Extend9 好転
今回はエウリア視点です。
帰り路は、ウィルマが敵を切り捌いてくれる。
心身ともに疲れきったわたしでは、戦いに参加するなど自殺行為に等しい。
「カズ、どっかで休憩できるところ探さね? どう見てもシスターさんヤバいよ」
「そう、だな」
いいえ、それには及ばない。
わたしとこの子達以外の二人――ウィルマとスキンヘッド男だけで、この局面は乗り切れる。
だからわたしは、彼らの提案を固辞した。
「ありがとう……でも、お構いなく」
進む足が重くても、胸が苦しくても。
それはわたしだけの弱さだ。
わたし一人の弱さだ。
クレフという少年は間違いなく、罰を受けて然るべき存在だ。
ダーティ・スーのした事は些かやりすぎだったけれど、胸がスッとしたのも残念ながら事実だ。
自分自身の醜悪な精神に、吐き気がする。
人を殺しすぎて、部位欠損などに何ら関心を示さないなどと。
【↑だからお前は、キリの良い所で決着をつけて、早々に退場すべきなのだ。つまり、死ぬべきだ】
「……ん、なんだ、これ」
タケと呼ばれていた茶髪の少年が、ポケットから紙を取り出す。
「これって……」
「お、いいの持ってるじゃん」
ウィルマが覗き込み、それを広げてみせた。
依頼書、らしい。
それを片手に、ウィルマはわたしに振り向いた。
「お嬢は、ビヨンドって知ってるかな」
「ううん、知らない」
何かの代名詞としては、聞いたことが無い。
飛び越えるという意味なら知っているけれど……。
「はい、はい! 俺、知ってる! マジで!」
タケ君が手を挙げ、得意げに主張してみせる。
それを見たカズ君が、苦笑気味にタケ君の肩を叩く。
「タケ、抑えような」
「ですよねー……はい、黙りまーす」
尻すぼみになる、カズ君の言葉。
けれど、ウィルマは彼を気に入ったようだった。
肩を組んで、覗き込む。
カズ君は顔を赤らめるそぶりすら見せない。
「いいね。前のめり精神、おれは評価するよ。じゃあタケ、答えてみよう」
「そもそも世界ってさ、ブドウみたいに一杯連なってて、ビヨンドは依頼書に呼ばれてやってくる賞金稼ぎ的な奴っしょ?」
剣客商売を営むウィルマならまだしも、カズ君は子供なのに。
そんな事、よく知っているものだと感心する。
ダーティ・スーに教わったのだろうか。
それとも、男の子はそういう“設定”をよく目にしているのかな。
「正解。そこの坊主頭は、理解した?」
「え! へぇ、まあ……何分、ロナって女の子が、ノリエって子に色々と話をしていたもんで。
オレはこの通り阿呆なんで、その半分も理解できやせんでして」
「まあ、期待はしちゃいなかったよ」
「人のようで人じゃあない。それくらいは、見りゃ解りまさあ」
そこまでは、わたしでも解る。
わたしより長く冒険者をやっていて、その程度しか推測できないのなら、彼も所詮は二流でしかないのだ。
……いけない、いけない。
入れ込んだ人とそうでない人を比べて、片方を蔑む言い訳に使うのは良くない癖だ。
【↑いつもやっていた事。何をためらう必要が?】
「助けて! ……助けて!」
フォルメーテの声だ。
方角からして正反対だった筈だけど、迷い込んでこちら側に来てしまったのだろうか。
「見捨ててもいいんだぜ、お嬢。どうせ袂を分かつ間柄だったろう」
魅力的な提案だ。
けれど、暴力的で短絡的な結論だ。
【↑この偽善者。お前が死ねば良かったのに】
わたしは、どうすれば良かったのだろう。
また流される?
さっき見捨てたばかりなのに、そうやって声ひとつで手のひらを返す?
自分にあれこれ言い訳をしながら?
【↑助けてから考えるなんて馬鹿な真似をして死にかけた事もあった。自殺の方法としては悪くないのでは?】
一人で考え込む必要なんて無い。
もう少しだけ、付き合ってもらおう。
【↑利用するだけ利用して、使い捨てるのか。ひどい女】
黙れ。
……黙れ。
「ごめんなさい、ウィルマ。もう少しだけ、付き合ってもらえる?」
たとえ欺瞞と嘲笑されようとも、わたしは報復なんて望まない。
善意を示して勝ち続けて、わたしの信じる全てが間違いでない事を証明したい。
「いいよ。お嬢が望む限り」
ありがとう。
ウィルマは優しいね。
……どうして、わたしはそれが言えなかったのだろう。
ごめんね、ウィルマ。
【↑ウィルマが許しても、みんなは許すだろうか】
後悔は、顔に受ける風に押し流された。
足はもう勝手に動いて、声のする方角へと駆け出していた。
振り向いて、他の人達を見る。
わたしの自分勝手に付き合わせた人達を。
カズ君やタケ君は何かを恐れながらも、期待するような眼差しをしていた。
スキンヘッドの男は、閉じこもりたがるような、縋るような眼差し。
今は、黙って着いてきて。
お願い。
あと少し。
走る、急ぐ。
……見えた。
クレフを抱えたフォルメーテと、仲間達が足を止めていた。
「おうい。大丈夫かよ、仔猫ちゃん達」
先陣を切るウィルマの無銘刀に両断されたのは、蛸のような怪物だった。
「答える余裕も無いんだと。ま、山に蛸が沸いて出りゃねえ」
どうして山奥に……なんて疑問は、ダーティ・スーの顔を思い浮かべれば氷解する。
彼なら、或いはその仲間達ならやりそうだ。
あらゆる常識、既成概念と呼ばれるものと、彼らは相容れないだろう。
だからこそ、何かを虐げる者達の正義を検証しようとして、途中でやめて嘲笑した。
そしてわたし達に、この子達を託した。
「カズ、俺達は参加したほうがいいのかな?」
「あっちはウィルマさんだけで充分だ。周りを警戒しよう」
……この子達は、わたしと同じなのだ。
レッテルを貼られて、それだけを理由に虐げられてきた。
だから、同じだ。
――だからこの子達を、守ろう。
いつか、偏見の戦場がこの世界から消え去る日まで。
「持続型祝福術式施工……魔力充填――」
わたしも一緒に戦おう。
全ての巡り合わせを、わたし達が生きる為に使おう。
「――ウィンダム・実行」
青白い壁が、広い範囲を包み込む。
完全には防げないけれど、足止めくらいにはなる。
わたしが味方と認識している限り、この青白い壁の中にいれば消耗した体力を回復できる。
今この瞬間に報われなくても、別に構わない。
あなた達の打ちひしがれた心から、復讐という選択肢を消し去りたい。
蛸はどれもこま切れにされて、もう残っていない。
クレフの両足と局部と顔は治せなかったけれど、消耗していた体力は回復できた。
……つまり、とりあえず役目は果たした。
「虐げられる日々を知って、それを良しとしないのなら、わたし達を追い掛けてきてください」
そのようにだけ伝えて、わたし達は彼女達と別れた。
まずは別の道を歩むべきだろうから。
強い人について行くだけでは、見えてこないだろうから。
こうして、わたしは一つの節目を乗り越えた。
可能性の欠片を両手いっぱいに抱えながら。
わたしの破滅を望む“声”よ。
いかにお前が嘲笑おうと、わたしは膝を折らない。
灯火を巡らせる為に。
虐げられた真実の愛を守る為に。
サンホラ好きですかって訊かれたら、もちろんと答える以外ありえない。




