無秩序5
(8)
キングから脅迫電話を受けた後、危機をようやく察知した政府は、パンデミックの可能性を公開し都万子市を隔離した。
篠原警部補は、清原警部の命令で反田正義の行方を捜査していた。
反田正義は施設から3人もの殺人者が出た事を苦に、塩田伸之の判決後に消息不明となっている。その後の足取りについては全く掴めなかったが、もし本当に都万子市でスパイラル・ライフを使用したのであれば、都万子市に何か手掛かりがあるはずである。もはや時間が残されていない篠原は感染覚悟で都万子市での捜査を始めた。
手掛かりは直ぐに見つかった。都万子市のある有名デパートの駐車場のある監視カメラに、白髪の正義らしき人物の姿があった。直ぐに現場に駆けつけ車を確認したが、一月前に被害届が出ている盗難車であった。しかし、正義が都万子市に滞在している事は確かだった。隔離されている都万子市警は、正義の捜索にのりだした。キングから脅迫を受けて四日目のことだった。
正夫は警視庁のメインコンピューターからいち早く正義の情報を得て、もう少しで完成する研究中のワクチンを手に、ひと気の無くなった都万子市駅ビルの地下にいた。
(あと三日・・・発病しなければ完成だ。都万子市が隔離されている内に奴を捕まえなければ・・・。逃げられたら奴はこのワクチンを越えるウィルスをまた完成させ同じ事を繰り返す。絶対に捕まえなければ。)
警察は当てにならなかった。都万子市の人口三十万人面積・約二百平方キロに対して都万子市警は百人程度。他の警官達は情報を聞いて、我先と市外へ避難していた。正夫は打つ手がない状況に頭を抱え呟いた。
「たった三日で・・・パンデミックは防げても正義は見つけられない・・・。」
その時、誰もいないはずの駅ビル地下に声が木霊した。
「前田正夫ね。」
正夫が声のする方を振り返ると、九州の警視庁で一度会った篠原という女が立っていた。
「なぜ分かった。」
「市のあらゆる場所にカメラを設置し市警でその映像を監視しているの。カメラに映る姿を見て、あなただって直ぐ分かったわ。」
「手掛かりは?」
「・・・何も・・・市警に百人程度の警官しかいなくて捜査は難航しているの。手を貸してくれない?」
正夫は特殊な円柱形の容器を篠原に見せながら言った。
「あぁ、もちろんだ。あと三日でワクチンは完成するが、都万子市が隔離されている間に奴を捕まえなければ、このワクチンを越えるウィルスをまた完成させ、また同じ事を繰り返えそうとするはずだ。そうなるとパンデミックは抑えきれない。逃げられたら俺達の負けだ。」
「勝ち目はあるの?」
正夫は頭を横に振って言った。
「分からない・・・でも諦めたらそれで終わりだ。」
まず正夫は都万子市警本部で、カメラの設置場所と百人の警官の警備態勢を確認した。また、清原警部に連絡をとり衛星カメラの映像もチェックしてもらえるよう兵庫県の本部に要請した。
「都万子市には地下街や地下鉄はない。これで奴が外で出歩こうものなら、必ず網に引っ掛かるわ。」と篠原は自信ありげに言った。
正夫は円柱型の特殊なケースを署内の全員に見せながら言った。
「みんな、これがワクチンだ。あと数時間で完成する。もし、キングが宣言通りスパイラル・ライフを使用したのであれば感染した人間は、もうすぐ発病する。我々全員が感染している可能性もある。」
篠原が腕を組みながら言った。
「それだけの量で全員ワクチンを接種出来るの?」
「これはワクチンじゃない。ウィルスだ。」
「言っている意味が分からないんだけど、どういうこと?」
「このウィルスは特殊でスパイラル・ライフと遺伝子を変化させ結合し、ただの香港A型インフルエンザに似たウィルスに変貌する。つまり、病院で使用される抗生物質で十分抑えられるレベルのウィルスに変化する。犯人逮捕よりまず人命救助だ。今すぐこのウィルスを各避難所に飛散させる。」
署内の警察官全員が頷くと同時に、篠原が地図を広げながら言った。
「ではこれよりワクチンを散布する為に行動を開始します。避難所は十カ所、署から一番近いこの場所から散布します。」
数分後、正夫と篠原は警察官5人と二台のパトカーが最初の避難所に到着した。
正夫は怪しまれないように、一人で避難所の真ん中に座り、ワクチン・ウィルスの入った円柱形の容器の蓋を開けようとした・・・・その時・・・正夫は何者かに背後から突然頚部を羽交い絞めにされ、鋭いアーミーナイフを突き付けられた。
「うぐっっ」正夫は声にならない声をあげた。
「何をする気だ?正夫。」
正義の声だった。正夫は声を振り絞って言った。
「キング・・・キングか?」
「あぁ私だよ正夫。久し振りだね。」
「キング・・・もう止めろ!こんな事は何の意味もない。」
警官達が正夫の異変に気づき、五人の警官達が正義に向かって銃を構えた。
「お前こそ何のつもりだ?あのウィルスをつくるなんて。お前あの{小部屋}へ入ったのか?結局お前も殺人遺伝子が発動してしまったのか?」
「キング、何を言っている?犯人は、あなたじゃないのか?」
「惚けるな!その手に持っているのは何だ?それがスパイラル・ライフだろ?こんなものをつくれるのは、お前しかいない!」
「違う!これはスパイラル・ライフを無効にするワクチン・ウィルスだ!」
正義は驚愕の声音で言った。
「なに・・・じゃぁ・・・誰が・・・・?はっ!・・・まさかお前が・・何故ここに・・・。」
次の瞬間・・・・パン!パン!と銃声が響いた。
正夫は叫んだ。
「撃つな!この人は犯人じゃない!」
正夫は正義が後ろで崩れ落ちるのを感じ、それを両手で受けとめた。
「先生!先生!」
正義は穏やかな笑顔で言った。
「懐かしいな・・そういえば先生と呼んでくれるのはお前だけだったな・・正夫・・・お前じゃなくて本当に良かった・・・・いいか?絶対に奴を殺しちゃいけない!何があっても!」
正夫は何度も頷いて言った。
「分かったから死ぬな!先生!」
正義は笑って目を閉じ意識を失った。
篠原と警官達が正夫の安全を確保する為に駆け寄ってきた。
正夫は「先生・・・いや反田正義は犯人じゃなかった・・・俺のせいだ・・・決着は俺がつける!ぶっ殺してやる!」と言って立ち上がり、正義が見ていた避難所の入り口でニヤついている男に向かって、アーミーナイフを右手に握りしめ走った。
「ぶっ殺してやる!伸之!」
犯人は伸之だった。
正夫は自分の中の殺人遺伝子が発動するのを感じた。正夫は本能的にアーミーナイフを伸之に向かって投げた。アーミーナイフは伸之の大腿部に刺さり、伸之は転げるように倒れた。
もはや逃げられないと悟ったのか、伸之はアーミーナイフを抜いて、それを片手に正夫に立ち向かってきた。
正夫は落ちていた石を拾い上げ伸之に全力で投げつけた。石はちょうど伸之の顎にヒットした。
伸之は脳震盪を起こしその場へ座りこんだ。
正夫は伸之の首を抑え込みアーミーナイフを奪って言った。
「何故こんなことをした?キングは最後までお前を助けようとした。お前だけゃない狩本も霧摩も俺も・・・あの施設のみんなを助けようとしていた。なぜそれに答えようとしなかった?」
「キングは嘘つきだ!世界の危機は必ず起きなきゃいけないんだ。」
「世界の危機を自らの手で起こしたんだな・・?」
「早く殺せ!僕は生きている限り何度でもやる!早く殺せ!」
「死にたいのか?」
「あぁ!早くそのナイフで僕の心臓を刺せよ!」
正夫は頭を振りアーミーナイフを捨て言った。
「じゃぁ、殺さない。お前は生きるんだ。生きて苦しむんだ。それが人間だ。」
(エピローグ)
伸之が逮捕され、事件の全貌が明らかになった。
伸之は単独犯でスパイラル・バースとスパイラル・ライフは正夫の勤める研究所で手に入れた。
正夫は探究心から、あの小部屋で見た資料の研究を大学で行っていた。殺人遺伝子についてはもちろん、正義が研究していた致死率九十パーセントのウィルスについても例外ではなかった。それを伸之は世界の危機を起こす為に、正夫が勤める研究所から盗んだという訳だった。
正夫は親友の伸之とよく{小部屋}にあった研究資料の話しをしていた。ウィルスの知識は正夫との会話で得ていたと思われる。
伸之は数年後、裁判で死刑判決が下るが、それに最後まで反対したのが前田正夫だった。
伸之の死刑が執行されるまで、正夫は何度も伸之と面会している。
死刑執行前日、正夫は伸之との最後の面会に来ていた。
「伸之・・・すまなかったな。俺があんな研究をしなければ、お前はこんな事にならなかったかもしれない。」
「そんなことないよ。僕はあのウィルスが無くったって、別の方法で同じ事をしてた。」
昔の無邪気な表情に戻っている伸之を見て、正夫は目頭が熱くなるのを感じながら言った。
「もっと早くお前の心の気づいてやれればこんな事にはならなかった。」
伸之は屈託のない笑顔で言った。
「ねぇ、正夫・・・僕の人生って意味のあるものだったのかなぁ。」
「もちろんだ。この世に意味のないものなんて何一つない。今はそう思う。」
そして数時間後死刑は執行され、伸之は無秩序な世界へと誘われた。
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