Task5 祭りを満喫しろ
お待たせいたしました。
デート回です。
あれこれやっているうちに、もう当日だ。
探知妨害のスキル購入やら探偵事務所との取引やらで予想以上の出費になったが、事前工作はバッチリさ。
あちこちのサイトの掲示板にも、種は蒔いた。
……後は、例のクソッタレ生中継の最中にどうやってカメラを奪ってやるかだ。
盤面を蹴り上げるためにも、それが必要だ。
とにかく祭りを満喫しよう。
俺達は今、紗綾とクラサスを除いた四人で会場を練り歩いている。
もちろん全員浴衣だ。
俺が黄色の無地、ロナが黒地に格子模様。
紀絵は紫地に花柄、るきなは青地に花柄。
女性陣はみんな髪を上げているから、うなじがよく見える。
華やかでいいが……俺一人、背も高いもんだから邪魔者になりゃしないかね。
ちなみに紗綾とクラサスは留守番だ。
「あーあ。ホントは先生と二人きりで楽しみたかったな~」
俺の右腕に、ほんの少し重圧が掛かった。
しなだれかかってくる紀絵の手には、缶ビールが握られていた。
とどのつまり、こいつは酔っぱらいだ。
「うーわヒドい。あたしの前でそういう事言っちゃいます?」
なんて抜かしつつ、ロナは大して不満気でもない。
むしろ、大枚はたいて買い付けた嗜好品を自慢するかのようなツラだ。
(それはある面で言えば真実かもしれんが)
「だってもう上の口も下の口も後ろの口まで楽しんだんでしょ? たまには貸してよ」
「俺はいつから回し読みされる雑誌になったんだい。付録は最初の奴が取っちまったぜ」
「ゲテモノ好きが集まった時からですかね。あたしが最初。で、次が紀絵さん」
ナターリヤとサイアンは勘定に入れないらしい。
仲間はずれとは大人げない。
「やった! 私が二番目だって! 先生、じゃあ早速、ひとけのない所でロマンスしてみませんか?」
「……悪いが、今夜は我慢してくれ」
ロナとるきなが襲われたら、それこそ面白くない。
クソッタレ魔法少女の策がどんなものにしろ、全員の状況は可能な限り俺のコントロール下に置きたい。
「ぶぅ。わかりましたよ~だ。るきな~! あの黄色い奴が冷たいよ~!」
絡み酒とは、こりゃまた不幸な話だぜ。
だが、るきなは元の世界での生活があるし、あっちの世界に彼氏を置いてきている。
紗綾も寝たきりと来たら、さぞかし心細いだろうよ。
紀絵はそんなるきなを慮ってか、しきりに色恋沙汰の話に花を咲かせてやがる。
あいつなりの気遣いって事かね。
あちこちの屋台を回って、焼きそばだのお好み焼きだのと飯を楽しんだ。
金魚すくいは……連れ帰れる保証が無い上に、人通りがあるから指輪に突っ込むわけにも行かん。
だから遠慮しておいた。
「お、先生! あれなんてどうですか?」
おもむろに紀絵が目を付けたのは、射的だった。
やれ「先生なら百発百中でしょう」だのと背中を押され、俺はやむなく挑戦する事になった。
ズドン、ズドン!
射的は右手で、身体を斜めにして構える。
もちろん煙の槍は、よほどの事が無い限り使わない。
手に入れた景品は、ふにゃふにゃのキノコみたいなストラップだ。
どうやら今この世界での日本は、この“とけたきのこ君”がブームらしい。
流行り廃れっていうのは、よく解らんね。
「プレゼントだ。受け取れよ」
まずはロナにくれてやる。
「くっそ嬉しくないプレゼントどうもありがとうございます。スナージさんに出せば幾らで引き取ってもらえますかね、これ」
「さあね」
「私は嬉しいですよ! ほら、ロナちゃんも付けて、るきなちゃんも。三人でお揃い!」
「わ、私は別に!」
「いやあ、お揃いっていう事ならしょうがないですねぇ。るきなさんは、そういうの駄目ですか。
あたしは気に入った人とならオーケーですけど」
るきなは、ロナの提唱する条件であからさまにげんなりした。
「その理論で行くと私アウトじゃん……」
「そう? 私は、るきなちゃんとお揃い、嬉しいな」
「うっ……そ、そうですね。紀絵さんとなら、いいかも」
こいつら、気が合うのかね。
まあ、それはそれで結構。
そしてロナはここぞとばかりにゲテモノキーホルダーを紀絵に押し付ける。
「じゃ、紀絵さん。これ紗綾さんに渡しといてもらえます?」
「先生、もう一つ取ってきてもらっていいですか?」
「同じのはそいつで全部だよ。ロナ、くれてやれ」
「いやぁ、名残惜しいですねぇ」
「うっそだ~? さっきまで文句垂れてたくせに~」
楽しそうで何よりだぜ。
一昨日の夜が嘘みたいだが、存外、人間ってのは辛い時こそ笑顔を装える。
ましてや、日頃から酷い目に遭わされりゃ、慣れっこなんだから余計に演技が上手くなる。
……そういう奴もいる。
―― ―― ――
だいぶん奥まで進んできた頃合いだった。
「へえ、企業ブース? こんな所で?」
この手の祭りはスポンサーが必要らしいからね。
まあそうなるだろう。
「“魔法少女レジェンド★るきな”第二作の開発決定を記念して、これよりビンゴゲームを行います! 景品リストは台紙の裏側をご参照下さい!
参加をご希望の方はこちらにお並び下さ~い!」
特設ステージのでっかいプロジェクターには、その第二作とやらのプロモーションビデオが流れている。
華麗に戦う早草るきな。
着せ替えで服装を自由に変えられるといった、新要素の紹介もある。
なんて素晴らしい出来でしょう、惚れ惚れするね!
その足元でどんな悲劇があるかは、想像するだけで背筋も凍る。
ああ、だが可哀想に!
るきなは、これで知っちまったのさ。
てめえがどういう存在なのかを!
「私が、作り物……? ゲームのキャラクター? それって、どういう……」
ツラを青ざめさせ、るきなは立ち尽くす。
クソッタレ魔法少女の奴はコレのために、るきなも紀絵も夏祭りに来るよう電話で指示しやがったのかね。
遅かれ早かれバレるもんはバレる。
が、もっと落ち着いたタイミングで明かされりゃあ、少しは心の準備もできただろうに。
「るきなちゃん……」
「だ、騙してたの? ファンだか知らないけど……」
「違う、違うの!」
「私はゲームのキャラクターで、あの世界はゲームの中だった! だから私を知ってたんだ!」
年頃のガキなら尚更だが、そりゃあてめぇの出自がそういうものだったと知れば穏やかじゃいられないだろう。
紀絵は、しゃがみこんだるきなをどう慰めていいか解らないのか、右往左往してやがる。
その時だった。
『みんな! お願いがあるの!』
プロジェクターの映像が切り替えられて、そこには祭りの会場が俯瞰して映されていた。
その後、出るわ出るわ。
加賀屋紀絵のプロフィールが、次々と羅列されていく。
『加賀屋紀絵はインターネット上から違法ダウンロードしたゲームのイラストを無断でトレース加工、それを会社に提出したの。
納期が迫っていたからといって、そんな事は絶対に許されない!』
周囲から「マジかよ最低だな」と声が上がったのを皮切りに、空気が冷え込んでいく。
ガキの頃の学級裁判を思い出すぜ。
胸糞悪いね、まったく。
「嘘、違う……私は、会社から線画データを貰って色を塗っただけ……。
イラストのトレース加工なんてやってない……会社の指示なの……違うのに……」
「その画像ファイルが残っていりゃ、証拠にできるぜ」
紀絵は力なく首を振る。
それじゃあ悪魔の証明だ。
……まあ、別の証拠は真犯人がしっかり残してくれたがね。
『死を装って世間から身を隠していたけれど、どうやら戻ってきたみたい……
この会場に、彼女はいる。祈りを捧げてくれるだけでいい。力を貸して!』
「逃げるかい……いや、無駄か」
既に映像は俯瞰視点から俺達のところへズームされている。
特設ステージに並んでいた連中も、一斉に紀絵を睨んだ。
……おいおい。
ゲーム会社のイベントだと思っているのかい。
あれだけ真に迫った冤罪をでっち上げたんだぜ。
こりゃあ立派な名誉毀損だ。
ただ、相手が人間じゃなけりゃ訴えようがない。
いやはや、参ったね!
別に頼んじゃいないがサプライズは続く。
観客連中の何人かが、突然ぶっ倒れやがった。
「救護班、担架急いで!」
整列させていたスタッフが、声を張り上げる。
そうそう、そうこなくちゃね。
冷静な奴がいてくれて助かったよ。
マイク持ったまま固まってる間抜けとは大違いだ。
そして、奴は現れた。
「加賀屋紀絵……今からみんなの前で罪を認めて、謝って」
ご存知、クソッタレ魔法少女のお出ましだ。
その服装は、白いフリフリに青のアクセントがよく映える。
金髪碧眼、頭にティアラ。
まるでおとぎ話のお姫様だ。
ゴテゴテと飾り付けた杖は、売れば幾らになるのかね。
「私は、会社の指示で、線画を塗るよう言われて――」
「――証拠はあるの? 無いよね? 罪をなすりつけて、逃げようとするつもりなの?」
ここで俺は、紀絵の前に割り込んだ。
クソッタレ魔法少女に、この俺様は渾身の笑顔で挨拶してやる。
「ピエール・コーションの真似事は止せよ。さもなきゃジャンヌ・ダルクがお前さんを火炙りにしちまうぜ」
「お前は……?」
「ダーティ・スー…… “最凶で最悪な悪役”さ」




