りゅうの さいごの ものがたり
むかあし、むかし。
あるところに
とてもりっぱな りゅうが いました。
つんつん とがった つのと
ほのおをふく おおきな くちと
ぴかぴか ひかる うろこを もった
おおきな おおきな
りゅうが いました。
りゅうは たかく けわしい やまのなかに すんでいて
ふかい どうくつの なかで ねむり
つめたい いずみで およいだり
くものうえを つばさで とんだり
たまに まよいこむ にんげんを たべてしまったりして
ずっと ひとりで くらしていました。
そんな あるひのことです。
いつもの そらの さんぽから かえってくると
りゅうは じぶんの すの すぐそばで
ちいさなちいさな にんげんの おとこのこを みつけました。
りゅうが つばさを ひろげて まいおりると
おとこのこは がらすのような ひとみで
じいっと りゅうを みつめました。
「わたしが こわくないのかい おちびちゃん」
りゅうが おそろしげな こえで そういっても
おとこのこは こたえませんでした。
「つので ついて くしざしに してしまおうか」
おとこのこは こたえませんでした。
「それとも ほのおを ふいて もやしてしまおうか」
おとこのこは こたえませんでした。
「いやいや そのちいさなからだを まるのみにしてしまおうか」
りゅうが おおきな くちを ひらいて そういうと
「そうしてください」
おとこのこは はじめて いいました。
「なんだって?」
りゅうは びっくりしました。
いままであった にんげんが いうことと いったら
「たすけて」
「たべないで」
「しにたくない」
そんなことばかり。
なのに おとこのこは たべてくれと いうのです。
「ぼくは おやに すてられたのです」
おとこのこは いいました。
「ぼくには おやも おかねも たべものも ありません。
どうせ しんでしまうなら だれかの たべものに なりたいのです」
おとこのこの ことばに りゅうは「ふうむ」と うなりました。
「でもねえ おちびちゃん。
たべてくれと いったって、
おまえさんは そんなに
ちっぽけ じゃあないか」
おとこのこの からだは
せもひくく がりがりで
ちっとも おいしくなさそうでした。
「だめですか」
おとこのこは かなしそうに いいました。
「わたしは こうみえて たべものには うるさいんだ。
おまえみたいな まずそうなものは たべられないよ」
りゅうは わざと いじわるに そういいました。
しかし それは うそでした。
りゅうは この かわった おとこのこと
もうすこし おはなしが してみたくなったのです。
「じゃあ こうしよう」
こまってしまった おとこのこに
りゅうは いいました。
「わたしは おまえに たべものを あげよう。
そうして おおきくなったら
おまえは わたしの たべものになるんだ」
「わかりました」
おとこのこは うれしそうに いいました。
そのひから おとこのこは
りゅうと いっしょに くらすように なりました。
りゅうの たべない きのみや
ちいさな とり
いけの さかなを たべて
やせっぽちだった おとこのこは
ぐんぐんと おおきくなりました。
そんな おとこのこに りゅうは
いろんな はなしを しました。
いくつもの くにを しはいした
いだいな おうさまの はなし。
ひとの しょうじょと とかげびとの
かなしい こいの ものがたり。
そして りゅうの しんぞうを たべて
ふじみになった ゆうしゃの しんわ。
りゅうは まいにち まいばん
いくつもの おはなしを かたり
そのたびに おとこのこは
すこしずつ すこしずつ
おおきく なっていきました。
そうして やがて おとこのこは りっぱな
せいねんへと せいちょうし
あるひ りゅうに いいました。
「やくそくの ひが きました」
りゅうは びっくりして いいました。
「やくそく だって?」
「ぼくは たぶん これいじょう、
おおきく なれないでしょう。
だから ぼくを たべてください」
そんなことは とてもできませんでした。
いっしょに くらすうちに りゅうは すっかり
おとこのこの ことが すきに なってしまっていたのです。
「もう おまえには うんざりだ」
りゅうは おこった こえで いいました。
「どれだけ たっても やせっぽちで
すじばって ちっとも おいしそうにならない。
おまえなんか たべられるものか。
このやまから でていってしまえ!」
それでも おとこのこは なきながら
ぼくを たべてくださいと いいました。
でも なんどいっても りゅうは ききいれず
おとこのこは なきながら やまを おりました。
やまを おりた おとこのこは
にんげんの まちに いくと
これから どうしていいか
とほうに くれて しまいました。
せいねんには おかねも
いくところも ありません。
しかたなく もりを あるいていると
せいねんは おおきな ばしゃが
おおかみに おそわれているのを みつけました。
せいねんが ひっしに おおかみを おいはらうと
ばしゃの なかには とても きれいな
おひめさまが のっていました。
「たすけてくれて ありがとう。
あなたは いのちの おんじんです。
なにか おれいに できることは ありませんか?」
なんてきれいな ひとだろう。
おひめさまをみて せいねんは そうおもいました。
「では ぼくに あなたを まもらせてください」
せいねんは そういいました。
そうして せいねんは
おしろの きしに なりました。
りゅうのやまで あそびまわっていた せいねんは
だれよりも はやくはしり
だれよりも ちからもちで
だれよりも たくさんの
ものがたりを しっていました。
せいねんは みるみるうちに みとめられ やがて
くにいちばんの きしと よばれるようになりました。
そんな あるひの ことです。
おしろの おひめさまが びょうきに
かかって たおれてしまいました。
おうさまは たくさんの いしゃを よびましたが
どんな いしゃも そうりょも まほうつかいも
おひめさまの びょうきを なおすことは
できませんでした。
そこで せいねんに こえが かかりました。
たくさんの ものがたりを しっている せいねんなら
びょうきをなおす ほうほうも しっているだろう。
おうさまは なんども なんども
せいねんに そうたずねました。
せいねんは とうとう こんまけして
おうさまに おしえてしまいました。
「りゅうの しんぞうを たべさせれば
どんなびょうきも なおるでしょう」
おうさまは さっそく りゅうのやまに
ぐんたいを おくりました。
けれども かえってきたのは
よろいと けんの ざんがいばかり。
おうは くにいちばんの きしとなった せいねんに
りゅうの しんぞうを もちかえってこいと
めいじました。
せいねんは いやがりましたが
おうさまの めいれいは ことわれませんでした。
せいねんは やりと よろいを つけて
たったひとりで りゅうのやまへと
むかいました。
「にんげんめ こりずに またきたか」
りゅうは かみなりのような こえで
そう さけびました。
「そのからだを つので くしざしに してやろうか」
りゅうは いいました。
「それとも ほのおで まるやきに してやろうか」
りゅうは いいました。
「いやいや そのからだを」
「まるのみにしてください」
りゅうの ことばを さえぎって
せいねんは そういうと
かぶとを ぬいで
りゅうに かおを みせました。
りゅうは びっくりして
おもわず きのう たべた きしを
はきだして しまうところでした。
「やくそくを はたしに きました」
せいねんは いいました。
「ぼくは びょうきになった おひめさまの ために
あなたの しんぞうを とってこいと
おうさまに いわれて やってきました」
せいねんは いいました。
「でも そんなことは とてもできません。だから」
せいねんは いいました。
「ぼくを たべてください。おかあさん」
おとこのこは そういいました。
「そんなこと できるわけが ないだろう!」
りゅうは さけびました。
「ぼくは かたいからですか?」
せいねんは よろいを ぬぎました。
「そうじゃない」
「ぼくは すじばっているからですか?」
せいねんは やりを すてました。
「そうじゃない」
「ぼくは まずいからですか?」
「そうじゃない」
りゅうは おおきく くびをふって なきました。
「わがこを たべる おやが いるものか」
りゅうは そういって むねの うろこを
するどい つめで きりさくと
どくどくと みゃくうつ しんぞうを
せいねんに さしだしました。
「さあ。もっておゆき」
ははおやは いいました。
「そして しあわせに なるんだよ」
そうして せいねんは りゅうのしんぞうを もちかえり
くすりをつくって おひめさまに のませました。
みるみるうちに おひめさまの びょうきは よくなって
おうさまは おおよろこびで いいました。
「おまえは ひめの おんじんだ。
ぜひとも むすめを きさきにして
つぎの おうに なってくれ!」
そして せいねんは
すえながく しあわせに くらしました。
むかあし、むかし。
あるところに
とてもりっぱな りゅうが いました。
つんつん とがった つのと
ほのおをふく おおきな くちと
ぴかぴか ひかる うろこを もった
おおきな おおきな
りゅうが いました。