第一話 過去の私への不審者警告
拝啓、過去の私
お元気でしょうか。今の私が五体満足健康に生きているのですから、あなたもそれなりにお元気なのでしょうね。
さて、早々に本題に入らせていただきます。私はあなたに問いたいことがあります。たいそう昔のことのため今の私は覚えておらず、自問自答ができないのです。
あなたは、黒い髪に金の瞳を持った男性をご存知ですか?
いえ、その頃はまだ青年、少年であったかもしれません。いつであったのか、私には分からないのです。
もしもご存知であったなら、即刻その男性に「約束は守れませんごめんなさい」と言ってきてください。もしもご存知でないようならば、会った瞬間逃げてください。その男性は後々災厄の種をまきます。
なぜ、私がこのようなことを言うのか分からない?
それは、あなたの過ちのせいで、私が多大なる迷惑を被っているからです。
その男は、後に魔王と呼ばれる男です。
そしてあなたは、その男とどういう経緯か、『婚約』をしたというのですよ。
ふざけないでください。人生を棒に振らないでください。たとえ初恋の人に振られようと友達とけんかしようと大切なペットが死んでしまおうとけして自暴自棄にならないでください。
あなたは仮にもこの国の王女、変なものに付け入られてはいけませんよ。王女云々関係なしにしてもだめですよ。
少々説教臭くなってしまいましたね。とにかく、とにかくとにかくとにかくとにかく黒髪金目の男にだけは気をつけてくださいね!!
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最後のあたりは半ば書きなぐるように、私は羊皮紙にそれを書き連ねた。
過去は変えられない。だからこんなものが無意味だと言うことはよーく知っている。
けれども、けれども私は過去の私に恨み言を言わずにはいられないのだ。
なんで、どうして、私が。
魔王の嫁請求されにゃならんのだ。
つい先日わが王国の王、お父様に、森の魔族を従える魔王から届いた手紙。内容は単純明快、「あなたのところの末娘と婚約してまして16歳になったら迎えに行くことになってますので準備よろしくお願いします」。本人初耳ですよ。
魔王といえば、そりゃもー我ら人間の脅威でしかない魔族たちのトップ。しかも弱肉強食の世界ですべての魔族の頂点に立てるだけの実力を持っているというすんばらしき人間。
すんばらしくても、お近づきにはなりたくないランキングトップです。
ただ、この縁談を破棄するには、ただの凡人の集まりであるこの国は少々立場が弱かった。
魔王が国王と条約を結んでくれたため、今現在この国は魔族の脅威におびえずにすんでいる。が、ここで下手に魔王を怒らせてこの条約が破棄されてしまったらどれだけの国民が困ることか。
政略結婚で敵国に嫁ぐのと同じような感じ、と割り切れないのは相手が魔王だからか、それとも私が政略結婚よりも恋愛結婚をしたいと思っているからか。
「姫様、陛下がお呼びです」
私の部屋に顔を出した侍女が言った。
「お父様が?」
「はい、もうすでに皆様おそろいのようです。お急ぎください」
「もうそろってるの?」
ちょいと呼びにくるのが遅いんじゃないか、と思いつつ、私は羊皮紙を机につっこむと急いで部屋を飛び出した。
「娘はやらん。この婚約は取り消しだ」
開口一番そう宣言したお父様は、それ以上言うことはないとでも言うように部屋を出ようとする。
あわてて一番上の兄が彼を引きとめた。
「お待ちください父上!!下手に逆らって魔王との関係が崩れてしまったら……」
「お前はアリアをあんな馬の骨と結婚させてもいいのか?」
「はい取り消しです。大臣ー、今すぐ伝書鳩で魔王に連絡をー」
「いやいやいや!!」
あっさり意見を翻さないでお兄様!!嫁ぎたいわけじゃないけど国のためにも止めたげて!!
「なんだアリア、お前はお父様とお兄様の傍よりも魔王の傍のほうが良いというのか?」
「いえ、そうではありませんが……民の平和のためだと思えば、私はつらくありません」
「「私がつらいから却下」」
「公私混同すぎませんかお二人とも!!」
私がため息をついたとき、ふいに、玉座の背後で黒い炎が燃え上がった。
「っお父様!!!」
父はあわてて玉座から飛び降り、油断なく構える。もともと軍人だった彼は老いても構えに隙はない。
のだが。
「へ――――――」
ふいに、背後から腕が伸びてきた。
口をふさがれ、そのまま強く引き寄せられる。炎のほうに集中していたみんなの視線がこちらに戻ったときには、黒い影に抱き込まれていて。
「破談になると困るなぁ。悪いけど、一方的に成立って事で」
予想よりも軽く飄々としたテノールの声を聞き。
そこで、私の視界から見慣れた景色が消えうせた。
連載を始めてしまいました……
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