第7話
‡第七話‡
「くはっ……!」
父が膝をつくと同時に、対峙していた全身タイツも地に倒れ伏した。
こちらは完璧に絶命している。その左胸には、父の愛用の短剣が深々と突き刺さっていた。
「……無事か、トンナム……」
「あ……あ……」
父の体を抱き起こしたトンナムは、その冷たさにぞっとした。
雨が降りしきる戦場は、舞い戻ってきた突攻隊の助力によって、ほぼミラ軍を制圧しつつあった。
「なんで……なんで、俺のことなんか……」
荒い息をつく父の顔を凝視しながら、トンナムは震える声を絞りだした。逞しい胸から流れ出る血が膝を濡らす。
血が止まらない――
「どうしてだよ……俺のこと、嫌ってたんだろ……本当の子供じゃない、から……なのに……」
「……知ったのか……」
「俺なんか、ただ、後継ぎのための道具……なんだろ……だから」
「トンナムっ!」
胸に、刄を突き立てたままの父が、必死に血塗れの体を起こし、
トンナムは、生まれて初めて、父に抱き締められた。
「……すまなかった……今まで16年間……お前に、辛い日々を……送らせて……」
「父上」
「確か、に……それも……あった……それは、いいわけ……できぬ……だが、お前を、授かった時……お前の、成長を見たとき……私は純粋に、父親として……本当に嬉しかった……」
「っ……喋るなよぉっ……!」
父が言葉を発する度に、その口から、傷口から血が零れる。
だが父は、何か言い残す事を恐れるように、擦れた声で語るのをやめない。
「いつか……この日が来た時のために……お前が傷つかぬように……私は、お前を……愛さぬよう……冷たくあたり続けた……」
「……え……?」
「だが、それは……間違いであったのだな……結局は、こんなにも……お前を傷つけて……私は……」
トンナムは、わが耳を疑った。
散々嫌い合ってきた今になって、何故そんな事を言う?
失血がひどくて朦朧としているのかも知れない。
最期まで嘘をついて、なんとか王朝を継いでほしいのかもしれない。
でも、じゃあ、この手はなんだ。
ゆっくりと伸ばされた父の手が、息子の頬を包む。
冷たくなっていく体に反して、ひどく暖かい手だった。
「父上」
「私が憎いかトンナム……憎いだろうな……だが……例え血が繋がっていなくとも、愛している……私がいなくとも、お前ならば……」
その言葉を聞いた瞬間、トンナムは父にしがみついていた。
「嫌だ!! 逝くなよっ……逝かないでくれよっ……!! 俺だって、俺だって、父上のことが好きだったんだ……」
「トンナム……」
父の笑顔が自分に向けられるなど、これが最初で最後かもしれない。
「父上……」
「泣くな……お前は……エルナンの王子なのだから……我が……息子……よ……」
「父上……?」
「父上……」
「――――――!!!!」
ゆっくりと倒れた父の体を抱き、トンナムは声にならない叫びをあげた。
それは、16年間すれ違い続けた想いが溢れだした、叫びだった。
[続く]