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一話「グレイグ傭兵騎士団」

 大陸を横断する霧吹連山以南に広がる大扇状地帯。その中央、西をイスカーン帝国、東をヴァルトリア神国という二国に挟まれた地に、ここイルミナ王国は位置している。その東の国境沿い、即ちイルミナと隣国ヴァルトリアを隔てる大河カムーン川のほとりに、彼らグレイグ傭兵騎士団は野営地を設営していた。

 現在イルミナとヴァルトリアは小規模な小競り合いが続く紛争状態となっている。南北に長い国境線の守備は王国正規兵だけでは手が足らず、優先度の低い拠点防衛に彼らのような体よく使える傭兵団が駆り出されているというわけである。


 「とは言え、なぁ。」


 川縁に腰掛け安い紙巻煙草をふかしながら、団長ブラン・グレイグは薄く朝もや掛かった対岸をぼんやりと見遣った。

 手が足らないのはあちらも同じ。そしてこういった拠点に傭兵が宛がわれるのもまた同様である。こちらもあちらも金のため、使命感も名誉欲も無しと来ると必然的に戦闘行為が行われないという状況となる。

 その結果、戦争中にも関わらず両軍の間にはなんとも言えないのほほんと気の抜けた空気が漂っていた。半日ほど北上したカムーン大橋の辺りでは両国本隊同士による一触即発のある睨み合いが続いているらしいが、今のところこちらに飛び火してくる気配は無さそうだ。


 「団長、お早う御座います。良い朝ですねぇ。」


 「…イールか。おはようさん。あと気配を殺して近づくのは止めろな。」


 突然背後に現れた目の細い青年に嘆息しつつ目をやると、細い眼を更に細くして笑みを返してくる。


 「嗚呼なんと嘆かわしい。天下のブラン・グレイグともあろうお方が(ワタクシ)如きの気配に気づかないとは。団長ももうお年なのですかねぇ。」


 「バカいえ。俺はまだ四十にもなってねぇぞ。老け込むにゃ早ぇよ。それにな、この温い戦況と来たもんだ。俺じゃなくったって気が抜けらぁ。」


 「うふふ、冗談ですよ。仮に私が殺気を出して近寄れば貴方は仮令就寝中でも気が付かれるでしょうからねぇ。」


 「冗談じゃねぇぞ。目が覚めたら手前ぇのツラなんてのは勘弁被るぜ。」


 嫌そうに会話を打ち切って再び青年―イールを見る。顔には薄い笑みが貼りついたままだ。何がそんなに嬉しいのかと思うが、生憎彼は大抵常にこんな表情である。


 イールゾァ・キルヒシュタン、通称イール。王立魔術院を追い出され傭兵稼業に身をやつす不良魔術師にしてグレイグ傭兵団の主砲でもある。


 「へぇ、気が合いますねえ。私も髭面の強面中年男性と御同床する趣味は無いのですよ。」


 「…なんの話だ。ん、おいゾッドが来たな。飯の時間だ。」


 「おやぁ、本当だ。彼はこの距離からでもよく分かりますねぇ。」


 集会所兼食堂のテントから筋骨隆々の巨漢がこちらに歩いているのが見える。フルネームでゾッド、かつて西隣の帝国と戦争があった折にブランの傭兵団に加わった元剣闘士奴隷である。長身のブランと比しても更に頭一つ分は高く、横幅も二周りは大きい。その姿はまるで歩く巖のようであり、成程、遠くからでも一目で判別できる。


 「…団長、カムリが、呼んでる。…飯だ。」


  近くまで来たゾッドが訥々と、見た目に依らず優しい声色で告げる。その声色通りに普段は心優しい彼だが、戦闘に於いてはその外見のままに鬼神の如き働きを見せる。


 ブランはかなり短くなってしまっていた煙草を親指でもみ消すと、一息入れて立ち上がった。イール、ゾッドというむさい取り合わせでのろくさと食卓の待つテントに向かう。


 「おい、今日の担当はカムリか?まさかあいつ一人に任せたわけじゃぁねぇよな。」


 「…大丈夫だ。おれも、手伝った。味付けは、おれだし、…変なものも、入って、ない。」


 「お前が監督したなら問題ねぇか。もう得体の知れない薬草やら隠れてない隠し味やらは御免だからな。」


 「彼女の可憐な手からは世にもおぞましい劇物が生み出されますからねぇ。彼女の神も料理について啓示を下さる事は無いのですねぇ。んっふふ。」


 本人の居ないところで散々言われている少女、カムリ・イミナ・リエッタはイルミナ国教で祀られる十二神の一、賢羊のメイサーラに仕える巫女である。彼の宗教の教えに、『他者に奉仕せよ』というものがあり、神に仕える者は一定期間を神殿で修行した後に巷間に出て、衆生に奉仕する義務がある。出仕先は学校、商店、治療院など多岐に渡るが、軍隊も選択肢の一つではある。

 王国正規軍はもちろん、王国内を拠点とするのであれば傭兵団に出仕することも出来る。しかし、汚れ仕事が多い軍隊は人気の無い出仕先だった。移動が多く、悪党紛いの団員が居ることも儘ある傭兵団では尚更だ。それでも規模の大きい傭兵団では一人二人は抱えていたりするが、ここのような二十人弱の小所帯に好き好んで出仕するのはかなり珍しい。変人と言って良いだろう。


 ともあれそれがグレイグ傭兵団の従軍神使、カムリである。平時は女手の少ない団内の雑事担当、戦時には神の力を借りた癒しの業で団員の治療に当たってくれる。料理以外では非の打ち所が無い人材と言えるだろう。料理以外では。


 「おや、噂をすればですねぇ。」


 なかなか来ない三人に痺れを切らしたのか、白い装束を纏った少女が栗色の巻き毛を跳ねさせつつテントから出て彼らを出迎えた。


 「なんの話ですか?それよりっ、早く来ないと私とゾッドさんの作った美味しい料理が冷めちゃいますよぅ。」


 「御機嫌ようカムリ嬢。耳が良いのですねぇ。なに、他愛ない噂話ですよ。」


 「ああ、他愛ない劇薬の噂話だな。それと作ったのは主にゾッドだろうが。」


 「んむー。ブランさんは意地悪です。わたしだってちゃんと手伝ったんですからねっ。盛り付けとか配膳とか食材を洗ったりとか。ね、ゾッドさん。」


 「…ああ、カムリは、がんばった。えらい、ぞ。」


 「えへー。あっ、ホラホラさっさと入って席に着かないとアウレリアさんがご立腹ですよぉ。」


 「なにっ、そいつはまずいぞ。あいつは俺でも怖いからな。」


 半分本気の軽口を叩きつつ、風防を捲くり団員達の待つテントに入る。団長ブラン・グレイグ以下総勢十七人、このさほど大きいとは言えないテントに収まってしまう人数のそれが、少数精鋭を詠うグレイグ傭兵騎士団のメンバーである。ブランは居並ぶ面々を満足そうに見渡す。誰もが気心の知れた彼の頼れる仲間にして養っていくべき家族だった。


 「おはよう、野郎ども。遅れて悪ぃな。っと、んん?」


 「おはようグレイグ。遅刻を反省しているのなら毎日繰り返さないようにしなさい。団長がそんなことでは隊規に関わります。さらに、この場には女性も在席しているので野郎どもという挨拶は不適切です。それと、どうかしましたか。怪訝そうな顔をしていますが。」


 「いや、よく見たらキリの野郎がいねえじゃねえか。俺を勘定に入れて十六人しかいねえぞ。」


 「わざわざ報告せずとも承知しています。彼なら対岸の偵察任務に就いて貰っています。こうして我々が食事を取っている時に敵方が攻めてくることもあるのですよ。」


 ハァ、と小さく息をつく銀髪の麗人。グレイグ傭兵騎士団副長、氷の副長の異名をとるアウレリア・ディ・シュヴァルツシルトである。ブランとは傭兵団立ち上げ以前からの長い付き合いになる。

 事務仕事が壊滅的な団長に代わって、経理、物品管理、外部との折衝、戦時の参謀など多岐に渡る業務をこなしている。団の屋台骨を支えているのはこの人である、とは団員全員の意見の合致が見られるところであった。ちなみに団長はどっしり構えてんのが仕事なんだ、とは彼自身の談。


 「おお、そうかご苦労だな。つーとあいつの分の飯も取っておいてやんねぇとな。いや、いつもすまねぇなアウラ。」


 「皆の前では家名或いは職名で呼びなさい、とこれも毎日言っていますね?グレイグ。それと名前を省略しないこと。」


 「んだよ、お前の名前は舌噛みそうになんだよ。なっ、カムリちょっと言ってみろよ。」


 とりあえず横で聞いているカムリに話を振ってみるブラン。他の連中はいつもの事と、トップ二人のやり取りを無視して既に朝餉にありついていた。


 「えあっ。なななんでわたしに振るんですか。え、えーとアウレリャ・ディ・しゅぶっ。…。」


 団長の急な無茶振りに応え、期待通りの結果を生み出すカムリであった。神の僕は従順たれ、という教えを忠実に守っていると言えよう。隣に座っていたゾッドがお前は良く頑張ったとでもいう様にカムリの肩を叩いている。


 「リエッタ、その命令には応えなくて良いのですよ。グレイグ、貴方は緊張感が無さ過ぎます。未だ実際に矛を交えてはいないとは言え我々は名目上交戦状態なのですから。敵方には船の用意もあります。油断は禁物ですよ。」


 「つってもよぉ、敵さんも俺らと同じ雇われだぜ。わざわざ危険を冒してえっちらおっちら船漕いでくるとは思えんがねぇ。」


 「…確かに。我々は、防衛。有利だ。」


 ブランの意見にゾッドも賛成の意を表す。


 「…まあその、確かにその通りではあるのですが。」


 常ならばアウレリア側に回ることが多いゾッドが、今回はブランに賛同したためにアウレリアも珍しく言い淀んだ。団員中最も真面目な部類に入る二人でもそうならざるを得ないほど、今回の戦場が日和ったものであるという事だろう。


 「しかしですねグレイグ。団長という役職にはたとえ平時であっても職務があるものなのですよ。今日はせめて帳簿の読み方程度は覚えて貰います。」


 「うげ、勘弁してくれよ。俺はお前さんと違って学がねぇから無理だっつーに。」


 「いーえ。貴方なら出来ます。貴方はやらないだけです。さぁこちらへ。」


 その時である。ぱんぱん、と掌を打つ音が聞こえ、団長、副長のやり取りを生暖かく見守っていた団員達の目がそちらに向かう。音の主はイールだ。


 「んふ。御両名ともそろそろ止めておいた方が宜しいのじゃありませんか?御二人の夫婦漫才で、緩んだ空気が更に緩みきっちゃってますからねぇ。ふふふ、いえ私にとってはあなた方の仲睦まじい様子を眺めるのも一興では有るのですけれどもねぇ。」


 イールの言にアウレリアの白い肌がみるみる朱に染まっていく。


 「ばっ、なっなにをいっているのですかあなたはキルヒシュタン!わっ、私とブランがそそそそんな!めおとっ、めおっ。」


 「おんやぁ、どうかされましたか?口調が崩れておいでですよ副長閣下。」


 「うふふふふ、まあそんな事よりも、今日々の退屈を如何様に解消すべきでしょうかねぇ。ねぇ皆さん。例えば偵察に出たキリさんが何か途轍も無く面白い厄介ごとを発見して帰って来るとか、ねぇ。」


 それきり黙って、テントの入り口をじっと眇めるイール。この魔術師の奇妙な言動は今に始まったことでは無いが、その魔術師としての実力を知っているだけに、団員達も思わずそちらを注視してしまう。


 しばしの沈黙。その静寂を破ったのは無理矢理作った笑みを浮かべたカムリだった。


 「…も、もうやだなぁイールさんってば。縁起でもないこと言わないでくださいよぉ。ねっ、ブランさん。」


 「おーいアウラー。もどってこーい。…ん?おおそうだな。不吉なこと言うもんじゃねぇぞイール。平和が一番!ってな。だろう野郎ども。」


 そうおどけて団員達を見返すブラン、片手に持った麦酒の杯を掲げて乾杯の真似事をしてみせる。その背中に突如、年若い少年の悲鳴に似た声が掛かった。

 

 「―――団長!大変だ!河から女の子が流れてきた!!!」


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