畜生推参
「──畜生僧兵!!」
頭上の緊迫した叫びを聞き届け、二頭──二人がそれぞれにニヤリと笑う。フロォラルでウォオミィなゲル汁を啜っていた餓鬼達は、その異様な姿を見て一瞬立ちすんだ。しかし彼らは風の噂で聞いていた。彼らが救世の徒であることを。
畜生僧兵とは、あまねく衆生を涅槃へ導く畜生の僧兵である。彼らは飢える民をを先導、また扇動し、『一揆』と称して弱き者の自立を助ける。
中でも彼らは、カンボジア本願寺──通称『赤い寺院』が誇る最強の二人。その名も──。
「──畜生僧兵、イヌー」
「同じく、畜生僧兵ヤギィ」
涼やかに紡がれる名に、餓鬼達は涅槃を見た。砂漠の一人旅に猿豚河童がついてきたような気分──愛の国はすぐそこだ!
騒然となる一同へ向けて、イヌーの重々しい音声が響く。
「此度我らは、BAKUHUへの粛清一揆のために推参した! ホーチミン掛川の餓鬼の衆! 渇きの旅は終わりだ! いざ行かんガンダーラ!」
この演説に、餓鬼達はつかの間、餓えを忘れて立ち上がる。失われていた理性がほのかに蘇り、これから起こるであろうダイナミックな救済に続かんとする。
クチャラー──ヤギィのほうが、新たに取り出した懐紙を口の中に放り込んでニヤリと嗤った。
「さあ──YOSAKOI UCHIKOWASIの始まりだぜ餓鬼共──俺に続きな」
言うやいなや、ヤギ型ヒューマンはノーモーションからの一足飛びで城門の屋根に着地──得物の斧を一閃した。 不滅であるはずの城門が、落雷を落とされたように裂ける。畜生僧兵達が持つ因業力と、彼らが好んで学ぶ戦闘技術、誘流エニグマ武術にかかれば障子紙同然だ。
ヤギ男は引き裂かれた木材を刹那の拍子で更に引き裂き、削りだした極薄の木片を口に入れる。
「ほう……セルロースも中々イケるな」
呑気なことを言う間にも、餓鬼達は雪崩をうって城門を目指す。大勢の乾き者が滋養たっぷりのソイレントになるが、その勢いは一向に衰えを見せない。やがて『汚握り君』がショートを起こし、餓鬼達は折り重なるようにして橋頭堡となった。後続が渋滞しつつも侵入を果たす。
城内で目につく手当たり次第を打ち、叩き、そしてカッとなって食らいつく──なんでもいい、とにかく食べたい。それぞれの思いが交錯、食欲が加速する!!
即ちこれが彼らのIKKIスタイル──Eat&Treat。
「であえ! であえーい!」
そして城内からは無数の生体サイボーグ『メガサムライ』が100人ばかり押し寄せる。ガダルカナル江戸城名物、100メガサムライだ。
抜刀し、いきりたったメガサムライと奔流と化した餓鬼達が激突する──鎧袖一触。メガサムライの持つサイバー日本刀の切れ味は凄まじく、触れたそばから餓鬼の身体が泣き別れになる。
何より充電の行き届いた彼らのスタミナと、既にガス欠のガキたちでは持久力が違いすぎたのだ。早々に出鼻をくじかれ、ヤギ頭が苛立たしげにセルロース片を吐き捨てる。
「ちっ……やっぱBAKUHUの連中はそれなりにやるな……! 兄弟!」
「委細承知」
相棒の声を聞き届け、黒い犬人間が混迷極める戦禍の中へと流水の動きで到達──カタナの鯉口を左手で「クンッ」と押し上げ、抜刀一閃──餓鬼ごとメガサムライをまとめてなぎ払う。血煙と、濃い酒気と臭気が混ざり合って立ち込める。
一瞬にして納刀した後、敵味方がバタバタと崩れ落ちる。更には斬られていないものまでもが濃密なアルコールに酩酊し、さらには独特の匂いを持つ有機溶剤──トルエンによって脳髄をほぐされへべれけになって地に伏せる。それらは全て、犬男の持つカタナから発散していた。
「仏滅法具──『般若刀』。とっくりと酔生夢死を味わうがよい」
出来上がったメガサムライと餓鬼共は、夢心地の中でくたばっていく。導くはずの餓鬼達が往生しようと、イヌーは一切振り返らない。死もまた救いであるからだ。後に彼らはぬくもりのあるゲル状となって、どこかの誰かを救うだろう。
犬男が最前線に躍り出て、敵も味方も軒並みへべれけになっていく──その有り様をまざまざと見て、ボブ宗重は頭をかきむしる。ドレッド髷が乱れるが、気にしている余裕は無い。
「まずいぞ……実にまずい……! 意次! 何か手はないか!?」
しかしフリードリヒ意次はにべもない。
「お忘れですか、殿? あやつら二人が先月もこうして無心に来て、誰にも止められませなんだのを」
「それはわかっておる! その時散々年貢をくれてやったではないか! 肉も! 米も! 紙も! それでもなおあやつらは足りぬと申すか!?」
「……それが寺院の──『法師』の命であるかぎりは」
いかなヒトカタシロとはいえ、やはりサイボーグである。情緒を交えぬそのしゃべりにボブのいらだちが募る。つい地金のB-BOYが顔を出す。振り向きざま意次を殴り飛ばし、一息にまくしたてた。
「You! 諦めダメだぜ覚悟を決めな! A-ha 釈尊出せば逆転できるぜ Hurry up用意鎮めろ一揆、徹底抗戦これは厳命守れよ命令!」
一息に切り札の投入を下知するが、意次はなおも首を左右に振った。
「……釈尊は、デス水堀の敷設代として売り払ったではありませぬか」
そうだった──無限に餓える餓鬼達への対策として開発したソイレントファクトリーシステム──通称デス水掘の設置費用がどうしても足りず、虎の子の戦闘兵器は既に解体して売り払ってしまったのだ。
途端にボブ宗重は勢いをなくし、リリックが止まる──その瞬間が、命取り。
爆発──アイアン天守閣の一角が突然に引き裂かれ、爆発的な粉塵が二人を襲う。
咳き込み、涙目になりながらも立ち上がれば、そこには白い偶蹄目──ヤギィが得物を手にクチャクチャとやっている。
「取り込み中悪ィが……先月ぶりの寄付の時間だ、ニンゲン様よォ」
袈裟の中に手を突っ込み、再び懐紙を放り込みながも、重圧をかけて二人に詰め寄る。
二人は──正確には一人と一体は、身を寄せ合うようにして震えた。サイボーグですら恐れさせる、野生の恐ろしさである。
青黒い将軍が意を決して叫ぶ。
「それは無理だぜGet a way 畜生 どこも苦しい懐事情!」
「あぁ!? 何言ってんだよ殿様よォ。知ってんだぜ、本丸の裏で家庭菜園始めたのはよぉ」
「Why それを どこで聞いた 壁に耳あり障子のMary? それReally? マジ手打ちする手加減しないぜ Come on意次 モノドモCheck it out!」
とっておきの自給自足の情報が、どこかで漏れている──動揺したボブ宗重は錯乱ライムで問い詰める。
しかしヤギ男は意にも介さず、いともあっさりと答えを告げた。
「……そいつだ。そこのサイボーグ老中」
彼もまた、既にボブ宗重を見限っていた──哀が空から落ちてきたような衝撃で、ボブ宗重は動けない。動くことが出来ない。サイボーグ老中はもはやこれまでと、元主君にのしかかった。そのまま首をグイグイと締める。
不意打ちかつサイボーグの腕力に将軍はなすすべもない。手を伸ばし、意次の自爆スイッチに手を伸ばす──が、届かない。弱点の髷を意次はがっちりガードし、また巧みなポジショニングでこれを逃れた。薄れ行く意識。もはやこれまでか──辞世のラップを脳裏に描いたその時だ。
意次の頭部──イモータルオーク材などとは比較にならない、パーフェクト超合金の頭部が真っ二つに避けた。ボブ宗重は死に際の集中力で、その一部始終を見届ける。
斧、であった。
同時にそれは、鋸でもあった。肉厚すぎる刃はギザギザとしており、すさまじい振動を起こしている。
それをふるう男の腕は逞しく、そして体毛に覆われていた。薄汚れた白。五本の指。その手が前後左右細かく振動しながら、意次の頭を引き裂いているのだ。
仏滅法具『仏法SAW』──斧にしてノコギリという制作意図不明の凶器が、裏切りの鋼鉄を断罪する。
装甲が火花を散らして割れていき、バイオトロロ脳髄が飛び散る。眼球が圧迫されてスポンと飛び出ていった。
それが、ニンゲンの将軍ボブ宗重の竹馬の友の最後であった。
◆
「大丈夫かい? 殿様」
咳き込み、涙ながらに起き上がるボブ宗重。そのすぐ側で、斧で肩を叩きほぐしながらヤギ男が余裕の笑みを浮かべている。
気安く無礼な態度に、しかし怒る気もしない──立て続けの出来事に、心がついていかないのだ。
敵である筈のヤギ人間の優しさがしみる。絆されそうな自分が嫌だった。思うままの言葉が勝手に口から滑り落ちる。
「意次は……余の忠臣だった。そのはずだ。それがなぜ……」
「まぁ……こんな時代だ。心変わりってこともあらァな。サイボーグだって脳みそは人だろ?」
「それは……そうだが……」
フリードリヒ意次との思い出は未だ綺麗なまま──文机を隣り合って学んだ少年時代。競い合った剣術の鍛錬。妻の出会いと、彼を含めた三角関係。そして彼と妻との閨での刺激的な夜。
めくるめく記憶こそがボブ宗重を大いに打ちのめした。とめどなく涙があふれる。天下の将軍が男泣きに泣く様を、ヤギィはしばし黙って見守った。やがて、10分ほどもして落ち着きを取り戻す。
「可哀想によ。さすがの俺も心が痛むぜ……。なぁ大将、一つ提案があるんだが」
ヤギィはボブ宗重の肩をポンポンと叩き(よく見れば爪が蹄になっていた)、親しげに肩を組んで声を潜める。
「種籾と……そうだな。紙だ。紙をよこせ。コピー用紙でも何でもいい。そいつがありゃあ、多少は融通してやってもいいぜ?」
赤いつぶらな瞳に嘘の色は見えなかった。というよりわからなかった。彼の顔がヤギだったからだ。
「I'm了承 全て納得 これにて終了 なんとかBAKUHUは滅亡回避 Stop the No Government 余の英断 せめてRespect……Please Please Please……」
「あぁ、わかってる。殿様は立派な仕事をしてるよ。功徳も積めて来世は安泰ってもんさ。……一ついいニュースだ。今年の寄付はこれで終わり。来月からは別の所を──絞る」
ヤギィは自らの腹のあたりにある乳首をしごくジェスチャーをすると、大きく開いた天守閣の穴から相棒のイヌーに合図を送る。
既に自らの魔剣でグダグダになっていたイヌーは、くたばったメガサムライの手をソイレントゲルのソースに浸して肴にしていた。人工とはいえ貴重な肉である。餓鬼達も呼び止め、勝利を共に祝い合う。先刻の堅苦しい様子は微塵もなかった。
ヤギィはやれやれと嘆息すると、もう一度ボブ宗重を振り返る。
「じゃあな、殿様。また来年まで生きていろよ」
「……ああ、生きるさ。生きてやるとも。来年こそ、負けぬ」
ヤギィはボブ宗重の言葉に「ンメェェエエ」と一声、鳴いた。それは敗れてなお這い上がる男への敬意であり、再会を誓う約束でもあった。
そのまま無言で飛び降りる──難なく着地。さすがは高所で暮らすヤギとのハーフである。彼は相棒のイヌーのケツを蹴り上げ、餓鬼達を指導して城内から種籾や干し肉、干し魚を運び出す。その量は絶妙だった。
彼らBAKUHUのニンゲンが一年の間、なんとか三食食べられる量だけを残していた。ヤギィの言う通り、手心が加えられた結果だろう。それでも悲しいことには違いなかった。
『赤い寺院』──カンボジア本願寺。先代の頃からBAKUHUや藩に楯突く『救世の集団』。ボブ宗重もその名と風聞は聞いてはいたが、将軍になるまで彼らと直接対峙することは殆どなかった。
父の死とともに跡をつぎ、ガダルカナル江戸城へと帰還してからは彼らとの激戦の日々──『釈尊』を用いてさえほぼ互角。
まさか、これほどまでに強力な組織だとは思っていなかった。そしていよいよ今回で完敗である。彼らの操る因業力と誘流エニグマ武術は得体が知れない。
このままでは、来年も蹂躙されるだろう。がっくりと膝を落とし、ボブ宗重は屈辱を噛みしめる。彼方では搬出が終わった餓鬼達が、土壁やメガサムライを喰らう様子が丸見えである。
天守閣に立ち込めるヤギ臭さと、いつしかここまで漂ってきたトルエンとアルコールの混合臭を浴びながら、ボブ宗重は呟いた。
「……畜生め」
必ず、立ち直ってみせる。再び天下を治めてみせる。ニンゲンも餓鬼も、全て余のもとにひれ伏せさせる。それまでにかならず、美味しいお米を作ってみせる──二の丸にある水田は、未だ彼らに知られては居ない。だから彼はまだ、BAKUHUは終わっていない。
それでもボブ宗重は、叫ばずに入られなかったのだ。地に、空に。この世の全てに。
「チックショォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーッ!!」