三話「集会所にて」
「さぁもう良いだろ。いねぇヤツもいるが会議をはじめるぞ。議題はさっき言った通りだ。」
片付いた長机の上座に陣取ったブランがそう宣言した。少女は容態が安定したので宿舎に移動させ、無理な水泳がたたって熱が出てきたキリともどもカムリとシーシアスが面倒を見ている。他に数人を皿洗いと哨戒に当たらせ、現在集会所には団長以下九人の団員が集まっていた。
「あのガキがなにもんか、だよな。上流で川遊びしてて溺れただけじゃねーんスか?」
盗賊崩れの優男、イバラードが伸ばした前髪を弄りながら口火を切った。
「今は戦争中じゃ。敵国との境になっとる河で水遊びをする子どもがいるとは思えんがの。」
団員中最年長の老兵、ガライ・マックェンがすぐさま反論を述べる。
「あらぁ、じゃあ戦闘に巻き込まれちゃったんじゃなぁい?それで誤って河に落ちたとかさぁ。」
そう応えたのはシリオ・ボレル。こんな口調だが歴とした男性である。
「それも無いだろうな。市街戦ならいざ知らず、河を挟んだ野戦で一般人の子どもが戦場に迷い込むとは思えん。」
黒髪の剣士、ヨシア・メアルークが仏頂面で異を唱える。
「そうなんだよなぁ。おいイール。お前さんの言葉通りの展開になっちまったが、こうなること分かって言ってたのか。」
弱り顔のブランが脇で薄く笑っているイールに声を掛ける。
「んふ、まさかまさか。私はただそうなれば面白いなぁと思っただけの事で御座いますよ。予言の魔法なんてものは在りませんのでねぇ。そう言った事は私よりミーム嬢の領分なのではありませんか、ねぇ?」
「にゃはー、アタシの呪術はただの技術であってそんな御伽噺みたいなモノじゃないのだよイールくん?あー、あの幼女ちゃんはなんだかここらじゃ見かけない顔立ちだったよねーぇ?かと言って、アタシんとこの部族やゾッドくんのような顔つきとも違った。」
話を振られた辺境出身の女呪術師、ミームミーム・プルソアタ=コパが意見を述べる。
「うぬぅ、だがヴァルトリア人にも帝国人にもああいう顔立ちはおらんぞ。」
地を震わせるような低音で唸ったのはヘムオン・グレイニーである。屈強な体を縮めて思案顔だ。
「そうですね。他に考えられるのは北の霧吹連山の向こう、あるいは海を渡った他の大陸の人間という可能性です。その場合どちらも幼い子どもが単身で超えて来られる筈は無いので、第三者が彼女を連れてきたということになります。」
「あー、アウラ。つまりあのガキは一緒にこの国へ来た家族となんらかの理由ではぐれちまったか、…それとも。」
そう言葉尻を濁したブランの発言を引き継いだのはイールだった。
「んふっふ、それとも…彼女は奴隷としてこの地へ連れてこられ、奴隷商人か主人から逃げて来たか、ですよね?」
「奴隷だとっ!?あのような年端もいかぬ少女にそのような事、許されるものでは無い!!」
イールの言葉にヘムオンが顔を真っ赤にして激昂する。直情傾向のこの男はそのような非道を何よりも嫌うのだ。
ここイルミナ王国では奴隷は公的に禁じられている。しかし西のイスカーン帝国では、周囲の小国を併合して強国となった歴史柄、最下層の階級として奴隷身分が存在する。さらに近年拡大政策に転じたヴァルトリア神国も、聖戦と称した侵略行為にかこつけて周辺国から多くの奴隷を獲得している。
「落ち着けよヘムオンさん。まだそーと決まったわけじゃ無いんスよ?」
「だがその可能性が一番高い、というのも事実だな。」
ヘムオンを宥めるイバラードを尻目に、ヨシアの冷静な言が飛ぶ。
「くそったれじゃがな。イルミナは北の国との直接的な国交は無い。険しい山脈が人の行き来を阻むからの。さらには海向こうとの交流も南方の港町に限られておる。貿易商が家族を連れて戦地にのこのこ訪れんじゃろうな。」
ガライが深く刻まれた皺を歪ませ苦々しげに呟く。
「あらー、じゃああの子ヴァルトリアから逃げてきたって事になるのかしら?帝国からは距離があるものねぇ。ちょっと、可哀想じゃなぁい。助けてあげましょうよー。」
シリオが隣に座るヨシアの肩をばんばん叩きながら盛大に身悶える。
「にゃは、幼女ちゃんは異国風の可愛い顔してたよねー。肌の張りも良い、着てる服も上等だった。ヴァルトリア高級士官付きの従軍娼婦、かもねーぇ。そういう変態がいないわけじゃ無いし、あの年頃の女の子奴隷ちゃんが戦場にいる理由、なんてね。」
そう言ってミームが偽悪的に微笑んでみせる。その笑顔はどこか攻撃的で、獰猛な猫科の野獣を思わせた。
「なにが可笑しいのだミーム!ええい団長!貴君はあの少女の処遇をどうする心算だ!」
ヘムオンが口から唾を飛ばしながら掴みかかる勢いでブランに迫った。
「おいおいヘムオン落ち着けって。あー、そうだな。とりあえず当面は保護してやらにゃならんな。こんな場所でほっぽりだす訳にゃあいかん。その後はまぁ追々、な。」
「グレイグ。」
「う、なにかなアウラ。」
アウレリアの呼びかけにブランの体がぎくりと跳ねる。
「貴方、あの少女を傭兵団に加えたいと思っているでしょう。」
「いや、だってな。この先面倒見てくんだから当然情も移ってくるだろうしな。一度しょった荷は最後までってな。あ、それにキリのヤツのときも似たようなもんじゃねぇか。」
「いーえ違います。彼は男性で、さらにまだ若いとは言え直に体も大人のものへと成長するでしょう。なによりもキリは自らの意思で我々と共に来ることを選択しました。あの少女はキリと比べても若すぎます。そもそも戦場に赴くのは女性の身にとっては過酷な事です。さらに、きつい事を言いますが、幼い少女を連れ歩くのは傭兵団には足枷にしかならないでしょう。」
一片の淀みもない氷の副長の言葉に、団長がすかさず反論する。
「おいおい、じゃどうしろっつうんだ。孤児院にぶち込めとでも?戦争のせいで今じゃどこも手一杯だ。この状況で受け入れてるとこなんざ奴隷商と大して変らんと思うぜ。それにウチにはお前にカムリ、ミームにリィン、サラサ、もう五人も女がいるじゃねぇか。ほら、一人増えたところでなんの問題がある。まだちいせえガキだ。食わせてやってもそう負担にゃならんだろうさ。」
どうだ、と胸を張るブランに尚も言い募ろうとするアウレリアだったが、他の団員達がそれを遮った。
「いいじゃないのよ副長。あんまり怒ると怒り皺ができちゃうわよぉ。」
「オレも、少なくとも孤児院に入れるのは反対っスね。あんなとこじゃ健全なガキは育たねぇっスよ。」
「わしもじゃな。異国出身ではおそらく満足に言葉もしゃべれんじゃろう。劣悪な環境の孤児院で、溜まった鬱憤がどこに向くかは想像に難くないの。」
「ふん、口の聞けない異国の子ども。格好の餌食だな。…俺は騒がしくなければどうでもいい。」
「にゃははー、過酷な戦場には癒しも必要。幼女ちゃんは戦いに疲れたアタシらを癒す係りー、なんてどうだいアウレリアちゃん。」
「副長、こちらの意見はまとまったようですぞ。無論己も団長の意見に賛成だ。」
団員たちの視線がアウレリアに集まる。
「貴方たち…。ですが…。」
言い淀むアウレリアに、横合いから声が掛かった。
「んっふふふ、副長閣下、貴女は先程仰いましたねぇ?キリさんは自らの意思で選んだ、と。ではこうしましょうか。暫く、そうですねぇ、少なくともこの戦役が終わるまでは少女を保護する。そして、その後にあの少女が自らの意思で私達と共に居たいと願ったならば正式に団員となって頂く、というのは?」
ニヤケ面の魔術師が舞台俳優のような手振りを交えて提案する。
「よっ、どうだいアウラ。ここにゃいねぇヤツらも同意見だろうさ。お前さんも本心じゃ同じように思ってんだろ?さ、どうするよ。」
最後に皆の意見を引き取って、ブランがアウレリアにニヤっと笑い掛けた。
「…仕方ないですね。ではあの少女が自ら選択した場合に限り、団員として迎え入れるのを許可しましょう。」
「いよっし、そう来なくっちゃな!あのガキは残るって言うに決まってらぁよ。なんたってここは、俺と最高の野郎どもの、最高の傭兵団だからなぁ!」
真剣に話合っているけど、実情とはまったくかけ離れているのでした、というお話。主人公の寝ている間に重要なことが決められてしまいました。どうなる月子!w
今回出なかった団員達は次話にて登場させます。