七話「イールゾァ・キルヒシュタンの魔術概論」
今回は設定的なお話がメインとなります。セリフが非っ常に長いのでご注意下さい。
「おい、イール。ガキどもは遊びに行ったところだし、そろそろさっきの話の続きを頼むぜ。」
昼食が終わり、先程までと打って変わって閑散とした集会所内。ここには団長、副長とイール。それにイールに言われて残ったカムリとミームが居た。
「んふ、畏まりました。しかし、ソーマ嬢の正体に言及する前に話しておくべき事柄が御座います。それはこの世に於ける魔術の在り方。そも、私が行使する魔術とは如何なるものなのか、皆様ご存知ですか?」
そう静かに問いかける魔術師。その場違いにも思える問いに答えたのはアウレリアだ。
「そうですね。魔術とはその行使者が自然を司る精霊に呼びかけ、彼らの力を借りる事により行われる業、だと理解していますが。」
「くく、そう、それが世間一般に言われる魔術の在り方ですねぇ。」
アウレリアの答えに、イールは皮肉気に笑って言った。
「てぇことは、お前さん自身はそう思って無いんだな。イール?」
「んっふふふ、その通りですよ団長。何故なら私は精霊などという存在を毛程も信じていないからです。にも関わらず現に私は魔術を扱える。どうしてでしょうねぇ?くっくく。」
「…回りくどいですよキルヒシュタン。要点を速やかに述べなさい。」
顔を歪ませて愉快そうに、あるいは不愉快そうに嗤うイールに、アウレリアが焦れたように続きを促す。
「おや、失礼しました。んっふ、魔術とは我々の周りに遍在する魔素を操り、人為的に自然現象を引き起こすものである、と私は考えて居ります。」
「ま…な?ん〜、聞いたことないですよ?そもそも何でわたしはここに呼ばれたんですかぁ。」
今まで口を挟まず静かに聞いていたカムリがつい口を開いた。
「ああ、カムリ嬢。あなたの出番はもう少し先、ですのでねぇ。んっふふ、皆様が聞いた事が無いのは至極当然でしょう。何故ならば魔素とは私がその存在を推測し、仮定したものなのですから。」
「おいおい、なんだそりゃぁ。大丈夫なのか?」
悪びれずに言ってのけたイールにブランが呆れた顔を覗かせる。
「うふふ、御安心を。何せ貴方の団の魔術師は天才、ですよ?さて、この魔素の概念を用いると精霊などという陳腐なものを持ち出さずとも、魔術の説明が可能になるのです。」
ここでイールは一端切り、聞き入る聴衆の顔を得意げに見渡す。そして再度言葉を紡いだ。
「まず、大気中の魔素が振動することで熱が生じます。反対に静止すると冷気が。また、それらの摩擦により雷が生まれ、魔素の流れが風となります。これらの自然現象を魔素を操ることにより自在に発生させるのが、それぞれ火、氷、雷、風の魔術なのですよ。」
「ほぇー、…なるほど。あっ、でもですよ。それがソーマちゃんの正体に何の関係が?」
「にゃはー、ダメダメカムリちゃん。お話は最後までよく聞くことさ。それまでアタシと一緒に猫と戯れようよ〜。」
イールの話を我関せずといった具合で流し、後ろで猫をじゃらしていたミーム。カムリの頭に猫を乗せてのほほんと言った。
「わわっ、ミームさん!?この子どこから連れて来たんですかぁ。きゃっ、あはっ、くすぐったいですよぉ。」
猫にぺろぺろ顔を舐められているカムリを後目に、イールは更に続ける。
「さて、この魔素の概念により魔術以外にも説明の付く事があります。…それはミーム嬢の呪術と、んっふ、カムリ嬢の扱う神の奇跡です。」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいイールさん!あなたは神の御力もそのマナとか言うので説明するんひゃあ!そ、そこはだめで、きゃあ!」
カムリのイールへの反論は途中で悲鳴に変った。どうやらスカートに入り込んだ猫に脚を舐められているようである。
「んふふふふ、まぁ公言すれば異端扱いは免れないでしょうねぇ。神の奇跡、便宜的にここでは神術、と致しましょうか。カムリ嬢の信仰する賢羊メイラームが特に優れているとされる治癒能力、これは体内の魔素の活性による自己治癒力の強化、そして魔素による傷口の再構成と説明出来ます。更に他の十二神による神術、多くは身体能力の向上、ですね?これらも同様に説明できますねぇ。次に…。」
ここまで言ってイールは、カムリに猫をけしかけているミームに意味ありげな目線を送った。
「にゃは、アタシの番かい?さてアタシの呪術の内容なんだけど。カムリちゃん以外はみんな知ってるよね?」
「ええ、特定の動物の使役と感覚の共有。特定の動物、貴女の場合は猫でしたね。これで良いですか、プルソアタ?」
そう答えてアウレリアはカムリを襲う猫を見た。
「にゃは、さっすがアウラちゃん。まぁ呪術ってよりただの動物使役術なんだけれどねぇ。さて、これをイールくん流に説明すると…。ん?何だいカムリちゃん。」
そのまま話しを続けようとするミームを、真っ赤な顔でぱくぱくと口を開いたカムリが、意味を成さない声で遮った。
「なっななななななな。なんですかそれぇ!使役に、それにかっ、感覚の共有って!つっつつつまり。」
ぎぎぎ、と硬い動きでカムリはミームに視線を向ける。
「ああ…。ん〜と、…ごちそうさまでした?美味しかったよ、カムリちゃんの唇。」
てへっ、と可愛らしく舌を出す呪術師。
「あああぁあぁ。わたしのファーストキス…。」
盛大に落ち込み床に臥せるカムリ、そこへ密かに見ぬ振りをしていたトップ二人の声が掛かる。
「あ〜カムリ。すまんすまん。なんかお前さんが楽しそうに猫と戯れてるんで、なぁ?あっ、それに女同士なんだからいいじゃねえか!なっ!」
「ええ、それに幾ら感覚を共有していようと、実質的には猫に顔を舐められたに過ぎません。気にすることはありませんよ、リエッタ。」
「う〜、乙女のファーストキスはそんな割り切れるもんじゃないんですよう。」
トップたちの無責任な意見に、泣き出しそうなカムリの肩をミームがちょんちょんと叩く。
「くふふ、…し・ろ…♡」
追い討ちだった。完全な追い討ちだった。スカートの中身を暴露されたカムリは、暫くの間あうあうと壊れた鳩時計のように何か言い、やがてぱたんと倒れ機能を停止した。
「…?女性団員の下着は皆同じものでしょう。何を今更恥ずかしがるのです。」
「…あ〜、っと、アウラ?さすがにお前さんは割り切りすぎだと思うんだがな。」
首を傾げるアウレリアにブランが当然の突っ込みを入れた。
「にゃは、なんかカムリちゃんが壊れちゃったけど話を戻すよ〜。」
それをした張本人が悪びれなくそう言って、再び議論を開始する。
「アタシの術はね、イールくんに言わせると記憶や感覚、意識を司る部分に蓄積した魔素を、使役する猫に送り込むことで成り立っているらしいのさ。」
「ん〜、まぁ何となく分かったけどよ。だがそれだと、魔術を扱えりゃあ呪術も治癒もなんでも出来るって事にならねぇか?」
ブランは首をひねって、薄く笑うイールに問い掛ける。
「んふ、恐らく魔素の扱いにはそれぞれ個人の適正という物があります。例えば私がカムリ嬢のように怪我人の治療をします。すると魔素の活性化に失敗し患者は火の魔術を掛けられたように自然発火するでしょう。そしてミーム嬢の真似をすると、送り込んだ意識は大気中の魔素と混じり霧散するか、上手く行って猫に意識を送り込めても元の体に戻れず、どちらにせよ本体の私は廃人になるでしょうねぇ。んっふっふっふ。」
その悲惨な話の何処が面白いのか、魔術師は楽しそうに笑って続けた。
「そして、これらを全く扱えない人もいますね?と言うよりも世の中の大多数がそうです。反対に魔術師の素質、神官の素質がある人物はそれぞれ魔術院と神殿に迎えられます。大抵は幼い頃から意識せずに使っているケースが多いはずです。そう、それこそ神や精霊の存在など知らない頃からねぇ。」
ここで一度、イールは杯に入った水をあおった。
「そして神官の家系、魔術師の家系と言うものが有るように、魔素の扱いは親から子へと受け継がれる部分が非常に大きい、と私は考えて居ります。なので、仮に私とミーム嬢が子を成せば、その子は魔術と呪術を同時に扱えるようになる可能性は有りますねぇ。うふふふ。」
そしてミームの方を見てにやにやと笑う。
「にゃ?いや〜、いくら優秀な子どもが産まれても、イールくんとにゃんにゃんするのは御免被るねーえ。イールくんが可愛い女の子ちゃんだったら考えたけどさ〜。」
イールの危ない視線は全く意に介さず、ミームはぱたぱたと手を振って答える。
「おや残念。んふふふ。」
とイールも全く残念そうでは無い言い方で返した。
「キルヒシュタン、魔術についての貴方の見解は解りました。しかし、先程貴方は魔術とは人為的な自然現象である、と定義しましたね?そして魔術と呪術、神術は同質の物である、とも。つまり貴方は魔術同様、呪術と神術も自然現象で説明が付く、と言うのですね?神術については納得しましょう。しかし…。」
アウレリアがイールのこれまでの発言を纏め、更に問いをぶつけた。
「ふむ、なるほどな。傷はほっときゃ治るもんだし、体は鍛えりゃ強くなる。神術に関しては、自然現象であると言い切っちまって問題なさそうだ。しかし、呪術についちゃどうだ?ある日起きたら猫になってました、なんてちょっとしたホラーだぜ?御伽噺じゃあるめぇし。」
アウレリアの問いかけを引き取ってブランもそう続ける。
「くくっ、お二方とも実に鋭い!そう、それこそが本題に大きく関わってくるのですよ!んふふ、…皆様は動物憑き、という言葉を御存知ですね?主に心神喪失状態等に陥った人が、ある日突然動物のように狂った声を上げ、暴れる症状です。世間では心の病とか悪魔の仕業だとか言われていますが、私はこれが自然に為されるものであると考えました。つまり、なんらかの原因で弱った心が追い出され、偶々近くに居た動物に乗っ取られるわけです。」
「ああ…。ありゃ確かにミームの呪術に似ちゃあいるな。だが、呪術で猫に意識を移してる最中のミームは、別に猫そのものみてぇな行動はしねぇぞ?いや、普段からそれっぽくはあるけどよぉ。どっちかってぇと普段よりボーっとしてる感じになるよな?」
イールの出した意見に対し、ブランがそう異を唱えた。
「それについてはアタシが答えるよん、ブランくん。まぁ感覚的な答えになっちゃうんだけどさ。アタシが猫に意識を飛ばすとき、猫の意識が反対にアタシの体に行ってるワケじゃぁないのさ。上手く言えないけど、その間はちょっとどいていて貰うってカンジかにゃ〜。そして、アタシの体もカラッポになってるんじゃ無い。飛ばすのは意識だけで、他の部分は体でお留守番してる、ってイメージかな?」
答えるミームに、イールが更に補足を加える。
「そう、更に言えばミーム嬢の術によって彼女自身を動物憑きの状態にする事も可能な筈です。そして他人の意識を他の動物に移すことも可能だと、私は考えて居りますよ。」
「にゃるほど!最初のは怖そうだからやんないけど、誰かの意識を飛ばすのは楽しそうだな〜。今度やってみるねっ。」
「おいおい…。絶対に団員で試すなよ?やんなら敵さんでやれ。」
怖い会話を繰り広げる二人に、ブランは嫌な汗をぬぐいつつ釘を刺した。
「呪術と自然現象の関わりについては了解しました。しかしその事と本題、つまり我々が拾ったソーマの出自について。キルヒシュタン、貴方はそれらがどう関係すると言うのですか?」
アウレリアの再びの問いにイールが待ってましたとばかりに答える。
「んっふふふ、結論を急ぐのも良いですがその前に、ミーム嬢の呪術が魔術や神術のように巷間に広く知れ渡っていないのは、それを扱える術者が稀であるからです。そして獣憑きの現象も同様に、他のありふれた自然現象に比べると稀ですねぇ。つまり扱う内容が稀である程、その術を行使するのは難しくなり、素質を持った者は少なくなる訳です。」
「よし、それは分かったが、それで?」
勿体つけるイールをブランが促す。
「んふふ、魔術院と神殿に隠された秘儀に、『転送の魔術』と言う物が在るのです。有事に国の要人を逃がす為に編み出されたようですが、その行使には四人の魔術院の長達と、十二人の神官長達が携わります。転送元に四人の魔術師達が、そして転送先に十二人の神官達が配置されるのですが、その内容を私の理論に基づいて説明するとこうなります。まず転送元に於いて、転送の対象となる人物を構成する魔素を分解し、大気中に送り込みます。そして転送先で大気中の魔素から分解された人物を再構成する、という仕組みです。転送先の神官が十二人なのは十二神全ての御力を借りる為、等と言われているようですが、その実分解より再構成のほうがより複雑な手順が必要であるからです。」
「成程、見えてきましたよ。その大魔術と昼食の前に貴方が言っていた昔話が関わってくるのですね?」
アウレリアのその言に、イールは首肯して返答した。
「御名答、閣下。『河より出でし勇者』、伝承では彼は異界から河を渡って来たと謡われています。そして我々がソーマと呼ぶ少女もまた同様に河からやって来ました。私はこれらが同一の自然現象によって引き起こされた出来事であると考えます。そう、人為的には最高位の術師十六人の手でやっと再現できる程の、奇跡のように稀な自然現象によって!…結論を言いましょうか。あの少女は遠く離れた異界からあの大河カムーンを通って、我々の元に辿り着いたのですよ。」
珍しく笑いを挟まずに語られたイールの演説に、いつの間にか復活していたカムリも含め、その場の全員が聞き入っていた。
「…にゃ〜、それなら幼女ちゃんの風変わりな特徴も全部説明がつくねぇ。この季節にしては薄すぎる衣服、他に類のない瞳の色、見慣れない仕種に聞き慣れない言語。異界の住人だったとしたら納得がいく。」
「…でも、でもそれって!ソーマちゃんにとってはすごく残酷なことなんじゃ…。」
集会所にカムリの悲痛な声が響いた。
「ああ、…ああそうだなカムリ。あいつは昼メシんとき泣いていた。多分故郷か、そこに残してきちまった親を思って、な。そしてあいつはもうそこには戻れない…だろ?」
力なく言ったブランの問いをイールは肯定する。
「ええ、彼女がここに流れ着いたのは億分の一、いえ兆分の一の奇跡によるものです。彼女を故郷に送り返すのは如何なる業を以ってしても不可能でしょうね。」
なんでもないような口調だが、この魔術師の顔から笑みが消え失せている事から、彼もまたその事実を悼んでいる事が察せられた。
痛ましい雰囲気を払拭したのは、突然響いた、ぱん、という渇いた音だった。アウレリアがブランの頬を、その両手で叩くように挟んでいた。
「何をしているのですブラン・グレイグ。団長の貴方が、悲しんでいる暇などありません。最初から背負い込む気だったのでしょう?ならば、何を迷う事があるのです。貴方が今すべきなのは、すぐにあの子の元へ向かうことです。違いますか?」
ひりひりとした痛みを頬に感じながら、ブランはしばし呆けたような顔でアウレリアの顔を見ていた。そしてすぐにいつもの快活な調子で笑い出す。
「はっ、ははは。はっはっは!そうだ、そうだよなアウラ。ちげぇねえ。最初から俺はあいつの家族になってやるつもりだった。だから、異世界だとかそんなコトは俺らにゃ何の関係もねえよな。こんなとこでしょぼくれてる場合じゃなかった。アウラ、ありがとな。目の醒めるいい一発だったぜ!」
そう言い残してブランは集会所から駆け出して行った。その背中を見送ってアウレリアは微かに笑う。
「団長の目を醒まさせるのも、副長の職務の内ですので。」
彼女の団長が出て行った入り口を見つめ、事も無げにそう呟いた。
「ところでイールさん。」
「んふん?なんですかカムリ嬢。」
「どうしてイールさんは隠された秘儀、なんて知ってたんですか?」
「んっふふふ。そこは私の情報網を駆使して、ですよ。色々と、ね?」
(…深くは聞かないでおこう。)
「まぁ、そこら辺のおいたが過ぎて魔術院を追い出されることになったのですけどね?」
「…あの、イールさん、自重って言葉知ってます?」
「まぁ、あんな愚物どもの巣窟はこちらから願い下げでしたからね。いい機会でした。」
(あー、たぶん強がってるな…)