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第8話

‡第八話‡




「――だ……新たな敵だぁっ!!」




一人の兵士の叫び声に、エルナンの戦士たちがミラ軍の残党から目を移す。




「……しまった……シャマイだ! シャマイの戦士だ!!」


「なんてこった! こちらに残った戦力はもう……」




遥か遠くから進んでくるシャマイの騎牛がたてる足音に、はやくも大地が振動する。




混乱の中、チャプラがトンナムのもとに駆けてきた。




「トンナム! 大丈夫か……っ?!」



「チャプラ……父上が……父上が……っ!!」




「っ、トンマニュ!!」




痛みと涙に擦れた声を聞き、チャプラが血相を変えて王の脈をとった。




「……!! 微かだがまだ脈はある!」




「じゃあ、速く……速く手当てしなきゃ、父上が死んじまうっ!!」




しかし、すぐそこには、ミラ王国最強民族・シャマイの部隊が迫っている――




絶望に曇った目が、近づいてくる

「それ」を捉えた瞬間、トンナムは神の奇跡に心から感謝した。






「……あれは……」




先陣を切って駆けてくる騎牛兵の掲げる旗――白地に交差した槍が赤く染め抜かれたあの旗は……




「チャプラ……あれは……あれは俺たちの援軍だ!! あの戦士、友情旗を掲げてる!!」



「ほ、本当か?!」




シャマイの友情旗は、誇り高き草原の貴族として知られるモランたちが、何らかの理由で敵軍と手を結ぶときに掲げる旗だ。






「エルナン・ミラ両国の戦士に告ぐ!!」




友情旗を持った騎牛兵が、勇ましい声をあげながら戦場へ突っ込んできた。




「我の名はアッタカ・マウア!! 我らシャマイの長の言葉を告げる者だ!!」




アッタカと名乗った少年は、友情旗を掲げて大音声をあげた。




「エルナンの勇猛な戦士に正面から立ち向かわず、あまつさえ兵の少ない部隊に精鋭を送り込んだその所業、我らのモラン道に反する許しがたい行い!! よって我らシャマイはこれよりエルナン軍を援護する!! 全軍、突撃ィィィィっ!!!」




「ウホホォォォォォォォウッッ!!!」




アッタカの号令とともに、シャマイの戦士たちが雄叫びをあげながら突進してきた。




「「「「いやぁぁぁぁぁんんんん!!!!!」」」」




これには、さしもの精鋭ナルシー達も一溜まりもない。妙に艶っぽい叫びをあげながら、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い始める。



「ぃよっしゃぁっ!! 形勢逆転だぜ!!」



チャプラは派手なガッツポーズをキメると、血糊で輝きの鈍くなった剣を自分の服で拭った。


「トンナム、トンマニュを安全な場所に!! 俺は生き残りを指揮する!!」



「あ、ああ、わかった!!」




もはや虫の息になっている父の長身を、渾身の力で担ぎあげる。




「必ず助ける!!」




しかし、トンナムもまた体中に重傷を負っていた。




「くっ……!!」




膝が折れそうになるのを、歯を食い縛って持ちこたえる。




(今襲われたら、終わりだ……)




必死に父の体を担ぐトンナム。




その時、一頭の闘牛がこちらに駆けてきた。牛上には、気の強そうなショートカットの美少女が乗っている。




「あ! あなたは……!!」



双頭のサイ――トンナムの鎧に彫られたエルナン王家の紋章に視線を注いだ少女は、闘牛の足をはやめた。



「殿下!! トンナム王子殿下!!」



「え?!」



いきなり自分の名を呼ばれ驚くトンナムの前に、少女が牛からひらりと舞い降りた。



「初めまして……なんて言ってる場合じゃないよね。そちらは国王陛下よね?! わっ、ひどい怪我!!」



「あんたは……?」



少女の深紅の装いは、シャマイのモランのものだ。つまり、自分達の味方――



(でも、こいつらも俺たちエルナンの敵に変わりはない……)



青ざめた顔で父の様子を診る少女から、トンナムは少し距離を置いた。



「シャマイ……まずあんたの名を名乗れ」



「え、あ、私? 私はマナ。マナ・アグスだよ。それより、はやく陛下を安全なとこにお連れしなきゃ! 殿下だってかなりやられて……」


マナ、と名乗る少女が伸ばした手を避けるように、トンナムはあとずさった。



「寄るなっ……あんた、何を企んでんだ?!」



シャマイ軍内部についての情報は、あまりトンナムの耳には入ってこない。



誇り高き戦闘民族であることは知っている。友情旗のことも――現に今だって、敵であるはずの自分たちを助けてくれている。



だが、なぜそんな戦場に女がいる?!




エルナン軍には女性はいない。




それは、昔の王が、女が女であることを利用するような卑怯な戦略を嫌ったからだ。



戦場に女があらわれれば、誰もが油断する――




「なっ……なにバカなこと言ってんのよ! それどころじゃないでしょ?!」



しかしマナは眉を釣り上げてそう言うと、ラプオのもう片方の肩を担ぎ、牛に乗せようとした。



(この女っ……初対面のしかも一応王子に向かってバカだと?!)



少女のあまりの言い様に後退りも忘れたトンナムの耳元で、声が弾けた。




「見つけたよ」



「なっ?!」




マナと言い合っていたわずかな時間の間に、ミラ戦士が音もなく背後に近寄ってきていたのだ!



(しまった! 父上――!!)




親子もろともの死を覚悟したトンナム……しかし。




「下がって殿下!!」




凛とした声に従えば、風のような勢いでマナがトンナムの前に飛び出し、



「はっ!!」




「っっ!!!!」




華麗な三段突きに、ミラ戦士が体勢を崩す!




「ま、マナ!!」



その体捌きはなかなかのもので、彼女が鍛練を積んできていることが瞬時に理解できた。



「殿下! シャマイ村には、凄腕の医術師がいるんだ!! きっと陛下の傷もなおせる!!!」



ミラ戦士とつばぜり合いながら、マナが叫ぶ。




「シャマイは誇り高い民族だよ! だからお願い、私を……私らを信じて!」




「マナ……!!」



「くっ……」



細い腕で、華奢な体で、どれほど厳しい鍛練を積んだのだろう。



戦士にならずとも、普通の女として生きる道だってあったはずなのに。



本来敵であるはずの自分達親子を救うために――




「きゃっほぉぉおお!!!」




マナの言葉に心揺さ振られるトンナムの耳に、また違う声が飛び込んできた。




「マナ! そいつは俺に任せちゃってよきゃっふぅぅう!!!」



「ヨウタさん!!!」




ヨウタ、と呼ばれた満面笑顔のモランは、牛から飛び降りると、見たこともないような型の体術でミラ戦士を圧倒しはじめた。




「さ、殿下、今のうちに!!」




誇りと勇気に満ちたマナの笑顔が、先程父の浮かべた笑顔と重なった。




「……わかった、頼む!!」



トンナムはマナと力をあわせてマナの牛に父の体を乗せ、ヨウタが乗り捨てた牛に自らまたがり、




「飛ばすよ!!」



「おう!!」




風のように戦場をあとにした――




[続く]

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