Nevada Briefing part.1
タマーモの先導で二人が訪れた先は、主にネバダ土産を商う雑貨屋だった。
『惨壊堂』と看板が掲げられたそこは、夕方だというのに既に閉店している。すぐ側には古びた大型の釈尊が一体、砂漠の夕日と砂塵を浴びながらうっそりと鎮座していた。それを横目に裏口から足を踏み入れた途端、甲高い怒声が響く。
「おせぇぞ、タマーモ! 応援のクソッタレ共はお越しくださったのか? えぇ!?」
「囀らないで。無事に落ち合えたって連絡したでしょう」
一体何ごとかと訝しみながら覗きこむイヌーとヤギィ。店内の様子を見て唖然とする。そこは土産物とは名ばかりで、無数の武器が陳列された火薬庫同然の有り様だった。
半ば呆れながら奥へ入ると、檻の奥には雌狐の他に畜生が二人。苛立たしげに飛び回る雀畜生と、バナナ片手にコンソールを叩く狒々畜生。
「紹介するわ。まず手前の彼はペーチュン。主に物資調達や交渉の担当」
「やぁ、ペーチュン」「悪いな、遅くなった」──二人の挨拶。だが鳥畜生は忌々しげに舌打ち一つ、そっぽを向いて毛づくろいする。
タマーモはそれ以上取り合わず、奥で背を丸めているもう一人を指し示す。
「奥の彼がチンパ。情報戦と法具の整備をやってくれてる。釈尊を作る仏師でもあるわ」
「……よろしく」
チンパは一度頭を下げると、再び背を丸めて作業を再開した。無口な畜生であるらしい。
何やら微妙な空気になりつつある中、一人タマーモだけが朗らだ。
「それからリーダーの私と、あなた方もご存知のスネーク。以上四人がフアレスの畜生僧兵ユニット──チーム『N.U.E』よ。二人とも、改めて協力に感謝を」
「いいって事よ。畜生同士助け合いは必要だぜ」
蕩けるような牝畜の笑みにヤギィがだらしなくヤニ下がっていると、再び矮躯の鳥畜生が吐き捨てた。
「へっ……助けあいね。どうせそこの牝と乳繰り合いてェだけだろ」
ここでとうとう、ヤギィの畜生袋の緒が切れた。咄嗟に角を抑えようとするイヌーを振り切り、ペーチュンの羽毛を掴んで寄せる。
「さっきからピーチクパーチク……何なんだよテメェは。言いたい事ははっきり言え」
しかしペーチュンも負けては居ない。その嘴で偶蹄目の体毛をむしりまくってその手を逃れ、両者至近距離で睨み合う。
「なら言わせてもらうぜ、ローカルの畜生共。お前らが遊び呆けてる間に、俺様が稼いだ時間の半分がパーだ! 4日間も一体どこほっつき歩いてやがった? 大方ケツまくる準備でもしてたんじゃねーのか?」
「トラブルがあったんだよ! これから働いて返しゃいいだろ!?」
「どうだかな! あのスネークがトチるようなヤマだ。テメェらが本当にどうにかできんのか?」
「自分のケツも拭けねえクソ畜生がよく言うぜ。いいからとっとと情報を吐きやがれ。その舌ちょん切られてーのか?」
「おぉ、面白ェ。ならこっちはその皮なめしてやんよ」
一触即発──畜生同士が因業力を燃やして睨み合う。転瞬、ペーチュンが羽ばたき鋭く滑空、迫る嘴と爪をヤギィは角で弾き返す。お返しに繰り出した蹄は尾翼をかすめ、かすかに羽毛を撒き散らす。刹那の交錯──再び両者睨み合い。
しかしペーチュンの体がにわかにグラつき、数歩たたらを踏んでそれを堪えた。ヤギィの方は蹄に引っかかった羽毛を咀嚼し、余裕たっぷり。
「トロいな雀。鷹畜生のカトーに比べりゃ、あんまり遅くて欠伸が出るぜ」
「言ってろ山羊畜生!」
再び羽ばたいたペーチュンは、今度はまっすぐ向かわず頭上を飛翔──あざ笑うかのように旋回。一瞬の虚を突いて、苛立つ偶蹄の角にほんの一瞬降り立った。すぐさま離陸。後に残された白いもの──それが糞だと気づいた時には、ヤギィの怒りは頂点を迎えた。
「……ッの野郎!!」
「チュンチュンッ……! 大したことねェな、畜生僧兵!」
口汚く罵り合いながら、逃げるペーチュン追うヤギィ。たちまち店内が荒れていく。その様子を眺めながら、イヌーはうんざりと般若刀へと手を伸ばす──調教の足りない若造どもめ。
気取られぬよう鯉口を切ろうとしたその矢先、それより早く動いたものが居る。N.U.Eのリーダー、タマーモだ。野生にかえって荒れ狂う二人の間に素早く飛び込みむや、照明が陰るほどに伸びた金毛九尾が閃いた。たちまちペーチュンの足とヤギィの蹄を絡めとり、鋭く一喝。
「二人共、みっともないからやめなさい。盛りのプッシー知らずじゃあるまいし」
思いもかけない毒舌に、ヤギィはおろかペーチュンまでもが鼻白む。大した迫力。イヌーの雑感──さすがはスネークの上司だけのことは在る。
「忘れてるようだから思い出させてあげる。いい? 私達は所詮、ニンゲンに飼われた畜生よ。任務こそが最優先、失敗すれば良くて動物園、屠殺場送りが当たり前。それが嫌なら、きちんと協力しあってちょうだい」
理路整然とやり込められ、二人はしぶしぶ矛を収める。するとタマーモはにっこり微笑み、ようやく二人の縛めをとく。惨憺たる有り様の店内を優雅に歩き、彼らの正面に陣取った。
「話を本題へ戻すわ。……延暦寺の状況と、私達の任務について」
雌狐が奥のチンパに視線を送る。狒々畜生はうなずき、手元のコンソールをせわしなく叩いた。すると照明が落ち、天井からスクリーンが出現。彼の手元のラップトップと連動して、スクリーンに画像が映し出される。
「ちょっと長くなるけど、しっかり頭に叩き込んで頂戴。質問や意見はその後で」
タマーモの合図で流れだした映像は、グアジャナ比叡山を鳥瞰する複数枚の写真だった。
フアレス所有の無人偵察機『ピーピング・トム』から撮影されたその写真には、各藩から密輸入した対人・対畜兵器がずらりと並ぶ。まるでBAKUHU成立以前、SENGOKU時代の山城のような有り様。
続いて、スネークが撮影したと思しき地上からの写真と、事前に入手した地図がスクリーン上に映し出される。タマーモの補足が続く。
「境内の様子も異様ね。特にここ──警戒が厳しすぎる」
そう言って指し示した一角は、一見何の変哲もないただの中門──地図上では奥地にある舎利殿へと続くとされるそこは、新たに建造された鐘楼の上で信者がたえず目を凝らし、門柱につないだ天狗が長い鼻をそよがせている。
出稼ぎに来たであろうラブドール達は来る侵入者に備えてハニートラップをばら撒きながら、折を見て手すきの信者の相手をしていた。
「私達はこの奥が怪しいと当たりをつけ、入門希望者としてスネークを送り込んだ。それが一週間前。その後行方をくらますのと前後して、彼はこの隠れ家宛にある荷物を送り付けてきている」
タマーモが指を打ち鳴らすと、チンパがカウンターの奥から荷物を取り出し、二人の間に滑らせた。配達日付は3日前。荷物は一見、ただの古ぼけた餌箱だったが、よく見れば底が二重になっていた。偽装を取り払い、その中身を見て二人は凝然と目をむいた。
中から出てきたのは、抹香臭い小箱に薬瓶。それから数枚に及ぶレポートと写真の束。ヤギィはこのうち小箱を手に取り、中に収まった品物をつまんで、しげしげと見つめる。
「線香……か?」
「正解。巷では『喰苦』と呼ばれてる代物よ。そっちの薬瓶は原料の『枯華飲』ね。いっとくけど、間違っても火はつけないで。……癖になるから」
「……そのようだな。これを見ろ、ヤギィ」
隣で写真の束を眺めていたイヌーが、写真の束を相棒へ放って寄越す。そこには喰苦を愛飲していると思しきニンゲン・餓鬼・畜生を問わず、様々な生類が写っている。その尽くが陶酔しきった目つきをして、法悦の彼方に意識をかすませていた。
また別の写真では、喰苦欲しさに畜生相手に跪くニンゲンや、仲間内で奪い合う餓鬼達の姿、また喰苦と引き換えに入信を迫る信者と思しき姿があった。よくぞここまで調べたものだと感心する。
「喰苦を分析にかけて判明した事実がいくつか。1.ニンゲン・餓鬼・畜生問わず効果があり 2.吸引後強烈な多幸感と覚醒作用をもたらし 3.依存性が強く、一度味わってしまえば二度と手放すことが出来ない。……延暦寺の信者拡大には、この喰苦が絡んでるのは間違いない」
「つまりスネークは当たりを引いて──」
「敵に気づかれ、消息を絶った……という訳か」
得心のいった二人は、改めて証拠品に目をやった。
当代随一の斥候が、文字通り命がけで望み、そしてついには帰還し得なかった仕事──その代価としてはあまりにささやかな代物。だがこれで、信者の獲得手段は判明したことになる。
「……私達はこれを提出後、任務からの撤退と外交ルートでのスネークの救助を申請したわ。でも答えはノー。フアレスは、そちらと違ってまだまだ基盤が弱い。延暦寺を放置すれば信者をNTRれると焦っているのね。そこで上層部は、『赤い寺院』に応援を打診。あなた達が派遣される手筈になった」
タマーモはそこで一旦言葉を切り、みたびチンパに合図を出す──彼女の手元へ一通の封筒が滑りこむ。
「昨日届いた、本願寺からの追加の命令書よ。そちらとウチの法師の署名入り。読みあげるから、覚悟して聞いて頂戴」
「わん」「メェ」
イヌーとヤギィは、遠く離れた今となってはもう懐かしい上司の脂っこくギラつく後光を思い出す──だめだ、やはり殴りたくなる。その怒りを任務の糧へと変えて畜生僧兵は背筋を伸ばす。
「本願寺よりユニット『N.U.E』へ。応援の畜生僧兵ともに、確実に任務を遂行せよ。1.喰苦の製造施設の捜索、および破壊。2.我々が関わった形跡の抹消。3.延暦寺の幹部を発見し、暗殺。 なおこれらを達成し得ぬ場合、任務放棄とみなし厳重に処罰する──以上」
無言──刺すような沈黙。だがそれも一瞬のこと。死刑同然の無理難題に理解がおよび、助っ人二人は騒然となった。
「Hey、ちょっと待て。暗殺? 暗殺つったか今?」
「法師達は正気か? そりゃちょっと荷が重すぎるわい」
「ええ、わかってる。でもまずこっちの話を──」
畜生二人が目の色を変え、咄嗟にタマーモに詰め寄ったその時だ。
──ピンポーン。
無機質なインターホンが、煮えかけた空気を一瞬のうちに冷ました。
チンパがすかさず監視カメラの映像をチェック──ごくごく普通の配達員。制帽を目深に被り、表情は見えない。
「惨壊堂さん、おるかー? おるなー? ほなココ置いとくさかい、受け取ってなー」
なんとも雑過ぎる仕事で引き返す配達員。残された荷物が砂塵にまみれて転がっている。
「ペーチュン?」──怪訝に眉をひそめる女ボス。補給担当の彼がなにか頼んだのだろうか。
「俺は知らねぇ。またチンパが無断でバナナ買ったんじゃねえのか?」
「……ともかく受け取って来て。まだ話の途中なのよ」
リーダーに命じられ、仕方なくペーチュンは表の方へ羽ばたいていく。
程なく戻ってきた彼の羽には、やや大きめの小包が一つ。イヌーが鼻で爆発物ではないことを確認してから開封。全員でその中身を覗きこむ。古めかしいVHSと、それからもう一つ。
「おい……なんだよコレ……」
ヤギィが手に持ち広げたモノ──パッと見それは、シーツか何かのようだった。ヤギィとほぼ同等の大きさの巨大な格子模様のそれは、すっかりと表面が渇ききり、力を込めるとパリパリと音を立てて破れかける。
引き裂いてしまわぬよう慎重にテーブルに広げたそれが、『抜け殻』であることに気づいた時──一同は先にもまして凍りついた。




