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山羊畜生はXXXXの夢を見るか? Part.1

 ──あり得ない光景を前にすると、何故呆然としてしまうのだろう。




 気がつけば、ヤギィは見知らぬ景色の中に居た。

 赤い寺院ではないどこか──冠雪した峻険な山の中腹にある、岩山をくり抜いて作った寺院。絢爛極まりない本願寺とは比べるべくもない質素な作りだが、要所要所には手の込んだ彫刻が施され、色とりどりの羅紗や絹で飾り付けられている。

 落ち着いた雰囲気でありながら、確かに生命の息吹を感じさせる尊い空間。怖いくらいに心が落ち着く。


 何故なのかはわからない。ただ、この寂然とした空間の中にいると己の獣性が鎮められ、TAMASIIが遥か高みへと登っていく感覚があった。何故だか酷く懐かしくて泣きそうになる。同時に少し怖くもあった。ここには誰も居ないから。


 ──誰か、居ないのか。


 圧倒的な孤独と静寂の中で心が押しつぶされそうになる。しかしこの静寂を破るのは厳に慎むべき行為なのだと、考えずとも理解が出来た。

 そうなると、打てる手立てはただひとつ──自らの足で探すしか無い。ヤギィは仄暗い寺院の中を虱潰しに探してみたが、それこそ虱一匹見当たらない。ひょっとしたら、ここは人が住む場所ではないのだろうか。

 さりとて、寺が自然にできるということはあり得ない。論理的帰結として、外へとその答えを求めるのは当然の流れだった。


 ヤギィは、捜索の過程で見つけた重そうな鉄扉を開けようとして軽く驚いた。軽く一蹴りで開けるつもりがびくともしない。見た目以上に恐ろしく重い。因業力でも働いているのだろうか。


 たっぷり10分、満身の力を込めて押し開ける事に成功すると、そのまま一息に外に出た。横殴りの冷たい風が身を苛む。だがそれすら忘れるほどの素晴らしい景色が広がっていた。


 時刻は薄明──険しい山々の稜線の只中に、もうじき新たな太陽が生まれ出ようとしている。西の空には未だ銀月がうっすらと掲げられ、赤と藍のコントラストの最中には幾つもの星がキラキラと瞬いている。その千変万化の光を受けて、山々に施された雪化粧が色彩豊かに輝いていた。

 後ろを振り返れば、やはり厳かな作りの寺院をその腹に抱き、巨人の槍のように伸びる高く厳しい岩山が雲間をついてどこまでも伸びている。いくら見上げても果てが見えない灰と黒の岩山が雄大過ぎて、己の矮小さを酷く浮き彫りにする。

 ただただ呆然と眺めていると、ふいに衝撃──いきなり背中を蹴りつけられ、あっさりと地面を転がる。息をつまらせながら振り向き仰ぐと、そこには見窄らしい風体の山岳餓鬼の集団が彼の周囲を囲んでいた。


「ににに、ニンゲン! ニンゲンだァ!」「オメグミ! ブッシャリ!」「クドク! クダサイ!」


 口々に喚き立てながら、本能のままに猛り狂う山岳餓鬼。どうやら寺院に帰依している信徒ではなさそうだ。群れてこそいるものの、誰一人それをまとめようとするものは居ない。典型的なバーバリアン餓鬼だった。この手の奴らは長々と説法を施すよりも、二、三人成仏させたほうが話は早い。どこかに居るはずのニンゲンを守るために、ヤギィは蛮族の前に毅然として立ちふさがる。


「テメェら……下手にニンゲンに手を出してみろ。ソイレントになるだけじゃ済まされねェぜ!?」


 強い怒気を露わにし、最初にして最後の警告に、餓鬼達が静まり返る。きょとんとした表情でお互いの顔を見合わせる。言葉が通じているのか怪しいものだが、ここは一つTrust You──血の気の多いヤギィだが、不要な殺生を好むわけではない。。ニンゲンも餓鬼も嫌いだが、生きようとする意志までは否定しようとは思わない。何よりいつも隣にいる相棒や、彼の飼い主ががそれを厭うのだ。二人して曰く──貴重な労働力を粗末にしてはならない。それももっともな話だ。


 餓鬼達はしばし円陣を組んで、ヤギィの言葉を懸命に検討しているようだった。『中々ジェントルじゃねぇか』と、ヤギィの感慨。

 再び円陣が解けた時、彼らの目にはかすかな理性が灯っている──果たして思いは伝わった。たまには他人を信じてみるのもいいものだと、そう思いかけた時だった。


「ソイレント! ホシイ!」「デモ、オタカインデショウ?!」「ポッキリ、ベンキョウ、シロ!」


 口々にまくし立てる餓鬼達は、先程以上に猛り始める。交渉決裂。やはり彼らは馬鹿だった。


(──ダメだこいつら、早く何とかしないと……!)


 ヤギィは小さく舌打ち一つ。全く、コミュニケーションとはことほど左様に難しい。

 躊躇なく鏖殺を選択し、愛用の仏滅法具『仏法SAW』を懐から取り出そうとした。……が、在るはずの己の臼歯(きば)はそこにはなかった。慌てて腰帯の当たりや、下履きの中まで探ってみる。が、やはり結果は同じだった。

 ならば因業力を込めてぶん殴る──先手必勝一撃必殺、完璧に機先を制した一撃を手前の餓鬼にねじ込んだ。……が、無傷。捻くれた首をギギギと戻し、餓鬼共は浅ましい笑みを浮かべる。


「オマエ、Cawaii! オンナニシテヤル!」「オッス、オッス!」「クセニナッチャウ!」


 何言ってんだこいつ──おぞましい欲望にさらされ、ついで衝撃に見舞われた。因業力が働かない。


 それだけならまだ良かった。気づけば己の腕からは体毛がごっそりと抜け落ちてツルツルの地肌がむき出しであった。ハッとして身体をまさぐる。やはりそこも同様で、極め付きは頭だ。誇り高い畜生の証、角が──無い。


 そこでようやく気がついた。信じられないことに、ヤギィこそ(・・・・・)がニンゲンだったのだ。

 何なんだ、これは──愕然として声が出ない。ショックで頭が痺れて動けなくなった。上手く現状を受け入れられない。この畜生僧兵のヤギィ様の身に、一体何が起こっている──!?


「イア! イア!」「イア! イア!」「イア! イア!」──興奮した餓鬼達が、ニンゲンヤギィを囲んでグルグルと回る。元より浅ましかった彼らは無抵抗の獲物を前に、喜びを隠せず踊りだした。醜くせり出した腹を太鼓に見立て、ドンドコドンドコ叩くものもいる。

 生意気なことに松明を持ちだして、それに火をつけ盛んに振り回し始めた。どうやらただの蛮族餓鬼ではなく、ヤギィの知らない信仰の徒であるようだった。異様な光景に腰が引ける自分が情けない。

 程なく蹂躙が始まった──怒涛の勢いに押しつぶされ、あっという間にヤギィは防戦一方にさらされた。


「……畜生ッ」


 本当の自分なら。畜生僧兵の自分なら。

 こんな風に、一方的に踏みにじられたりはしない。だが今の自分は無力だった。夢なら一刻もはやく目覚めたかった。なのに一向にその気配はない。ただただ縮こまって身を守るしか、今のヤギィに為す術はない。


 月、星、そして太陽──きれいなものが見たかった。それだけを見たかった。だがかなわぬ夢だ。大空を羽ばたく鳥畜生ならいざしらず、山羊畜生にも──ましてやただのニンゲンには、決して無垢なる青は手に入らない。


 ここ、煉獄惑星テラヘルアースの人々の暮らしはいつだって混沌だ──金がなければ生きては行けず、その金があればケツや命を狙われる。生き抜くためにはもう一柱の神が必要だった。その神の名は──『(パワー)』と言う。しかし神は今、餓鬼たちの方にこそ微笑んでいた。


 彼らの興奮と熱狂は今や最高潮に達し、柔らかいニンゲンの頭と言わず、腹と言わずありとあらゆる場所へと餓鬼共が群がる。抵抗すれば打ち据えられ、早くも噛みついて四肢を引きちぎろうとするものもいる。


 声が、漏れた。激痛と恐怖と苦悶の滲んだ、畜生とは思えぬ人間臭い声だった。シモが緩んで漏らしそうなのを、もはや抑えきれそうにない。イヌーは、ムドーは、何故ここに居ないのだ。この際だ、誰でもいい。


 そしてヤギィは、己の心がポッキリと折れる音を聞いた。


「……助けて」


 救いを求める声が哀れで、涙が出た。誰かを頼るなんてあり得ないことなのに。ヤギィは畜生だ。誇り高い野生だ。そのはずだったのに、今は飼いならされたように弱々しい。


「誰か、助けてくれーーーーーーーッ!!」


 今際の際だと思って、断末魔のつもりで、叫ぶ。生への渇きのみっともなさを思いながら、身も世もなくヤギィの口から迸る弱者の悲鳴。


 ──だがそれを口に出来る事こそが、力への最初の呼び水だったのだ。


「──(MOW)とも。任せとけ」




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