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畜生は眠らない

 どるんどるん。ぶおおおん、ぶぼぼぼん──V型12気筒エンジンの荒々しい音色を奏でながら、一台の車がKEMONO道を征く。

 洗練されたウェッジシェイプの真紅のボディにガルウィングドア。密林には全く似つかわしくない都会的なデザイン──ランボルギーニ・カウンタックLP400の復刻モデルだ。最大440馬力の重たいエンジン音が轟く中、それに負けないポエティが木霊する。


「六根清浄」


 運転席から重苦しい声を放ったのは、厳しく生臭い顔つきの禿頭の大男──畜生僧兵の長、法師ムドーであった。特に意味は無い。ありがたそうだから言ってみた、そんな侘び寂びのあふれた響き。

 弟子であり家畜(かぞく)でもあるイヌーも時折同じように呟いてみるが、まだまだこの域には至らない。更なる功徳をつまなければこの味は出せないだろう。


 助手席には彼の腹心、畜生僧兵のイヌーとヤギィが低車高に苦しみつつ収まっている。およそ10分にわたる協議と組体操の結果、まずシートに体力自慢のヤギィが座り、その上にイヌーが腰を掛けるという漬物石ポジションが採用された。

 車内には男の加齢臭と抹香の香り、それから獣臭が入り混じった独特の匂いと、空調などでは到底ごまかしきれない熱気が充満している。


 法師曰く──一揆の成功と、長旅をねぎらうためのハイキングという話であったが、これではどう考えても苦行である。せめて4ドア車種、理想を言えばハイエースが望ましいところだ。畜生はともかく、ニンゲンであるムドーが何故搭乗前に気づかなかったのか不思議でならない。


「──心頭滅却!」


 突然の加速とまたしても飛び出たポエティに、真相の全てが詰まっていた。ようするに彼も、ここまで過酷な状況になるとは予想できなかったのだろう。

 全く仕方のないご主人だワン──イヌーは飼い主のお茶目に苦笑し、その下のヤギィはいつ相棒が嬉ションするかとヒヤヒヤだ。


 ムドーはそんな二人を更に試すようにステアリングを握りしめ、見事なドライヴ・テクでアスファルトをタイヤで切りつける。助手席に重なりあう畜生二人をバックミラー越しに見やりながら、彼はとってつけたように言葉をついだ。


「……此度の遠征一揆、誠にご苦労であった。貴様らが持ち帰った年貢のお陰で寺はまた潤う。我らのもとにはますます信徒が集まり、救世は新たなステージを迎えるだろう。ありがたやありがたや」


 厳かな面持ちで語る彼の右腕にはロレックスが幾重も巻き付き、指先には金銀パールがフジツボのようにこびりついてギンギラギンにさりげなく高貴な光を放っている。

 指先の物一つで餓鬼の一家がゆうに10年は遊んで暮らせるだけの価値があるというのに、ムドーは一切の頓着を見せない。当然だ。この程度の富を鼻にかけているようでは衆生を導く至高の法師は務まらない。


 混沌渦巻くこの世界で万物の対価として広く知られ、最も確かな価値を持つもの──金。

 金とは即ち富の象徴であり、それ即ち神である。金を総身に纏うという事は即ち、己を神と一体化し、その御心を知る為の一種の苦行であるのだ。

 それでも彼らを『簒奪者』と罵り恨む餓鬼や、後釜を狙って命を狙うニンゲンは後を絶たない。法師とは、ただ心のままに富を貯めこみ、歯向かうものを鏖殺し、誰憚ることのない権力を躊躇いなく行使する強さが求められる、それはそれは厳しい職業なのだ。


 やがて3人は境内からは遠く離れ、辿り着いたのは摂津タイランドと彦根ラオスへとつながる国境沿いの山──ダンレク天王山脈南部に広がる高原であった。

 一面広がるペンペン草やどくだみの緑の絨毯に、一条の陽光が雲を切り裂き、蜘蛛の糸のように降り注ぐ。なんとも心洗われる光景だ。誰しもがあの光の下へと駈け出して行きたい衝動に囚われかけるだろうが、やめておいたほうがいい。

 その理由は、まさに今目の前で証明された。


 高原の奥、遥かなダンレク天王山の麓から、ポツポツと小さく影がよぎる。それは次第に大きくなり、程なくしてヒトガタの生き物だと知れる。

 渇望を垂れ流しに駆け寄ってくるのは、頭にボロを巻いた餓鬼の一団だった。


「あ……あぁ……来たぞ……御坊様だァ……!!」

「へっ、へははァ……! 金持ちそうだなァ……羨ましいなァ!!」

「あ、あいづらの情報通りなんだな。しし、信じてれば、ゆ、夢は叶うんだな」


 最初に現れた三人が、手に手に棍棒や鉈をもってゆらゆらと歩み寄る。その後ろにもわらわらと餓鬼の群れ。欲望に狂った目で三人を睨み据え、ゆっくりと歩いてくる──彼我の距離100メートルに到達した途端、そして一気に駆け寄ろうとした。


「──身ぐるみ、おいでゲェェェ!!」


 金(神)と合一し、『成金』となった男めがけて一目散にわらわらと近づいてくる──瞬間、もの凄まじい爆音とともに大地がめくれ上がる。

 降り注ぐ土砂の雨に打たれながら、ヤギィが目を細め、イヌーは瞑目し、愚かで哀れな衆生の末路に手を合わせる。奇しくも両者の感想は同じであった──『汚え花火だ』。


 爆発が収まると、そこら中に餓鬼達の肉骨粉が散乱していた。この火力であれば、おそらく苦しみはなかったであろう。

 ここは地雷平原──カンボジア本願寺中興の祖、法師レンニ・ョがその圧倒的因業力で作り上げた、本尊や法師をつけねらう数多の刺客を退けてきた牧歌的キルゾーン。

 地中に向かって開花するウズメビ・ヒマワリという改良種が辺り一面に咲き誇り、半永久的に屍の山を積み上げるこんな場所へと連れられた二人は、直ちに法師の真意を理解した。


「……ふむ」──冷静を装ってイヌー。しかしその顔はどことなく強張り、表情よりもなお正直な尻尾が股ぐらに巻きつきションボリックを体現。

「……マジかよ」──くちゃるのも忘れてうんざりとつぶやくヤギィ。頭を振ると、首に巻きつけた南京錠ベルがガランガランと物悲しいメロディを奏でる。


 つまるところ、次の任務の打ち合わせである。二人同時に飼い主の方を振り返る。既に遠足気分は台無しであった。


「急な話ですまなんだが、まぁそういうことだ。メキシコ本願寺から大至急の応援要請が入った」


 手駒の無言の抗議に一切の反応を見せず、ムドーは淡々とした様子──ダッシュボードからピンドンを取り出して直接瓶に口をつける。いかにもな厄介事を押し付けられて、彼もまた荒れていた。

 自らの肝臓を痛めつけるように高価な神酒を飲み干すと、そこでようやく二人の目を真っ直ぐに見た。


「貴様ら、中南米の情勢はどの程度知っている?」

「さぁね。火渡りカーニバルのねーちゃんぐらいしか興味が()ェ」──ヤサグレモードのヤギィ。

「確か最古の統治者──CYOUTEI勢力の発祥の地、でしたな」──とりなすようにイヌー。


「イヌーが言った通り、あのあたりの情勢は複雑極まりない。CYOUTEI勢力の残党フジワラ・ファミリアと、徳川ネオニューギニアBAKUHUの前身──足利ベネズエラの抗争が長年続いた影響で、今でも様々な勢力が入り乱れて『惑星の火薬庫』と呼ばれている。我々本願寺もその隙を突いて第二の拠点を築いた。それがメキシコ本願寺。毒電波(スカラー)を操る法師チノを筆頭に、諜報戦に優れた畜生を多数飼っている。中でもスネークと言えば、このテラヘルアースでも五指に入る凄腕。貴様らも名前ぐらいは聞いたことがあろう」


 その名前には二人共心あたりがある。あって当然だ。

 畜生斥候スネーク──単身でありとあらゆる場所に潜入し、狙った情報は必ず持ち帰る。その変装技術はもはや芸術の域に達し、本人の真の姿は法師にすらわからない。まさに男の中の男、畜生の中の畜生。この世界にいるものなら誰もが一度は憧れる伝説の存在。

 イヌーとヤギィも、いつかは一度共に仕事をしてみたいと思った相手であった。


 ムドーは、もう一度ピンドンに口をつけた。これから吐き出す情報(ネタ)が、反吐よりも不味いものである事を否が応でも思い知らせる。KAKUGOを決める畜生二人。しかし情報の爆弾は、その遥か上を行った。


「そのスネークが、作戦行動中に消息を絶った」

「そんな……!」

「あいつが……!? ま、マジか……!?」


 あり得ない、冗談にしたってきつすぎる──それが二人の率直な感想だったが、ムドーの目は笑っていない。彼は、既に揺るぎようない事実を述べているにすぎなかった。世界最高の畜生は、タフなミッションに単身乗り出し、何らかのアクシデントに見舞われた。そこから先は藪の中。

 戦慄し、金縛りに合うイヌーとヤギィ。ムドーは三度瓶に口をつけたが、既に空だった。苛立たしげに投げ捨てる。3人共言葉なく、吹きすさぶ湿った風に嬲られる。最初に気を取り直したのは、この中で最も若くてタフなヤギィだった。


「その……なんだ。スネークが消えた場所ってのはどこなんだ?」


 早くも血を滾らせるヤギィだったが、しかしムドーの口は重い。こんな辺境くんだり連れて来られた挙句、焦らされてはたまらない。


「黙ってメェでなんとか言ったらどうなんだよ、法師! なんか知ってんだろうが! 洗いざらいぶちまけねぇと粛清すんぞ!!」

「よせ、ヤギィ! 屠殺されるぞ!」


 暴発した相棒を咄嗟に引き止めるイヌーであったが、不服なのは彼も同じだ。はっきり口には出さねども、その目で真実を訴える。殺気立つ二人の部下を前にムドーはしばし迷った後、吐き捨てるように言った。


「南米、コロンビア……コロンビア延暦寺だ」


「……クゥン」

「……Oh my goat(なんてこった)


 その名を告げた瞬間、今度こそ二人は打ちのめされた。イヌーの尾っぽはグルングルンに巻き上がり、ヤギィでさえもが()のひらで顔を覆う。


 コロンビア延暦寺──本願寺よりも遥かに古い歴史を持つもう一つの救世寺院。グアジャナ比叡山を中心に、その勢力は中南米地方一帯に草の根のように伸び、今もフジワラ・ファミリアやBAKUHUに対して根強い影響力を誇る。

 本願寺とは直接的には敵対していないが、潜在的な脅威度はかなりのもの──メキシコ本願寺は、いずれ来るであろう激突の日に備えて彼らの動向を探らせていたのだ。法師ムドーは沈鬱な面持ちでなおも語る。


「コロンビア延暦寺は、長年反グローバリゼーションを唱えて近隣勢力を相手取ってきた。だがそのやり口は過激そのもので、信徒は熱心だが頭数は限られたものだった。ところがここ数年、急速に信徒を拡大してCYOUTEI勢力を傘下に収めると、返す刀で足利残党をねじ伏せおった。勢力拡大の背景には、信徒の急造が絡んでる。この秘密を探り、その手段を奪う事がスネークの役割だったわけだが──」

「そこで、連絡が途絶えたと……。」


 イヌーの言葉に、ムドーは無言で頷く。

 またしても無言の時間が流れた。此処から先の話は畜生にだって予想がつく。だがそれは、誰しもが持て余すたぐいの物だった。話すも地獄、聞くも地獄。まことこの世は混沌だ。一寸先には無明の闇しか待っていない。

 だが、それでも。それでもヤギィは、この白い野生は思うのだ。


「……てる」

「何だ、ヤギィ。はっきりと申せ」

「生きてるよ、スネークは」


 血気盛んな若者らしからぬ、静かに祈るような口ぶりだった。しかしその裏には熱い血の滾りが隠しようもなく現れている。イヌーもムドーも、彼の萎えることのない闘志にハッとなった。


 ここ、煉獄惑星テラヘルアースでの日常はいつだって混沌だ──だがしかし(・・・・・)だからこそ(・・・・・)、闇の向こうには必ず光が待っている。進まなければ光は見えない。


 ヤギィは、自らの願望を口にすることで、これから下される畜生働きに確かに希望の明かりを見せたのだ。


 ベテランの二人が微苦笑を浮かべる。やはり若さというものは素晴らしい。この振り向かない強さが欲しかったからこそ、彼は畜生僧兵に選ばれたのだ。

 覚悟を決めたムドーの心は、既に晴れやかなものになっていた。イヌーも同様だ。既に心はコロンビアへと飛んでいる。


「法師、オーダーを。我ら畜生僧兵、いつ何時でも神仏の導きのままに」

「あぁ……やってやるぜボス。この任務は俺らのモンだ」


 圧迫面接気味に前に出る家畜を前に、ムドーも姿勢を改める。自らの頬を大きく貼ると、そこに居るのは威厳に満ち溢れた彼らの飼い主だった。


「……貴様らに、新たな任務を告げる。目標は二つ。其の一、スネークの任務を引き継ぎ、信徒拡大の手段を強奪。其の二、消息不明のスネークの捜索。対象の生死は問わない。とにかく我々本願寺勢力が関わった痕跡を抹消せよ。尚、本作戦に関しては一切の口外を禁じる。我々法師の援助も受けられないと思って欲しい。……本当に済まないが、奴らに攻め入る口実を作るわけにはいかんのだ。その代わり、メキシコの連中がユナイテッド北条を揺すって援助の約束を取り付けた。まずはネバダ鎌倉へ飛んで、現地のエージェントと落ちあい、作戦詳細についてのレクチャーと支援を受けてくれ」

「……つまり」

「……非正規作戦ってことですかい」


 非正規作戦──通常の一揆や祭りの先導役を司るYOSAKOIとは違い、完全な汚れ仕事である。任務の間どのような形で命を落とそうと決して弔われることはない。無名の畜生仏となって朽ち果てたくなければ、何が何でも成功しなければならない。

 これまでで最高難度のミッションに、我知らず身がブルリと震える──果たしてそれは、怯懦が故か武者震いか。畜生二人は早くも若干の後悔を覚える。


 すっかりと立ち直った法師はいらん気を利かせ、この場で即席の生前葬を行った。脂ぎった笑顔で、冷酷に告げる──。


「出立は明朝払暁。健闘を祈る」


 この時ヤギィは、生まれて初めて『肉を食べてみたい』と思った。



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