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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION11: ソドムとゴモラを呼んでこい
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Extend6 お前なんて末代まで笑い種にされればいい


 まったく……スーは本当に、遊びすぎだ。

 字見をサシで戦わせるなんて。

 言い出したのは字見のほうだけどさ。


 サイアンが一人で戦場を引っ掻き回しているのを尻目に、あたしは紀絵さんとダブルスを組んで向こうの女共を相手にしつつ、戦況の情報を整理していた。

 もちろん、普通に喋るよりセキュリティ的に安全な念話で。


『こいつら、あのクレフを中心に、支援に徹する事で強く連携してますよ』


『つまり、クレフさんを倒せば瓦解する可能性が高いという事ですわね』


 流石は尽くす系の女子の皆様といった所か。

 共感性(帰属意識)協調性(同調圧力)が成し得る職人芸って奴ですねぇ……。

 おお美しい美しい、吐き気がするね。

 はみ出し者はいつも割を食う。



 でも、それも終わった。

 あたしのショットガンに装填された銃弾は“アーマー・ブレイカー”。

 その名の通り、相手の身に纏っているものを破壊する。

 スライムの溶解液を加工して作った、ナターリヤの特製散弾だ。




「せっかく受けてやったサシの勝負を邪魔された挙句、衣類を引剥されてクソまみれになった気分はどうです? 裸の王様」


 ……。

 あぁ、返事する余裕も無いのか。

 これはお気の毒様ですねぇ!


 まぁ起き上がって来られても困るけど。

 クソ臭さが鼻にこびり付くだろうし。

 ――じゃ、次。


「ギャラリーの皆様は?」


 相手パーティで唯一の男が、このザマなのだ。

 じゃあ周りはまともでいられるのかというと、どいつもこいつもジェンガを根元から崩したみたいな顔で固まっている。


「そんな……」

「嘘よ……」

「に、逃げないと……」


 口々に発せられるのは、現実を認めたくない人達の常套句。

 ざまぁみろ。

 目先のそれっぽさ(・・・・・)に囚われて馬鹿な男に着いて行った、その結果がこれだよ。


 ただ、二人ほど様子が他と違う奴がいる。

 うち一人は小さい修道女で、頑なに口を閉ざしたまま冷ややかな眼差しをクレフに向けていた。


 もう一人が、あの姫カットな黒髪のクロエって子だ。

 表向きの態度そのものは、他と似ているけれど……何か引っ掛かるんだよなぁ。


「立ち上がって下さい、私達の勇者様……」


 おう、マジかよクロエちゃん。

 肥溜めのほうに行っちゃう?

 お祈りしに行く?


「あなたがやらなきゃ、誰がやるの!?」


 いや、おめーらでやれよ。

 相手してやっから、掛かってくりゃいいじゃん。


「みんな、力を貸してください。彼に、力を……!」


 おえぇッ。

 臭い芝居は止して下さいよ。

 前衛組は武器を構えて牽制、後衛組が祈りを捧げて……なるほどねぇ。



「……紀絵さん。あれ、邪魔しちゃっていいですよね?」


 念話すらめんどくさい。

 直接、口で訊く。

 紀絵さんも、今がチャンスと考えているみたいだ。


「ええ、やってしまいましょう。討ち入りですわ――ああっ! でも、ちょっとお待ちになって!」


 あたしは駆け出す勢いをそのままに、足を止めた。

 だから、土埃がくるぶしを撫でる感触に眉をひそめる事になった。


「何、何!?」


 おいやめろよそういう急ブレーキ掛けるの!

 万一つんのめってコケたら、この汚い地面に膝とか手のひらを付ける事になるじゃん!


 恨みたっぷりなあたしの視線から意図を理解したのか、紀絵さんはある一点を指さした。

 それを辿れば、シスターさんとクロエが何やら話をしていた。


「クロエさん……もう、やめにしませんか」


 シスターさんが、クロエの肩を軽く撫でる。

 クロエのほうが背が高いから、シスターさんが見上げるような感じになっている。


「諦めるの……? あらゆる手を打って、あと少しなのに」


「もう、答えは見えているではありませんか。わたしには、悪魔と呼ばれた彼が一真さんを誘惑できるとは思えません」


「何も、知らないくせに! ガキのくせに!」


「……」


 あー、これはこれは……。

 あたしら差し置いて仲間割れとは、随分と呑気な連中だ。


 ふと、あたしは後ろを振り向く。

 どうせスーの奴は、この内輪もめをみてほくそ笑んでいるのだろう。


 そして実際、期待を裏切らない冷笑を奴は浮かべている。

 なんて意地汚く、陰険で……そして、なんて愛らしい笑みなのだろう。


「こう見えて、わたしは三十路ですよ……発育不良ですけど」


「ガキじゃなくてババァかよ! 若作りしすぎじゃない!? マジありえないんですけど!」


「そろそろ口を閉ざしては? あまり軽口が過ぎると、ますますあなたを信じていた人達が離れてゆきますよ」


「――ッ!」


 クロエは目を見開いて、辺りを見回す。

 周りはみんな諦めているか、疑いの眼差しを向けているかのどっちかだ。

 いよいよ互いの温度差は致命的な疵となって、クロエは弾き出されそうになっていた。


 可哀想なクロエ。

 あたしもそういうシチュエーションには覚えがあるよ。

 けど、同情はしない。

 あんたのそれは、誰かを陥れた結果だから自業自得だ。


「本当なら戦う前に解りたかった。でも、きっとあなたなら“見てもいないのに解るものか”と言ったのでしょう。

 この咎の対価は私達全員で支払うべきです。彼らの為にも。後の世の為にも」


「ウィルマは、どうしたの……」


 冒険者の一人が訊けば、修道女は首を振る。


「ウィルマには合図をして、先に帰ってもらいました。切り札など、もうありません」


 それは、半ば無理心中を宣言しているようにも聞こえた。

 どよめきが、辺りに広がる。

 修道女の言葉でクロエは黙り、俯いた。


 今度は……諦めが悪いというより、はらわたが煮えくり返る思いのようで、顔を真っ赤にして拳を握りしめている。


 お?

 やる気ですか?


「……めない」


 ひょっとして今“諦めない”って言いました?

 そんな訳ないか。


「認めない……!」


 なるほど“認めない”か。


「ハッ、お嬢ちゃん、何を認めないって」


 スーさんが煽る。

 あたしも、正直このクソ女は胡散臭いと思った。

 周りとの温度差がおかしかった。

 いくら口利きして字見が悪魔であるなんて噂を広めた所で、実際に本人を見てしまえばその乖離に気付く人は……気付いてしまうものだ。

 たとえ気付いたのが集団のうち、ほんの一部――この場合はあの修道女――だとしても。


「んッッッとあ゛り゛得ないんですけどッ!!

 せっかくここまで来たのに、わけわかんない奴が横槍入れてきたせいで、全部パーにしやがってよォ!!?」


 うわ、恐いねえ。

 あのダミ声はどこから出してるのだろう。


「……可愛くないから隠しておいたのに、もう許さねェ!

 この役立たずのババア共ォ! 消し炭にされたくなきゃァとっとと失せろォ!」


 両目はオレンジ色に光っていて、口からは炎を出している。

 どう考えても、この子こそ悪魔だろ……。


 ――ああ!

 真に悪魔的なものは善になりすますって、そういう意味?

 ンなワケないか。

 クロエの場合はあまりにド直球すぎるし。


 そんなクロエさんの綺麗にケアしているのだろう、歯並びの整ったお口に、光が集まってゆく。

 大怪獣よろしく極太のビームでも出すつもりか。

 そいつをあたしに向けるんじゃない。


「ダーティ・スーの女ァアアア! お前も焼いてやる!」


 あー……やめといたら?

 だって――、


「それはさせない!」


「ひゃん!?」


 後ろから容赦なく近付いてスカートを捲り上げた大馬鹿が一匹。

 チアガールの姿をしたウサギ耳で山羊の角を持った魔物……。

 ――他でもない、パンツ姫だ。

 クロエは驚いて上空にビームを放ち、パンツ姫のほうへと向き直る。

 パンツ姫は親指を立てて、


「青と白のストライプ柄も、古風だけどいいよね!」


 などとウィンクを交えている。

 アホの子に絡まれたクロエちゃんは哀れだね……。


「ステータスとスキル一覧を見たぞ……オメーが誘惑したのか、オイ!

 人のオトコを勝手にたらしこみやがってよォ! アァ!?」


 チアリーダーの衣装の胸ぐらを掴んで迫るクロエちゃまの迫力たるや、あたしがパンツ姫だったら失禁しちゃうかもしれない。

 字見なんかより、こいつのほうがよっぽどチンピラじみている。

 そしてパンツ姫も修羅場慣れしているのか、相手に額をぶつけられているにもかかわらず、肩を軽くすぼめただけだ。


「失礼だなあ。ボクだって相手は選ぶよ」


 ホントに?

 選ばなかった結果、スーさんに喧嘩売って大恥かいた話をここでしてみる?


「とにかく、愛し合う二人を引き剥がすなんて、どうかしてると思うよ」


 チアガールの格好でその台詞を言っちゃうの?

 しかも、パンツ姫。

 あんたが?


 相変わらずの能天気ぶりに、あたしは腹を抱えて笑いたくなった。

 けれど、我慢しないと。


「それが偽りの愛だったとしても!?」


「キミは些か、早合点が過ぎるんだよ。ボクが思うに、彼らは本気で愛し合ってる。

 それも、共依存みたいな病的な関係じゃなくて、心の底から親愛しの情を抱いているんだ。

 ボクはもちろん手出ししないし、キミにとっても付け入る隙は無い筈だよ?

 叶わない横恋慕を続けて、周りに迷惑をかけるのは……ボクはオススメしないよ。

 かつてボク自身が、それをしてしまったから……」


 ……少しは成長したんじゃない?

 ま、言わないけどさ。

 言うと調子に乗るだろうし。

 せっかく一発ヤッて賢者モードになったわけだから、そのままにしておこう。


「彼女の言うとおりです。想い合う二人を引き剥がすなど、それは真実の愛とは呼べません」


 ほらシスターさんも言ってるよ。

 諦めよう、諦めよう。


「うっせェ……デタラメ抜かしてんじゃねえええぞブス共がよォ!!

 ホモは生理的に無理! 死刑! マジで死ね! 死ね! 死ねぇえええええェェェ!!」


 対するクロエちゃんてば、もう恐ろしいったらないね。

 だから女っていうのは恐ろしいんだ。

 どいつもこいつも、あたしも。


「ボク、ブスじゃないもん……」


「うゥゥゥるせえェェェェ! どいつもこいつも、ど・い・つ・も・こ・い・つ・も!」


 地面から火が吹き出る。

 初めから、力を温存していたのかな。

 ……だから恐いんだ、ぶりっ子ちゃんは。

 パンツ姫は飛び退く。


「おい、お前らァ協力しろ! こいつら纏めてコンガリ焼いてやっからよォ! 乙女の純真な恋心を弄ぶ奴はみんな焼き殺してやるよォ! アッハハハハハハァ!」


 それで従っちゃう冒険者の皆様も、どうなんだ。

 ……まぁ、シスターさんだけは離れたけど。




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