許しても、みんなは許すだろうか】


 後悔は、顔に受ける風に押し流された。

 足はもう勝手に動いて、声のする方角へと駆け出していた。


 振り向いて、他の人達を見る。

 わたしの自分勝手に付き合わせた人達を。


 カズ君やタケ君は何かを恐れながらも、期待するような眼差しをしていた。

 スキンヘッドの男は、閉じこもりたがるような、縋るような眼差し。

 今は、黙って着いてきて。

 お願い。



 あと少し。

 走る、急ぐ。


 ……見えた。

 クレフを抱えたフォルメーテと、仲間達が足を止めていた。


「おうい。大丈夫かよ、仔猫ちゃん達」


 先陣を切るウィルマの無銘刀に両断されたのは、蛸のような怪物だった。


「答える余裕も無いんだと。ま、山に蛸が沸いて出りゃねえ」


 どうして山奥に……なんて疑問は、ダーティ・スーの顔を思い浮かべれば氷解する。

 彼なら、或いはその仲間達ならやりそうだ。

 あらゆる常識、既成概念と呼ばれるものと、彼らは相容れないだろう。



 だからこそ、何かを虐げる者達の正義を検証しようとして、途中でやめて嘲笑した。

 そしてわたし達に、この子達(タケ君とカズ君)を託した。


「カズ、俺達は参加したほうがいいのかな?」


「あっちはウィルマさんだけで充分だ。周りを警戒しよう」


 ……この子達は、わたしと同じなのだ。

 レッテルを貼られて、それだけを理由に虐げられてきた。

 だから、同じだ。


 ――だからこの子達を、守ろう。

 いつか、偏見の戦場がこの世界から消え去る日まで。


「持続型祝福術式施工……魔力充填――」


 わたしも一緒に戦おう。

 全ての巡り合わせを、わたし達が生きる為に使おう。


「――ウィンダム・実行」


 青白い壁が、広い範囲を包み込む。

 完全には防げないけれど、足止めくらいにはなる。

 わたしが味方と認識している限り、この青白い壁の中にいれば消耗した体力を回復できる。




 今この瞬間に報われなくても、別に構わない。

 あなた達の打ちひしがれた心から、復讐という選択肢を消し去りたい。



 蛸はどれもこま切れにされて、もう残っていない。

 クレフの両足と局部と顔は治せなかったけれど、消耗していた体力は回復できた。

 ……つまり、とりあえず役目は果たした。


「虐げられる日々を知って、それを良しとしないのなら、わたし達を追い掛けてきてください」


 そのようにだけ伝えて、わたし達は彼女達と別れた。

 まずは別の道を歩むべきだろうから。

 強い人について行くだけでは、見えてこないだろうから。



 こうして、わたしは一つの節目を乗り越えた。

 可能性の欠片を両手いっぱいに抱えながら。


 わたしの破滅を望む“声”よ。

 いかにお前が嘲笑おうと、わたしは膝を折らない。


 灯火を巡らせる為に。

 虐げられた真実の愛を守る為に。




 サンホラ好きですかって訊かれたら、もちろんと答える以外ありえない。

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