3.帰宅
学校を出た後は真っ直ぐ一人暮らしをしているアパートに帰った。
このアパートは花穂の親が大家をしていて、そのコネもありタダみたいな家賃で住まわしてもらっている。
部屋に入ると、トマトを煮込んだような匂いと、エプロンを着た花穂が狭い台所に立っていた。
「あ、おかえりー悠人」
「なんでお前は当たり前のように俺の家にいるんだ」
「それは私がこの部屋の鍵を持っているかだよね」
「正確にはこの部屋だけじゃなくてこのアパートの全ての鍵を持っているだろ」
花穂の家にはこのアパートの全ての部屋のスペアがある。花穂は一度家に帰ったときその一つを持ち出して本人の許可なしに部屋に入ったのだ。
これが今回だけではなくいつものことなので俺ももう慣れてしまった。そんなことをして親がなにも言わないのかと不思議だった。
「大丈夫、使うのはこの部屋だけだから」
「最初から使わないでくれ」
「いいじゃない、こうやってご飯作りに来てあげているんだから」
「それは感謝しているが、かってに家に上がらないでくれ」
「そう言わずにご飯もうすぐ出来るから机の上のものとか片付けといてよ」
花穂の声はなんかいいことでもあったのかのように浮かれている感じがした。微かにだが鼻歌のようなものも聞こえる。
「……わかったよ」
俺は部屋のものを軽く片付けると机と座布団を二つ用意した。
十分もしないうちに花穂が皿に盛り付けた料理を運んできた。
どうやら今日はナポリタンのようだ。
「ねぇ、もう少し部屋を片付けたらー足の踏み場もないくらいじゃないけどさ」
部屋は散らかっているわけじゃないがところどころ物が床に置いてあった。
画材やら資料用の雑誌類が広がっていた。
「これでも片付けているつもりなんだよ」
「じゃあ、わたしが片付けてあげようか?」
「嫌いい、よけい酷くなりそうだ」
「ひどいな~、なんか見られたくないものでもあるの……エッチな本とか……」
「そんなものを買う余裕が俺にあると思うか?」
「それもそうだね。ごめん」
部屋の家賃はただみたいなものでも、収入も少ない上に出費することが多くあるので、決して贅沢はできない暮らしをしている。
そのあと淡々とご飯も食べ終わり、後片付けも終わって花穂は自分の家に帰ろうとしていた。
花穂の家である大家の家は俺の住むアパートから離れたところにある。離れたところといっても同じ町にあるのでそれほど遠くでもない。
「あ、今日言っていた頼みごとだけど、モデルになってくれる子はまだ見つかってないんだ。明日知り合いに直接頼んでみるね」
「悪いな。俺が頼めればいいんだが、あのことのあとだとな……」
「まぁね。でもいつかみんなも悠人のこと受け入れてくれるよ」
花穂は俺をクラスの中にを溶け込ませようとしているみたいだが、その意思は俺にはない。
人と関わりを持っても面倒なだけだ。キャラクターを作ったり、押し付けられたりと自分を偽って生活するなんて疲れるだけだ。
そんなことをするぐらいだったら、一人でいる方が楽だ。
悠人にはそう言ったものの、他の人達と仲良くなって欲しくないと思っている自分もいる。ライバルが増えるのは嬉しくはないからだ。
私だって体つきをは良い方なはずだ。胸だって今年測った身体測定ではサイズが去年より大きくなっていた。
身長も悠人には敵わないが女子の中では高い方だ。
顔だって悪くないはず。
にもかかわらず、恋愛方面の進展は一向にない。
今日だって悠人と二人っきりの時間があれだけあったのに、悠人から来る恋の気配が全くない。
悠人の過去を知っているから当然だと分かったてはいるがここまでなのかと不思議に感じてしまう。
今日だって雑誌を読みながら、足を組んでスカートの中を見せていた。
しかも、ただ見せていた訳ではない。見えるか見えないか絶妙なポーズをとっていたはずなのに、反応がまるで無かった。
男子なら少しでも反応を示すはずだ。
見逃してしまったのか、今日の下着がダメだったのか、わからない。
部屋に侵入して、悠人の性癖を探って共通点が多く判明したのは、胸が大きいぐらいしかわかってはいない。
資料用の雑誌にはそうゆう傾向があるからだ。
たまにみる幼女体型や男性が写った女性向けのものは省くとして、どれが悠人のコレクションなのかは数が多く判断が難しい。
付箋紙が貼ってあるページを見ると胸が大きい女性に偏りがあった。
それが分かったのは、去年のことだ。それからは自分の胸を大きくすることを調べた。人とネットで仕入れた情報を片っ端から試した。
しかし、多くは失敗に終わっている。その中で好きな人に揉まれると大きくなることを悠人相手に試して見て効果が表れなかったのは一番の残念だ。
午後9時から午前3時に寝ると良いというのが一番効果があったのが驚きだった。
寝る子は育つということらしい。単なる遺伝なのかもしれないが。
だから今も午後9時には寝るようにしている。
今日女の子を探してくれと頼まれたのには驚いたが、恋に対するテーマから過去のことを克服することだと思った。
もし、女の子を見つけられようが、見つけられまいが大丈夫だ。
最後には私のところに来るはずだ。
だって、悠人には私しか頼れる女の子はいないんだから。