最期に優しくしてくれたのは幼い王子様でした
「ファルメリア・サフス、数々の罪により、断首刑に処す」
「お待ちください! 私は……。あら、数々の罪とは何ですの? アナタ達のような怠慢な者こそが、断首刑にならないなんて、おかしな世界だわ。あははは!」
(違う、違うのに……)
それは私の罪ではない。裁かれるようなことは避けてきた。それなのに、頭の中に浮かぶセリフが、強制的に口からこぼれていく。私は、この乙女ゲームのような世界での役割から、なぜ逃がれられないの?
私は、身につけていた護身具やドレスを剥ぎ取られ、冷たい地下牢へと投獄された。
(異常だわ! この世界は……)
私が10歳の時、この世界での何度目かわからない人生は、3人いる悪役令嬢の中で最も不幸な最期を遂げるファルメリアに転生したことを知った。
この世界では、ほとんどの人が10歳の時に前世の記憶が戻る。その理由はわからない。前世の私は、この世界の終わりを見た。ここは、創世から終焉までが決められているループ世界。その中に生きる私達は、何かの役割を演じている。
私は、与えられた役割から逃れようと、死亡フラグを回避するために、完璧な行動をしてきた。
それなのに、主要なストーリーは変えられない。やってない罪まで、高笑いをして認めてしまう。この世界は狂っている。あまりにも異常すぎるわ。
「ボクが話をする! 警備兵はあっちへ行け!」
「なりません! スグリット様!」
「うるさい! ボクは、ファルメリアに殺されそうになんか、なってない。ボクは見ていたんだ。ボクのスープに毒を入れたのは、ファルメリアよりもっと若いメイドなんだ」
(スグリット王子?)
地下牢の廊下をパタパタと駆けてくる音が聞こえる。なんと、愛らしい。そういえば、次のお勉強の日には、花飾りを作って差し上げる約束をしていたのだったかしら。
ガン! ガンガン!
「ファルメリア、助けに来たぞ! くそっ、なかなか鍵が壊れない」
短い護身具の棒で、鍵を壊そうとしているみたい。だけど、何度も失敗して、手を打ちそうになっているわ。
「スグリット王子、こんな場所に来てはいけません。それに、そんな棒で叩いていては、手を怪我してしまいます」
「そんなことは問題ない。ボクは、ファルメリアが断首刑にされるなんて、絶対に認めないからなっ!」
スグリット王子の小さな手が、赤く腫れてしまっていることに私が気付いた時、警備兵が王子を捕まえた。
「放せ! ファルメリアは、ボクの友達だぞ!」
暴れる幼き王子は、警備兵によって連れて行かれてしまった。だけど私の心は、じんわりと温かくなった。
それから処刑の日まで、スグリット王子は何度も地下牢に忍び込んできた。すぐに捕まる時もあれば、少し話ができる時もあった。
(ループ世界で、良かったかな)
私は、この異常な世界を、初めて嬉しいと思うようになっていた。私は処刑されても、この世界の中で、一つ前の前世の記憶を持ったまま、新たに生まれ変わることができる。
次の人生は、スグリット王子に仕えたいと思った。あわよくば、王宮の中で働き、彼を支えたいと考えるようになっていった。
この世界では、転生は1〜2年後になると言われている。その時は、私は、スグリット王子よりも、7つか8つ年下になるはず。
そのことに気づくと、私は、何だか少し意識するようになってきた。もう25歳の私が、まだ5歳の幼い王子を異性として意識するなんておかしい気もするけど、前世の記憶を持つこの世界では、死期が迫ると次の人生を想像することは珍しくない。
「ファルメリア、今日で最後なんだ」
しょんぼりとしたスグリット王子が、また会いに来てくれた。世話係の執事らしき人も一緒だということは、許可を得て来たのかしら。
「スグリット王子、何度もありがとうございました。次の人生は、スグリット王子のお役に立てるように……」
「ファルメリア! 何を言ってるんだ。ボクとおまえは友達なんだぞ!」
そう言って、スグリット王子は、泣きべそをかきながら、紫色の花を差し出した。
「これは……」
「ファルメリアが次の人生も、フルールニア王国の王都に生まれるように、交易都市で手に入れた。この花を持っていろ! そして、次の人生で、前世の記憶が戻ったら、ボクを訪ねて来るんだ! いいな? 友達の約束だぞ」
「はい、スグリット王子、必ず訪ねて行きます」
「そのときには、ボクは大人になっているから、ファルメリアと結婚してやるつもりだ。わかったな!」
「えっ……結婚?」
私の頬が一気に熱くなっていく。幼き王子も、真っ赤な顔をしていた。
「ボクは、ファルメリアと家族になりたいんだ! 嫌だと言われたら悲しいけど……」
「嫌なわけなどありません! 次の人生が楽しみになりました。スグリット王子、ありがとうございます」
「そうか! しばらくの別れになる。早く転生して来いよ? 待ってるからな!」
私は、幼き王子の優しさに、涙が止まらなくなった。結婚なんて話は、忘れてしまわれるだろうけど、今、私をおくり出すために、どうすれば一番良いかを必死に考えてくださったのでしょう。
そして、私は紫色の花を髪に飾り、最期の時を迎えた。
◇◆◇◆◇
「あつい……」
私が、紫色の花のことを思い出したのは、高い熱を出して、寝込んでいたときのことだった。
(嘘……)
私は、10歳を待たずに、前世の記憶を取り戻した。しかも、その前の終焉を見届けた恐怖も覚えている。二つの前世の記憶があるのは、ループ終了の証。私はもう、この世界では転生できないんだわ。
「ファファリアの熱は、まだ下がらないのか?」
(えっ? あっ……)
「病が移るといけません。スグリット王子、お部屋から出てください」
幼き王子は、10歳くらいに成長していた。その姿が視界に入ると、私の胸はトクンと音を立てた。
だがそれと同時に、私の淡い恋心は、叶うことがないのだと悟った。皮肉なことに、私は、スグリット王子の妹に転生してしまったのだもの。
紫色の花は、死者の魂を、贈り主の元へ誘うと言われていた。死期の近い恋人に贈ることが流行っているという話を聞いたこともある。
こんなことが起こるとは思ってなかったけど、強い効果が発揮されたのね。まさか、本当の家族に転生してしまうなんて……。
数日後、おでこにヒンヤリとした何かが触れた気がして、目が覚めた。部屋の中は薄暗い。何だか、あの地下牢のような暗さだわ。
「ファファリア、気持ちいいか?」
声がした方に視線を向けると、すぐ近くにスグリット王子の心配そうな顔があった。
「あっ……」
「これは、交易都市で買ってきたんだ。熱病の人が楽になるスライムタオルというアイテムだ。ファファリアのおでこから熱を吸ってくれるぞ」
「えっ? こうえきとしって……」
「王宮を抜け出して、魔導馬車で行って来たんだ。みんなには内緒だぞ?」
「うん……」
私の病を心配して、交易都市まで買いに行ってくださったなんて……。スグリット王子は幼い頃と変わらず、お優しいのね。
「ファファリア、早く元気になれ。熱が下がったら、中庭で一緒に遊んでやるからな」
コクリと頷くと、スグリット王子は優しい笑みを浮かべてくれた。
「スグリット王子! 真夜中に何をなさっているのですか。昨夜から丸一日、どこにもおられないから、騒ぎになっていたのですよ」
「うるさいぞ、ラーク。ファファリアが眠れないじゃないか! あっちへ行け。うわっ」
スグリット王子は、世話係の使用人に捕まり、部屋から連れ出されて行った。
(ふふっ、変わらないわね)
私の新たな人生は、スグリット王子の妹になってしまった。淡い恋心は捨てるしかないけど、優しいお兄様を支えることはできるわよね。
おでこに乗っているプニプニとした冷たい不思議なタオルに触れ、私は目を閉じた。まだ体調は悪いけど、私の心は、ポカポカと温かくなっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
悪役令嬢ファルメリアの淡い恋心は、もう叶わないことから、バッドエンドとしました。でも、転生後の彼女は、まだちっちゃな王女ですが、これからは優しい兄スグリット王子との楽しい毎日が待っているはずです。




