箱
恋ちゃんは今日も元気いっぱい!
恋ちゃんは10才の好奇心旺盛な女の子。つやつやの短いボブヘアーがトレードマーク。今日はお気に入りの赤いスカートに黒と白の縞々のセーターを着ています。紺色のジャンパーは今、ランドセルの上に置かれています。
仲良しは空羽くんです。大きな瞳が美しく、大人しい性格の空羽くんも10才。空羽くんは黒いストレッチパンツに、クリーム色のトレーナーを着ています。上着であるグレーのジャンパーは今、恋ちゃんと同じくランドセルの上に。二人は小学校の4年生。
放課後には探検ごっこをして、よく一緒に遊びます。
今二人は公園のブランコに揺られているのです。
「空羽くん、何か面白いことないかなー」
「恋ちゃんたら、いつもそんなこと言ってるね。宿題やってるの?」
まるで口うるさいママのようなことを言う空羽くん。
「うん、寝る前にちょっとだけやってるよ」
「ちょっとだけ?」
「うん、あたし、お勉強よりも、鉄棒やドッジボールのほうが好きよ。ブランコとね!」
「僕はお勉強が好きだよ」
その空羽くんの言葉に思わずブランコを止めて、隣でゆーらゆら、ブランコをこいでいる空羽くんの顔を、首を動かしつつまじまじと見る恋ちゃん!
「空羽くんて、変なのー」
足を地面に着地したまま恋ちゃんは不思議そうに言います。
「なにが変なの?」
空羽くんもブランコを止めました。大きな目が少しだけ小さくなっている空羽くん。
「うん、なんとなく」
「そう?」
しばしの沈黙の後……二人は再びブランコを楽しそうに揺らし、振り子運動に身をゆだねキャッキャと声を上げます。
やがて夕暮れです。冬の夕暮れは急いで夜のカーテンを空に引きます。
「そろそろ帰ろうよ、空羽くん」
「うん、そうだね」
辺りの空気は藍色がオレンジを包み込んで行っている。
ストン! 二人は上手にブランコを下りました。ゆっくり歩き公園の出口に来たところです。
(これはなんだ?)
「ねえ、見て! 面白そうなものがある。空羽くん!」
公園出口……恋ちゃんの足元にひっそりと置かれた木の箱を見つけた恋ちゃん。
ランドセルをひと回り小さくしたぐらい。こげ茶で木目調の見目麗しい箱です。
「ムムム……。なんだろうね?! 恋ちゃん」
恋ちゃんは「危険な物だといけないから……」と空羽くんが話し終わらない内に、箱を開けてしまいました。
なんにも怖いことは起きませんでした。
「恋ちゃん、こういう時は触らずに警察に言わなきゃいけないよ。危ない物が入っている可能性もあるんだから」
「はーい」
恋ちゃんは、反省をしつつ箱を地面に戻しました。でも、ワクワクし瞳をキラキラ輝かせ箱の中身を見ました。
「空羽くん! みてっ。メモが入っている」
「ん?」
「空羽くん、『恋ちゃんの冷蔵庫の中』って書いてある……」
ただの真っ白い10CM四方の紙に筆で書いた黒い文字です。
空羽くんにさっき注意されたばかり。恋ちゃんは箱に触れずにまじまじと見ているのです。
「あたし! 帰るね! バイバーイ、空羽くんっ」
「あ、うん。気を付けてね~! 恋ちゃん」
*
「パパ、ママ、ただいまー!」
手洗い・うがいをすると、ママのいるキッチンに走って行く恋ちゃん。
もの静かなパパは、仕事部屋でお仕事中みたい。
「あらあら、どうしたの? そんなに慌てて。恋、おかえりなさい!」
恋ちゃんとおそろい、丸っこいボブカットの可愛いママが微笑んでいます。エプロンをして、魚の煮つけを作っています。
「うん、ママ! 冷蔵庫にきっと宝物があるわ!」
恋ちゃんはエキサイトしています。
「宝物ぉ?」
「あのね、ママ……」と、公園で見つけた箱と、その中のメモについて話す恋ちゃん。
「え……! なんだか不気味だわ、恋の名前を知っている誰かがいるとかさ。110番しましょう」
「うー、ママ~! その前に冷蔵庫を開けさせて! あたし、とっても気になるわ」
「わかった! ママが開けます」
ゴクリ……。
なんだか緊張して来てつばを飲み込むママと恋ちゃん。
「えい!」そう言ってママが冷蔵庫を開けました。
あれ? 変わった物はなんにもない。ヨーグルト・牛乳・お味噌にソース・マヨネーズ、などなど……。
「野菜室を開けてみるわ」と、なにやらハッスルしだすママ。
「うん、ママ! 開けて、開けて!」
ママはしゃがみ、野菜室を開けます。
レタス・ブロッコリーにジャガイモ・玉ねぎ・人参にキャベツ……。特に変わった物はありません。
残るは冷凍庫!
「よし! あとは冷凍庫ねっ」まるで、ママったら子どものようになっています。
なにかを見つけなきゃ気がすまない、といった風。
でも……冷凍庫の中身は、アイスクリームに氷、冷凍食品に保冷剤。見慣れないものは見当たりません。
なんだかママはがっくりしていて、それがちょっぴりおかしいなと思う恋ちゃん。
「ネェ、ママ? あたしが冷蔵庫を触っても良い?」
「うん、良いよ。危険な物は何もないことが確認できたから」
頭に鉢巻を巻きたいぐらいに張り切っている恋ちゃん。
(なんだか気になってしょうがないわ……! なにかはわからないけど、探す!)
さっきママは冷蔵庫の中身を動かしはしませんでした。
恋ちゃんは踏み台を持ってきて、奥にある四角いお味噌の入れ物を右に動かしました。
「あっ!」
なんと……! お味噌の後ろには、小さな木箱が隠れていたのです。そう、公園で見たのと同じく、綺麗な箱。違うのは大きさと色です。
大きさは……お味噌の入れ物より少し小さい。色は美しく深いワインレッド。
「ママ! 宝物を見つけたわっ」
「え?! 触っちゃいけないわ、ママが出します。おりこうさんにしていてください、恋」
「はい」
ママが手を伸ばし、冷蔵庫の一番奥から「あら、ほんと! なーにこれ」と言いながら小箱を取り出しました。
「まあ! セロテープでなにか貼ってあるわ」とママ。
小箱の背面にミニミニ封筒。それはお手紙らしい。
『恋へ』と書かれている。それを見て、「あたしが読む!」とちょっぴり強引に小箱をママから奪い取った恋ちゃん。
「『恋へ――――お誕生日おめでとう。少し早いけど、プレゼントさせてね! これはパパの作ったオルゴールだよ。なんの曲かな? ゼンマイを巻いてごらん。パパは、恋のパパになれてとっても嬉しい。生まれてきてくれてありがとう、恋。――――パパより』」
ママに読んで聞かせた恋ちゃん。
ママは……ご立腹の様子で、すぐに階段を上がり、パパの仕事部屋へ向かいました。トコトコついて行く恋ちゃん。
「パパ!」
ノックもしないでママはお部屋に入ってしまいました。
「ん? どうしたの、ママ?」
部屋着用スラックスにカッターシャツと毛糸のベストを着たパパが、向かっていたパソコンからクルリと振り返りました。優しい表情です。
ママは火を噴く怪獣のようになりました!
「どうしたもこうしたもありません。こんな手の込んだことをして! 外に恋の名前を晒すなんて危険すぎます! メモの入った箱が、子ども達の遊ぶ公園にあるだなんて、怪しさ満点です!」
パパはママに叱られてしょんぼり。
「ご、ごめんなさい。ロマンチックだと思ったんだよ」
パパのことが可哀相になり「マーマ……」ママのお洋服を引っぱって激しい叱責を止めようとする恋ちゃん。
「もうこんなことはしないよ。お家の中だけにする」と、少年のようなパパ。
ママの眉毛が下がり、ホッとしたような表情になりました。
「パパ、ありがとう! オルゴール、素敵だわ。あたしのお部屋に持って行っていい?」
「ああ、いいとも」
♪ターン……ターン……ターン、タ~ン……タンタラタラララ・タラララララララ……。
オルゴールが奏でたのは、パッヘルベルの『カノン』でした。
恋ちゃん、音楽の授業でこの曲のレコードを聴き、うっとりしたことがあったからすぐに判りました。
*
翌日――
「おはよう! 空羽くん。秘密が判明したわよっ」
「あ! あの、箱の中のメモ?」
「そう!」
そして素敵な全容を、パパがママに怒られたことも、恋ちゃんは空羽くんにお話ししました。
空羽くんは大人びた顔をして「ムー。恋ちゃんのパパ、子どもみたい。でも、なんだか羨ましいな! お誕生日おめでとう、恋ちゃん」と、輝く笑顔を見せました。
大人にも子どもみたいなところがあって、子どもにも大人みたいなとこがあるのですね。
人を不安にさせる悪戯はいけません。パパはどうやら羽目を外し過ぎたようです。
パパは猛省したので、今度は違うサプライズを思い付くことでしょう。
恋ちゃんは、前より宿題をするようになりました。でもそれはおまけなんです。ウフフ。
オルゴールの音色を満喫するついでにお勉強をしているんですって! 面白いね。
宿題をするようになった恋ちゃん……。パパは天才かも知れないね(?)




