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最終話

‡最終話‡




――土の月。




長かった雨季が終わり、秋のエルナンは、もう少しで乾期を迎えようとしていた。



「ビゥェエ〜〜ッビァエエービビェビェィイィビィィ〜♪」




最近えつなんで流行している歌(♪インディカ水田でつかまえて:作詞作曲チャンパーズ)を口ずさみながら、トンナムは王宮の廊下を歩いている。




「よ! トンナム♪」




「ビエエエエエッッ!! ビゥェイエービッ……チャプラ!」



能天気な声でトンナムの歌を遮ったのは、トンナムの良き友であり、専属の護衛であるチャプラ・オーヤだ。




「ノリノリで歌っちゃって、どーしたよ? あ、当ててやろうか? トンマニュに呼ばれたんだろ??」



「当たり。」



嬉しそうな顔で答えたトンナムは、友人とともに謁見の間に歩み入る。




「来たか、トンナム」




重厚な扉を押し開けると、最近やっと抑揚の出てきた深い声が出迎えた。



その顔に浮かんだ不器用なほほ笑みに、トンナムもまた笑み返した。



「おはよう、父上」






……あの戦いののち、シャマイの名医術師アッスマ・マウアの懸命の治療によって、奇跡的にもラプオ5世は一命をとりとめた。




国境の戦いは、シャマイ・エルナン連合軍の大勝利に終わり、その二日後には傷ついた王の代理としてトンナムが、シャマイ・エルナン友好条約を締結させたのだった。




「いよいよ出立だな」




「ああ」




「少しの間お前の顔が見れぬと思うと、淋しくなる」




「父上……」




今日は、トンナムがシャマイ村に旅立つ日――




父の傷が完治するまでの間、二人はマナの家に滞在させてもらっていた。




初めて過ごした父子水入らずの時間は、トンナムの今までの人生で一番楽しい時間だった。




今まですれ違い続けた年月を埋めるように、二人は色々な事を話した。




特に蹴球の話になると、興奮した口調で話すトンナムを見て父は、

「今度は私もやってみようか」と笑った。




――そんな貴重な時間を与えてくれたシャマイの優しさに触れたトンナムは、恩返しのため、そして王子として見聞を広めるために、シャマイに留学することを決意したのだった。




「トンナム……せっかくの機会だ。多くを学び、成長して帰ってこい」




「ああ、わかってる」




トンナムは、父の長身を仰ぎ見た。




かつては冷たく厳しい光を宿していた双眸には今、穏やかな優しさが揺蕩っている。




「……じゃあ、行ってくる」



これ以上長引かせても、別れ辛くなるだけだ。それに何も、今生の別れではない。今の自分には……



左胸に拳をあてて跪く、エルナン特有の挨拶をすませると、トンナムは父に背を向けて歩きだす――




「帰ってきたら、ともに蹴球をしよう」




「え?」




振り向くと、少し照れたような父の顔。




「おぅ、約束だな!」




そう、今の自分には、帰りを待っていてくれる、大切な

「家族」がいる――



開け放った扉の向こうから吹いた季節風が、微かな蓮の花の薫りとともに、父子の髪を揺らした。




[終]

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