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第1話:黄金の棺と消えたブルーシート

「おい仁斗、ウチの地元(大阪)でツタンカーメンのオッチャン誘拐する不届き者はどこのどいつや! もう実質大阪の国宝みたいなもんやろがい!」


「……いや、エジプトの国宝だろ」


深夜の大阪市立美術館。厳重な警戒が敷かれているはずの搬入口で、仁斗は愛車のトランクから取り出したテスターを片手に、呆れたように相棒を見下ろした。 声の主は、燕尾服をビシッと着こなした腹話術人形……にしか見えないAIロボット、クルミだ。木のような温かみのある特殊金属の指先をワタワタと動かし、勝手に身内認定した「オッチャン」の危機に憤慨している。


仁斗は無言で、コンテナの四隅にある固定ピン(ツイストロック)にテスターの端子を当てた。


「クルミ、静かに。……やっぱりな。外見は寸分違わぬが、これは偽物だ。**電気リモコンで外せる磁石の鍵(電磁ロック)**になっている」


「へ? 偽物? ちゅうことは何かい、関空に着いたコンテナの中身が空っぽやったんは、最初からすり替えられとったってことか?」


「いや、出発前は本物だったはずだ。だが、このピンを仕込めるのは……コンテナの最終チェックを行った、館林さん、貴方だけですね」


仁斗が静かだが逃げ場のない視線を向けた先には、真っ青な顔で震える初老の男、館林がいた。 「な、何を根拠に……! 証拠でもあるのか!」


「往生際が悪いなぁ、オッチャン!」 クルミがピョンと仁斗の肩に飛び乗る。「その偽物ピンに残った**電波の足跡(無線ログ)を、さっきウチがハッキングして解析したんや。オッチャンのスマホから、さっき鍵を開ける『秘密の合言葉』の電波(暗号電波)**が出とるのが丸見えやで!」


「あ、あぁ……」 館林の目が、にわかに焦点の合わない虚ろなものへと変わる。体をお化けのようにゆらゆらと揺らしながら、まるで吹き込まれたテープのように抑揚のない声で呟き始めた。


「……ルート上で……ブルーシートのトラックが近づいたら……電波を送る……。美しい女王様の……お役に……立てて……私は……幸せ……」


「な、なぁ仁斗、コイツなんか様子がおかしいで!? 目ぇバキバキにキマってもうてるやん!」 「……首筋を見ろ、クルミ。鞭で打たれたような、奇妙な痕がある。……館林さんは自分の意志で裏切ったんじゃない。強力な催眠暗示ハッキングで操られているんだ」


仁斗の目が鋭く細まる。ただの窃盗団ではない。人間の脳までハックする、恐るべき黒幕の影がそこにいた。


「とにかく、ホシの移動ルートは分かった。行くぞ、クルミ!」 「応よ! 待っとれツタンカーメン!」


仁斗の愛車が阪神高速を猛スピードで駆け抜ける。 助手席でノートPCを叩いていたクルミが、周囲の車のドライブレコーダー音声を拾い上げた。


「仁斗、これ聞け! コンテナ車が襲撃されたと思しきポイントの周辺や!」 スピーカーから、「バババババババ!」という、大型車からは絶対にしない激しいシートの風切り音が鳴り響く。


「間違いない。ブルーシートを被せた平台トレーラーだ。走行中に館林さんの電波でロックを解除し、巨大なマジックハンドアームでコンテナごと強奪、代わりにダミーを載せたんだ。……だが、おかしいな」


仁斗はカーナビの画面を指差した。NEXCOの監視カメラを追跡していたが、そのブルーシート車は、名神高速の吹田パーキングエリア(PA)に滑り込んだのを最後に、忽然と姿を消していた。


「PAから出てきた形跡がない。行くぞ」


深夜2時。ガラ空きの吹田PA。 静まり返った大型車マスの前に、仁斗の車が滑り込む。


「クルミ、例のやつを」 「任せとき! 行け、クルミスパイダー!」


クルミの懐から、手のひらサイズの蜘蛛型ロボットが数匹カサカサと這い出し、白線沿いを一斉に捜索し始める。 その間、クルミは「あかん、頭使ったら電池切れや……燃料ちょうだい」とへたり込んだ。仁斗が慣れた手つきで、バイオエタノール燃料の入った哺乳瓶を口に咥えさせる。 「グビグビグビ……ぷはぁ! 電気エネルギー充填完了! で、スパイダーはどうや?」


『チーン!』と間抜けた電子音が響き、スパイダーのカメラ映像がPCに転送される。白線の隙間に、ポツンと「青いビニールの破片」が落ちていた。


「あったで! 急いでアームを格納したときに、シートが擦れて破れたんや。奴ら、ここで別のトラックにコンテナを『着替え(ロンダリング)』させよったんやな!」


「あぁ。だが、どれに着替えさせたかまでは防犯カメラの死角だ。……なら、道路のデータを使う。**高速道路の床に埋め込まれている、走るトラックの自動体重計(自動軸重計)**の記録にアクセスする」


「じどうじくじゅう……なんやそれ、漢字多て頭痛なるわ! あぁ、道路の自動体重計のことか!」


「そうだ。ツタンカーメンの黄金の棺は100キロ以上、外箱も含めれば膨大な質量だ。PAに入る前のブルーシート車は異常に重く、出た後は軽い。逆に、入れ替わった『普通のコンテナトレーラー』は、このPAを出た直後から急激に重くなっている……。見つけた。ナンバーは、なにわ〇〇・〇〇―〇〇!」


「よっしゃ! 網は破れてへんで、追いかけるで!」


夜明け前。名神高速の直線道路。 悠々と走るターゲットのコンテナトレーラーを、仁斗の愛車が捉えた。 パトライトに気づいた敵トラックは、強引に蛇行運転をして仁斗の車を弾き飛ばそうとする。


「クルミ、動きを止めるぞ!」 「よっしゃ、クルバネ、発進や!」


クルミの背中からランドセル型の飛行ユニットが分離し、サイクロローターを激しく回転させて夜空へ飛び立った。ドローンのように飛行し、敵トラックのフロントガラスの目の前で激しくホバリングして運転手の視界を奪う。


「これでもくらえ! 電電クルミット!」 助手席の窓から身を乗り出したクルミが、愛用のパチンコ型スタンガンを構え、引き金を引いた。


放たれた帯電球がトラックのフロントグリルに命中する。パチパチと激しい火花が散り、トラックの電子制御システムが強制シャットダウンされた。激しいブレーキ音とともに、トレーラーは安全に路肩へと緊急停止する。


仁斗がトランクをこじ開けると、そこには、朝焼けの光を浴びてまばゆく輝く、ツタンカーメンの黄金の棺が鎮座していた。


「やったなぁ仁斗! 任務完了や!」 ハイタッチを交わす二人。しかし、仁斗の表情はすぐに凍りついた。 押収したトラックの運転席から見つかった、あの「電磁ロックピン」の制御基盤。それを携帯型のテスターに繋いだ瞬間、画面に表示されたプログラムのコード。


「……そんな馬鹿な。この、無駄のない暗号アルゴリズムの組み方、そしてエラー回避のコード……」


仁斗の脳裏に、かつて自分を裏切り、設計データを盗んで姿を消した「親友」の顔がよぎる。 「……あいつだ。あいつが、この事件の裏にいる……!?」


その頃。 大阪のビル群の屋上、朝焼けと夜の闇が混ざり合う境界で、一つの人影がコンクリートの柵に腰掛けていた。


アルミとカーボンの冷たい質感を剥き出しにした身体。SMの女王様のようなボンデージ風の意匠と、トゲ付きのレザージャケットを羽織ったパンクロッカーのような歪な姿。 そのからくり人形――ナイトメアは、ドリル付きの漆黒の鎌を愛おしそうに撫でながら、不敵な笑みを浮かべた。


「ふふん、楽しそうに踊ってんなぁ、仁斗ォ。……まさか『ツタンカーメンのオッチャン』でここまで追ってくるとは思わんかったわ」


ナイトメアは立ち上がり、飛行用の傘をバサリと開く。その口から漏れるのは、クルミと同じ、どこか小馬鹿にしたような関西弁だった。


「……待っとれよ、クルミ。お前を作ったあの男に、すぐ極上の悪夢を見せたるさかいな……あはははは!」


パンクな高笑いを残し、黒い悪夢は大阪の街へと溶けるように消えていった。


(第1話・了)

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