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U.S.Sの憂鬱

 北米大陸の勇──USSと言えば煉獄惑星テラヘルアースの中でも屈指の強国だ。

 その歴史は古く、足利ベネズエラBAKUHU全盛期の頃にまで遡る。かつてステイツの支配者、ネイティブ・イマガワンの内紛に乗じて武力介入を果たすと瞬く間にその支配域を拡大。彼らを辺境の居留地に追いやり、完全の己のものとしてしまった。


 以降何度か侵略や内ゲバがあったものの、広大な国土と徹底した合理主義によって立つこの国は、かつての主家が滅びた今でも依然として国のままで在り続ける。

 諸藩の抑えに首がまわらぬBAKUHUを尻目に、目指すはTENKA──。


 今や並び立つもののない強国に落日の気配がよぎったのは、畜生僧兵がBAKUHUへの粛清一揆を成功させたその日の事。

 この日、首都小田原D.Cでは一つの評定が行われ、第8代御本城・北条・ビル・氏政110世はその結果を受けて重く頭を悩ませていた。


「おのれ……メキシコ本願寺(フアレス)の連中め。足元を見おってからに……」


 何度も何度も繰り返した呪詛を吐き出して、ビル氏政は今しがた終えた極秘の評定を思い返す。


 ◆


 小田原D.Cホワイト天守閣──U.S.Sの頂点が住まうこの場所に、一人のニンゲンと一匹の畜生がいる。

 ニンゲンの方は言わずとしれたビル氏政。上座にて当世はやりのゴルチェ裃に身を包み、肘掛けについた手で口元を覆っている。その顔色は餓鬼のように青い。

 下座についた畜生──低身長/焦げ茶の体毛/つぶらかつ虚ろな眼/チュンチュン囀ることをやめない鋭く突き出た嘴/骨っぽい両足に鋭い鉤爪/羽ばたくたびに飛び散る褐色と黒の羽毛/気まずい朝を告げる使者──雀型の鳥畜生。


 両者の間には、異様な緊張感が張り詰めている。

 その原因は、この日鳥畜生が『無聊を慰める』という名目で持ち込んだ贈答品のせいだった。

 今ビル氏政の前で開陳されているのは、何の変哲もないユリゲラ社製の霊_Pad。

 ただし映しだされた内容は、一国の長の心胆を寒からしめるものであったのだ。


 映像に写っているのは、やはりここ、ホワイト天守。

 一体いつの間に仕掛けたのやら、ご丁寧に天井、壁、床、あらゆる角度から撮影された映像はスイッチひとつで様々な角度から視聴できる。無論音声も5.1chのサラウンドだ。


 映像の中の天守閣内は、今のところ全くの無人だった。

 神気を呼びこむためにたっぷりと伝言(マントラ)を浴びせたお水様のジャグジーが設置され、そのすぐ側にオーガニック野菜の鉢植え。更には心身の負荷を和らげるためのマイナスイオン発生装置がヒーリングエアゾルを吐き出し続けている。

 この部屋は書斎も兼ねている為、牡丹が一輪飾られた文机の側には大きな本棚が設置され、電子巻物が数多く並ぶ。そのレパートリーは骨相学、筆跡学、創造科学、優生学、EM細菌学などなど多岐にわたる。これだけでも、彼の教養の深さが伺えた。


 暫く無人の室内を映しだしただけの映像が続き、3分ほどして現れたのは、主のビル氏政と秘書の牝畜だ。

 牝の畜生は、雄の畜生と違ってかなりの割合でニンゲンに近い容姿で生まれてくる。ビル氏政が引き連れているのも、そんな個体だった。


 その容姿──純白のタイト振り袖にリムレスの眼鏡/ブロンドからはみ出た先端が黒い三角耳/カフェオレ色の艶めかしい肌/振り袖の合わせ目ではパツンパツンに膨んだ胸元が圧倒的な峡谷を形成/砂丘のように美しい稜線を描く腰まわり/ツンと上向きの小生意気な尻/付け根から生えたボリューム感たっぷりの金毛九尾/半人半孤のSexy Foxy Bitch。


 ともすればニンゲンがコスプレしただけにも見えるが、彼女は間違いなく畜生である。

 その証拠に瞳の色が違い、薄くほどけた口元からはかすかに犬歯が覗いている。ごくごく僅かな、しかし決定的な断絶。ニンゲン達に言わせれば『だがそこがいい』のだと言う。実際、彼女のような牝畜を手元に置きたがるニンゲンは少なくない。


 現在絶賛狼狽中のビル氏政と違って、画面の中の彼は打って変わって自身に満ち溢れた態度だ。

 いっそ傲慢なほどの笑みを浮かべて自らの居室に戻った彼は、セキリュティ襖を締め切るなり唐突に裃を脱ぎ捨てた。日頃ブルワーカーで鍛えている肉体はクラシックパンツ一つの姿になっても誰憚ること無い威厳を保っている。

 かたや牝畜生は主の乱心にもさして動じた様子を見せず、悪童をたしなめるような笑みを浮かべている。畜生らしく勘のいい彼女は、衣擦れの音だけで背後で何が起きているのか察しているのだった。


「不適切な関係を?」

「Sure」


 なんとも気障な発音の古代グローバリッシュで応じると、ボブ氏政は無造作な足取りで牝蓄を背中から抱きしめた。

 しかし雌狐はそれ以上をよしとせず、長くしなやかな指先でビル氏政の手の甲をつねりあげる。拒まれるとは露にも思わなかったか、ビル氏政の顔に狼狽が浮かぶ。


「……よいではないか。減るものではなし」

「おやめにならない?」

「だから、何故だ。根拠を申せ」

「エキノコックスかも」

「そのような病には罹らぬ。既に大病を得ているからな」

「まあ大変。それは?」

「それはな……」


 ここでビル氏政は、さらに力強く牝畜を抱きしめた。丁寧に梳られた尻尾をそっと手に取り、底に顔をうずめた。体毛の隅々まで香を炊きこんであるため、嫌な匂いはしない。それどころか無性にモフりたくなる衝動に突き動かされる。

 暫くそうしてから、時折ぴくぴくと動く狐耳に向かって口を寄せ、囁く。


「──恋、よ」


 自らの権力と栄光に酔っ払ったジュニアハイスクール的ワードをのたまいながら、ビル氏政は牝畜生を振り向かせた。そのまま胸元へと無造作に腕を突っ込みまさぐった。そこは既にじっとりと汗ばみ、彼の手に吸い付くようだ。

 牝畜はその手を再びつねり上げるが、今度は手を引かない。むしろその痛みさえ心地よいようであった。仕方ないとでも言うように肩をすくませた牝畜が淫靡に微笑む。


「いけないヒト」

「そう言うでない。お主のNaughty Bodyに滾らぬ雄は居らぬよ」


 ビル氏政は言うやいなや、待ちきれない様子で牝蓄の帯に手をかける。牝蓄はむしろ予期していたかのように両の手を真っ直ぐと天に向かって突き上げた。はるかな古代よりニンゲン達に伝わるOKサイン──『BANZAI』。

 ボブ氏政は歓喜を堪え切れず、牝畜生の帯をゆるめ、一気に手元へと引っ張った!


「──AAAAHHHRRRREEEEE!」


 完璧なR発音で悲鳴を上げる牝狐畜生──自ら回って殿方の負担を減らす奥ゆかしさまで心得ている。

 やがて帯が完全に巻き取られると、はらりはだけた振り袖の隙間からは見事なBig Titsがたわわに揺れてビル氏政を魅惑する。

 瞬間──一国の御本城はニンゲンから畜生に落ちた。猛烈な勢いで牝畜めがけて跳び込むや、スピリチュアル(プール)へとなだれ込んだ。

 二人して濡れネズミになりながら、夢中で互いの唇を奪い合う。たっぷり3分もそうしてから辛抱たまらなくなった二人は、再び至近距離で見つめ合い、そして。


 天守閣いっぱいに、ACCETPIROUGEな嬌声が響き渡る。


「オーゥ! イェーア!」


 そしてカメラは自動的に不適切な画面を検閲し、『わっふるわっふる』と音を立てて被写体を変えた。文机に飾った一輪挿しへズームイン。

 やがて濃密なひとときが過ぎゆく頃──何かを暗示するかのように、牡丹の花弁がポタリ、落ちた。



 映像はそこで終わり。頃合いを見て、下座の鳥畜生は霊_Padを懐にしまい込むと、羽毛を正して深々と一礼した。


「……以上が、我々が入手したお宝MOVIEです。フフ……それにしてもお盛んですな」

「貴様……どうやってこれを……?」

「そこはそれ、蛇の道は蛇と申しますでしょう? 畜生には畜生のネットワークがございますので」


 ニヤリ嘴を歪ませる鳥畜生。その瞳が意味ありげに光る。


「まさかあの雌狐……!! 貴様の仕込みか!?」


 そう言えば、先週から彼女の姿を見ていない。手袋を買いに行くと言っていたが、アレは首都を脱出するための方便か? ビル氏政に悔悟の念が浮かぶ──彼女とは公私の垣根を超えた、まさに抜き差しならぬ関係であったというのに。

 しかしさすがは大国の主、すかさず思考を切り替え、懐にそろりと手を伸ばす。忍ばせておいた高濃度酸素水鉄砲を抜き打ちに3発、4発、5発──だが矮躯の鳥畜生は思いのほか機敏に飛んで見事に躱した。

 そのまま鳥畜生は彼の頭上を飛び回りながらビル氏政を追い詰めてゆく。


「……よろしいのですかな? 私やあの牝畜が死ねば、例の動画がたちどころに流れますぞ。御本城ともあろうお方のRANCHIKIがTENKAに知れ渡れば、何かと不都合があるのでは?」


 ビル氏政の動きがピタリと止まり、機を見計らって鳥畜生は、無礼にも彼の肩口に直接止まった。ビル氏政の体が大きく傾く。食い込む爪が地味に痛い。


「……望みは何だ。何がほしい」

「なに、HIYOKOの鑑定よりも簡単な事です。我々が相州で行う一切の行動を黙認すること。それだけで結構」

「……本当にそれだけか?」

それだけ(・・・・)で、こちらには大いにメリットがあるのです。……ただ、それすら拒むというのでしたら、相応の覚悟はしていただかねばなりません」


 鳥畜生は狡猾そうな笑みを浮かべたまま、卑屈に下から睨め上げた。

 ビル氏政の身長の半分にも見たぬ彼から放たれる鳥類独特の視線──知性も感情も浮かばない瞳からは、しかし確かに凄みと悪意が滲み出ていた。

 これだから宗教は厄介なのだ。正気と狂気の境目を軽々と飛び越える。


 ビル氏政は、シモはゆるキャラだが馬鹿ではない。瞬間的に冷えた頭で計算を始める。

 これまで相州は、ニンゲン・餓鬼・畜生問わずあらゆる種族を受け入れ、後に彼らを反目させあう事で政府への反感を反らし続けてきた。

 こんな友愛映像を流された日には、折角まとめあげたニンゲンどもから不興を買い、民主化が進んでしまう。そうなれば代々続いた本城の地位も途絶え、ビル氏政は末代までの恥としてその首を晒されることになるだろう。それだけは絶対に避けたい。

 だが彼らをいつまでものさばらせる訳にもいかない。迂闊に庇を貸したばかりに母屋をNTRれた国など幾らでもあるのだ。


 さあ、ここからは綱引きだ。対面と利益のバランス、帳尻が合うギリギリの所を見極めねばならない。



 …──計算終了。




「……10日間だ。それ以上の無法はまかり通らぬ」

「チュンチュンッ……十分ですよ御本城(プレジデント)。助太刀いただき感謝の極み」


 ついに譲歩を引き出した鳥畜生は両の羽を羽ばたかせ、ほくそ笑んだまま恭しく頭を下げた。彼の肩から飛び降りてから、懐から取り出したのは先ほどのお宝MOVIEの入った霊_Padを放り投げた。


「確かにお下知はいただきましたぞ。期日を過ぎるか事が済み次第、この映像は自動的に消去する手はずとなっております。それまではどうか、みだりに壊そうとしたりはなさらぬよう」


 ビル氏政は受け取ったそれを大切にクラシックパンツにしまい込み、畜生に顎をしゃくって退室を促した。これ以上顔を合わせていると、気が変になりそうだ。


「では私はこの辺で。……ああそうそう、この際ですから、暫くは鉄砲遊びも控えられては如何かな? これがホントの(スケ)断ち……なんてねェ。チーュンチュンチュンチュン……!」

「おのれ畜生っ!!」


 再び暴発したビル氏政が射撃の構えを見せると、鳥畜生は嘲笑いながら天守閣の窓から飛び去った。どこまでも人を喰った態度に腸が煮えくり返る。忌々しいことこの上ない。

 ビル氏政は、荒れた。激おこだった。日頃の尊大な態度はなりを潜め、聞くに堪えない罵詈雑言を上げながら暫くジタバタと地面を転がり、ついで失われた尊厳とBig titsを想い……慟哭(ない)た。


 ……やがて涙も枯れ果てた頃、ビル氏政はユラリ幽鬼のように立ち上がり、その身をお水様のジャグジーに沈めて独りごちる。


「……まだだ、」


 まだ終わっていない。確かにこれは慢心が招いた危機ではあるが、未だ事故の域を超えては居ない。

 本願寺と延暦寺──厄介な寺院同士が潰し合うというのなら大いに結構。せいぜい派手にやりあって、この世に地獄を増やすがいい。

 さすればそこに、利益の目が産まれる。軍隊を送り込んで制圧するもよし、傀儡政権を立てて間接統治でマッチポンプを演出するも良し。まだまだ楽しめそうじゃあないか。

 ステイツの繁栄は終わらない。いずれは弱体化したBAKUHUに代わって、この星の為政者となってみせる。今や唯一のニンゲン主体の国は、この程度のことでは揺るがないのだ。


「……せいぜい踊れ、畜生共。共倒れが楽しみだわい」


 ──果たしてビル氏政のこの呪詛は、遠からず図に当たることになる。


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