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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION11: ソドムとゴモラを呼んでこい
125/270

Extend8 暗転

 もういっちょエウリア視点・後編です。

 前編ほどショッキングな描写は無いと思います。


 ……女の冒険者は、数ランク上の男の冒険者に付き従う事が当たり前の世界。

 教会と根底はさして変わらないけれど、実態は更に酷い。


 男に尽くせ、男を立てろ。

 強い男に皆で群がれ。

【↑女は一人では生きられないから。反抗的な女など潰されるだけだから】


 いざ冒険指南書を分解してみれば、そのような内容ばかりだ。

 ハーレムパーティを形成するにあたって、偶然を装ったスキンシップなど基本中の基本だ。

 下着を見せる、或いは露出の多い服装をする者も決して少なくない。

 そうやって男達の気を惹くのが、女の冒険者達の正しい在り方(・・・・・・)と誰もが口を揃えて言う。

【↑それの何が悪い。自分達の意志で(・・・・・・)そうしているというのに】


 この世界に於いて、女は男無しには成立しない“弱き者達”であり、理論より感情が勝っている“白痴の者達”なのだ。

【↑紛れもない正論。浮かべてご覧、お前の反論を】


 一人で立ち上がり、男に凭れずとも成立する人だっている。

 女同士で手を取り合い、共に歩む人もいる。

 ……世界が、彼女達を侮辱するのだ。

【↑被害者ぶるのも大概にすべき。弱すぎ。繊細すぎ。気にしすぎ。だから生きて行けない。

 前世も合わせれば還暦を迎える程は生きたのに、まだそこで立ち止まっているのか。やはり、お前は死ぬべきだった】


 うるさい。

 黙れ。

【↑ならばお前が死ね】




 修道院で学んだ治癒魔法を重宝がられる為か、わたしは何処へ行ってもすんなりと受け入れられた。

 長く関わりすぎないよう考えながら、次から次へとパーティを渡り歩いた。

 短い付き合いの中で、幾度となく悲劇を目の当たりにした。



 陰湿な虐めは、協会と同じく発生する。

 パーティのリーダーを独占、ないしはハーレムのヒエラルキー上位に留まる為なのか。

 周りに合わせて、つまりは同調圧力なのか。

 理由は様々で、そして、そのどれもが一様に、人の業を感じさせるには充分だった。

 時には、それで命を落とす事もある。


 ……その全てを止める事など、わたしのように小さな体躯の女に出来る筈も無かった。

 矛先がわたしに向かぬよう、必死に受け流した。


『ほら、あの人なんてどうでしょう。わたしが思うに、オススメ男子ナンバーワンではないかと』


『わ、ごめんなさい! この前ご一緒したパーティのカップルの行く末が気になって!』


 ――などと、考え事と色恋沙汰の観察が好きなだけの、ぼんやりしたポンコツ女の子という仮面をかぶって。

【↑そうしてお前は、また見捨てた】



 今はまだその時ではない。

 まだ力が足りない。

 自身にそう言い聞かせながら、黙々と敵を倒し続けた。

 二人目の子を殺した、その両の手で。




 活動していく中でわたしと親しくなった女性冒険者の何割かは、普段はソロ活動をしている人達だった。

 そして、そのうちの三割は食事や飲み物に薬を盛られて、眠らされている間に犯されて行った。


 そうして誰かが孕んで、産んで、捨てていった子供が冒険者になる事もある。

 そんな冒険者の中には、わたしの子が育てばこれくらいだろうか……という年頃の子もいた。


 その事実を知るたび“彼ら”の嘲笑する声が聞こえてくるような気がした。

【↑被害妄想も甚だしい】


 だからわたしは独り、耳を塞いで咽び泣いた。


『無事に生まれてきて、五体満足なら、それでいいでしょ』


 何度も。


『軽はずみに交尾をするなんて、猿かよ』


 何度も、何度も。


『わたしだって、産みたかった……育てたかったのに……』


 涙が枯れゆく最後の瞬間まで。


『その子をわたしに寄越せ……寄越せよ!! わたしに!! わたしが育てるから!!』


 本当は、彼ら、彼女らに、面と向かってそう言ってやりたかった。

 けれど苦悩も嘆きも、わたしはただ、ただ呑み込んだ。


 人知れず涙するうち、やがて悲しみの感情は摩耗していき、憾みだけが募っていった。

【↑辛いのはお前だけではないのに、勝手に悲劇ぶるつもりか】




 わたしは果たして、まだ正気を保てているのだろうか。

 湖に飛び込んで死んでしまおうかと考える度に、見覚えのない女が私の隣で囁いてきた。


 ――『あなたが叛逆を望むなら、私はいつでも力を貸すわよ』


 その誘惑を幾度となく跳ね除け、逡巡を繰り返した。

 その声に従えば、きっとわたしは、わたしではなくなってしまうだろうから。




 ただ、悪いことばかりでもない。

 おおよそ孤独ばかりが幅を利かせた人生だけど、わたしにも友達ができたから。

【↑悪いと感じた全ては、お前の我儘によるものだ】



 ウィルマは、顔の正面に大きな十字傷のある金髪の女性だ。

 得物である無銘の太刀は、密売人から仕入れたものらしい。


『強者を屠る事で相対的に、おれが最強になる』


 酒を片手に、そう豪語する彼女の眼差しは何処か寂しげで、何かから疎外された者特有の暗さを纏っていた。

 だから互いの過去は話さずとも、通じ合うものがあった。


 相棒でもなければ恋人でもない。

 ウィルマは、いうなれば“現状で最も信頼できる同僚”だ。


 彼女の獲物はいつでも、奢れる強者のみ。

 挑戦状を叩き付けて、斬り伏せた。

 それが人であれ、人以外の何かであれ、例外なく屠った。

 わたしには、その生き様や戦いぶりが眩しくて、とても眩しくて、だからこそ近付きすぎては危険だと感じた。

 ウィルマは考えながらでも殺しができるけど、わたしにはできないから。




 いつからか、わたしは焦がれるように、人の善性を探し求めるようになっていった。

 わたしの信じる“人の善性”――すなわち愛とは、如何なる苦境にも、周囲の嘲笑にも耐えて貫くものだ。

 好きだけでなく、互いが納得できるものであって欲しい。


 一度だけ一緒に仕事をしたルチアという巡礼者が、それを“真実の愛”と呼んでいた。


『真実の愛なんて、軽々しく名付けていいものかよ』


 ウィルマは不平を述べはしたけど、わたしが頷いたのを茶化さずに見守ってくれた。


『ま、お嬢がそれを見つけたいなら、おれは付き合うよ』



 平等など空想の産物に過ぎないのだとしても、せめて真実の愛だけは手の届くものであって欲しい。


 無償の愛なんて、そんなものは必然の母性を盲信して甘える者達の詭弁に過ぎない。

【↑それこそ弱者がそのままでいる為の方便でしかない】



 それを伝えたくて、わたしは、岩を見つけてはそこに詩を刻みつけた。

 或いは、あの“声”を掻き消したかったのかもしれない。

【↑無駄】



“夕闇迫る冬の山にて”

“灯りも持たずに出ようなど”

“誰があの子に言えようか”

“灯火よ、巡れ”

“渦巻く大火を成す前に”

“道を照らせ”

“夜闇が道を閉ざす前に”



 灯火は富であり、コネでもあり、幸運かもしれない。

 子を産み育てるには、わたしの生きてきた世界はあまりに過酷すぎる。

 多くの人々が真実の愛に気付いて、もっと優しくなれるように。

 己の生まれを後悔しなくて済むように。

 この世界で、生きて良かったと思えるように。

【↑余計なお世話】






 ――けれど、それも今日という日までにした。

 故郷に、グランロイス共和国に帰ってきた。


 幾度となく繰り返される、答えのない自問自答に疲れ果てたわたしは、これで終わりにするよう決めた。

 ウィルマにそう告げると、彼女はうつむき、頷いた。


『おれの安っぽい命では、お嬢の心までは守りきれないか……それでもいい。好きにやっておいで』


 転生者クレフ、転移者クロエ、それから他の子供達を目の当たりにしたとき、これが最後のチャンスだと思った。

 今まで体験してきたあらゆる不条理の縮図が、そこにはあった。


 強大な力を持つ転生者による、圧倒的な蹂躙。

 様々なギフトを与えられた転移者による、力の格差。


『死んだなら三日以内に蘇らせればセーフだし』


 そして目的地で知った事。

 社会的に虐げられた立場の人達に対する、驕りと侮蔑。

 無自覚な欺瞞と嘲笑に彩られた、薄ら寒い平和。


 これ以上探しても真実の愛が見つからないのであれば、ただ黙して死すのみだ。

 もちろん、彼らを道連れにした上で。




 その筈だった。

 なのに、どうして……、


 嗚呼、どうして今になって、わたしは見つけてしまったのだろう!!


 この子達を、どうにか助け出すことは、出来ないものか。

 ダーティ・スーの冷え切った眼差しが、わたしの口を固く閉ざさせる……。




 とあるキャラクターの名前でピンと来たファンの皆様、ありがとうございます。

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