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過酷の星にて

 畜生僧兵 イヌー&ヤギィ




 徳川ネオニューギニアBAKUHUの若き将軍、徳川・ボブ・宗重72世は、自らの城ガダルカナル江戸城に波濤のように押し寄せ、怨嗟の声を上げる民衆たちをアイアン天守閣から心底うんざりしつつ見下ろしていた。

 傍らには昵懇のサイボーグ老中、田沼・フリードリヒ・意次(おきつぐ)が渋面を作って控えている。


「殿、一揆でございます」


 それはわかっている。

 ここ、煉獄惑星『テラヘルアース』での人々の暮らしはいつだって混沌だ。各地の石高を十分に精査した上で年貢を取り立てているはずなのに、民は毎年必ず飢える。彼らは貯蓄を知らないからだ。

 配給のソイレント缶をいくらばら撒いても彼らは皆、その場しのぎで貪り食うばかりで『大事に食べよう』という概念がない。

 その癖、餓えれば『お上が何とかしてくれる』と思い込んですぐにこうして押し寄せる。


 今年に入って22度目の一揆──今回訪れたのは、再生ホーチミン掛川藩の民達だ。わざわざペットボトル筏の船団を組んでの大遠征。ご苦労なことだが、ねぎらうための物がない。大奥に残る将軍家と、数少ないニンゲンの家臣の為の一年分の糧秣しかここにはないのだ。


『ギブミィチョコレェトじゃぁッ』──餓えに餓えた餓鬼どもが怪気炎を上げて、かたく閉ざされた城門をしたたかに打つ。壮絶に放たれた思いの丈だった。宗重と意次の胸が張り裂けんばかりに痛む。

 だが当然の話だがここはネオニューギニアであり、チョコレートなどない。ひょっとして、新生ガーナと勘違いしているのではないだろうか? 彼らは頭が悪いから。


 業を煮やした城門前の餓鬼達が、突然に拳を振り上げ叩きつけた。されどインモータルオーク材をふんだんに使った城門はやはりビクリともしない。

『ポキリ』と安っぽく乾いた音がこだまする──生半なことでは燃やすことも断ち切ることも叶わぬ不滅の材木が、彼の腕をへし折ったのだ。しかしそれでも、門は開けない。

 開けても、くれてやるものなど何もないのだ。



 ◆



 ──ここ、煉獄惑星テラヘルアースでの暮らしはいつだって混沌だ。

 今や人類──『ニンゲン』はごくごく少数の民族に過ぎず、彼らに変わって最大版図を誇るのは眼前に雲霞の如く押し寄せる『餓鬼』達だ。

 彼らも元はといえばニンゲンであり、中にはボブ宗重の顔見知りも少なからず混ざっていることであろう。ひょっとしたら、父や祖父さえも──しかし今や彼らは、喰らえども満たされることの叶わぬ者達だ。

 同時に、彼やBAKUHUが救うべき民でもある。



 人類がこの星に移民した当初、彼らは存在しなかった。通常の手順に従いテラフォーミングを済ませ、国家が出来、当然のごとく戦争が起き──ある日突然に、本当に突然に現れた。

 おそらくは地獄も定員オーバーなのだ。煉獄であるはずのこの星も、大至急拡張工事の真っ最中といった有り様だった。


 再び意次が口を開く。バリトンの、無闇にいい声だ。少しイラッとする。


「如何なされますか?」


 それは決断を促す声だった。その癖答えは一つしかありえない。繰り返し命じてきたことを、宗重は非情を持って行った。


「御膳奉行に伝達──超電動式デス水堀解放、洗浄後加工準備。ソイレントにしてばら撒け」


 困窮に喘ぐ民達に食わせるものがないのなら、為政者としてできることは作ることだけだ。ただし──原料は、支払ってもらう。

 下知はフリードリヒ意次のニューロンネットワークから速やかに伝達され、御膳奉行『汚握(おにぎ)りくん』が稼働を開始。

 骨さえ溶かしつつ栄養の偏りをなくすようプログラミングされたナノマシン水堀の蓋が突如開く。それ即ち──彼らの足元。城門はおろか、かなり手前で気勢を上げていた餓鬼達までが真っ逆さまに落ちる。

 電気的に命令をくだされナノマシンが活性化──瞬く間に彼らを栄養価満点の肌色ゲル状食品へと変えていく。

 いっそ清々しいほどに振りまかれた人工香料が彼らの残骸にフルーティなフレーバーを与える。しかし味はその限りではない。それでよいのだ。彼らはとにかく、腹が減っている。

 浅ましくも彼らはできたてホヤホヤの餌を貪らんと飛び込み、自らがご飯へと変貌していく。せめておみやげ用を待てないのか。


 悼む心を押し隠し、宗重はその一部始終を見守り続ける。残された数少ないニンゲンとして、行く末を見届けるのが義務だと思った。

 断末魔の絶叫が聞こえる──「ゲルはいやじゃあッ」「せめて肉がええんじゃあッ」「犬でもええんじゃあッ」「犬は赤がうまいんじゃあッ」。


 なるほど、最後の彼はグルメな餓鬼だったのだろう。がしかし、既にこのガ島に犬はおろか鼠一匹とて居ない。居ないのだ。


 ──その筈、だった。




 ◆





「諸行無常」


 餓鬼達の群れの中で、凛とした声が響いた。特に意味は無い。かっこいいのでつぶやいた、そんな響きだった。

 声の主はすぐにわかった。頭二つも三つも高い、フード付きのマントを羽織った二人組だった。餓鬼達の只中にあって、ひときわ目立つ偉丈夫二人。

 二人共に、ボロで包まれた何かを手に握りしめている。熱帯気候と人いきれで地獄のような蒸し暑さの中、されど颯爽と餓鬼共を蹴散らしながら進んでいく。


「救いを求める衆生を追い返すばかりか、共食いさせるその有り様。何度(ただ)したところで、微塵も懲りぬ様子であるな」


 届くはずのない諫言を、しかし言わずにいられない様子であった。フードの下では、ハッハッと荒く息を付いている。暑さに参っているのか、それとも昂ぶっているのか──どちらにせよ、酷く生臭い。

 もう片割れは押し黙ったまま──否、ひたすらに何かを噛んでいる。クッチャクッチャと粘り気のある音が規則正しく響く。たまに飲み込んでは、(おくび)とともにまた噛んでいた──反芻、だろうか。


 彼らは遥か頭上のアイアン天守を見据えながら、ゲル待ちの餓鬼共を押しやり、踏み潰し、ズンズン前に進んでいく。やがて彫りを挟んで、難攻不落の城門の前へと至る。

 そこで初めて、クチャラーの方が口を開いた。器用なことに噛み続けたままに毒づく。


「これだから、ニンゲンって奴は救えねえ。地獄を作ってるのはあいつらだぜ」


 並び立つ相棒が、むっとして隣を睨む。


「めったなことを申すな。ニンゲンは──我らが仕える主だ」

「『法師』なら、だ。そうでないニンゲンなど知ったこっちゃねぇ」


 そこでクチャラーは噛むのをやめて、オーバーな身振り手振りで熱く語った。


「お上を名乗るなら、せめて腹いっぱい食わせるべきだと俺ァ思うね。基本、こいつらに好き嫌い(・・・・)はねえ。とにかく必要なのは量だ。とことん用意してたらふく食わせろ。肉でも魚でも草でも、それこそクソ(・・)でもよ。何でもいいんだ。出来ねえなら看板下げな……ってこれ言うの何回目だっけかな、兄弟」

「毎日五回は聞いているよ、兄弟。かつてのスペースフイフイ教も真っ青の律儀ぶりよ」

「あいつらは傑作だったな。アレ食うなこれ食うな、決まった時間に拝んで感謝しろとかよ」

「人の信仰を嗤うな。貴様は野生が強すぎる」


 窘められたクチャラーはフンと鼻を一つ鳴らし、再び正面に向き直った。小癪なことだが、口と頭では相棒には敵わない。

 今までクチャっていた物を胃袋に収め、自らを包むフードとマントに手を掛ける。


「なんにせよ、だ──そろそろジョブをこなすかね」

「左様。天誅の時間である」


 果たして正体は暴かれた──破れ袈裟に壮健たる体躯。鍛えあげられた筋肉の上に張り付かせた体毛──白と黒。手に持つボロを引き裂けば、現れるのはカタナと斧。それより何より、一層目を引くのはその顔だった。


 黒の体毛──眼窩いっぱいに広がる黒目/ペタンと垂れた耳/長く伸びた鼻口/半笑いのように開いた口から溢れる無数の犬歯/べろりとはみ出た薄桃色の舌/どう見ても犬。

 白の体毛──同じく眼窩いっぱいの赤目/ピコピコと前後に揺れる耳/くちゃくちゃと蠢き続けるY字の鼻口/天を衝かんばかりに勇壮な、捻くれた双角/ヤギ以外にありえない。


 渇きの島の民衆の前に、恐るべき生類が()く。


「……わんわんお」

「──ンメェェエエエエエ」


 








 ──いっそ牧歌的ですらあるファンシーな声は、餓えと渇きの嘆きを貫いてここ、アイアン天守閣にまではっきりと届く。

 フリードリヒ意次は確かに見た──濃い褐色の主の顔色が真っ青に変わり、ドレッド髷がストパーをかけたようにサラサラになるのを。腰を抜かした主が、なおも彼らを指さしながら悲痛に叫ぶ。


「ち……ちち……畜生僧兵!!」



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