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君にかけた鎖の名前は愛だった

作者: 千景

青春ものを書こうと思ったのに、どうしてこんな気味悪いものができあがってしまったのか……、よくわかりません。どうぞ。



 俺といるより、その男がいいんだと君が笑うから身を引いた。


 純粋で穢れを知らない、優しくて美しい君。

 だからこそ、その男がどんなことを考えているかなんて想像もつかなかったのだろう。


 ひどく眩しいものを前にしたときに、反応は二つにわかれると思っていて。


 一つは。



「3日でヤれる、あの女。愛してる、つっとけばすぐ信じるんだよね。今度どっか連れ回そうかな、カワイーし」



 なんてことをほざくクズ。

 彼女が選んだクソ男である。


 見栄と体裁とプライドのために近付こうとするやつ。アクセサリーと性欲処理くらいにしか思ってないような。


 対して二つ目。



「……そんな顔するくらいなら別れたら」

「別れたら、夏木がいなくなっちゃうじゃん」



 夏木とは俺のことである。


 あの顔だけクソ男とどうにか付き合いたいんだと、クソ男の友人やってた俺に頼み込んできた彼女の相談役。


で、見事に落ちたバカ。


 可愛くて素直な彼女はクソ男の遊と付き合いましたとさ。めでたしめでたし。


 ……なんてテンプレで終わるはずだった。

 

 確かに祝福していたはずだった。

 どうやってでも殺すことのできなかった恋情に終止符を打つのは時間だと。彼女が笑っていればそれでいいと、ガラにもないことを本気で思っていたつもりだった。目映いものには手を伸ばすことすらできない臆病者だとも、自覚していた。


 ……けど。



「なんで別れるのに、俺が関係あんの」

「それは、……っ」



 言い淀むその表情は、言葉を選んで、葛藤を繰り返す様をよく表している。


 徐々に赤みを増す顔は、俺の察しの悪さへの怒りか。もう何回目ってくらい繰り返されたような呆れ顔とは違って、初めて見るような表情。だからこそなんとか考えてみるけど、アイツとうまくいくために俺を利用しようとしてる、くらいにしか思い浮かばなくって。



「二股疑惑の相手、俺じゃ務まんないよ?」

「つ、……きあって、ないんだよ。遊とは」

「……は?」



 じゃあ何か。

 これまで心をズタボロにされながら見てきた二人のイチャコラや遊のクズ行動は幻だった、てか。んなわけあるか。



「本当のこと話せよ、アイツに浮気して嫉妬させんならもっと良い方法あると思うし」

「っだから、それも違うって、」

「じゃあ、」

「夏木なんだよ!! 好きなのは……っ」



 ……え?


 うそでしょ、と口にしようとして、言葉が出なかった。演技、だと思いたいのに。


 ぶわわっ、と赤みを帯びていく頬と、スカートを握りしめる手が震えることがその仮説を否定する。



「な、……んで」

「……夏木とのこと、協力してやるって。遊にもちかけられて、……でも、夏木にバレちゃうのがこわかった」



 嘘ついてて、ごめん。

 そんな風に小さく言われたって、俺はどうしたら。



「ほ、んとは、ずっと、……夏木が好きだった……っ」

「──……っ、」



 ぐらりと。

 揺れる瞳とこぼれた雫で、もうダメだった。


 遮るように奪ったのは、聞いてれば理性が砕け散りそうだったから。


 ほんとうに、バカみたいだと思った。


 悩んで傷付いて、らしくなく身を引いた俺の気持ちなんて一つも知らないような言葉にえぐり出された本音。隠し通そうと思ってたよ。でもこんな、前提すら崩れているなんて思ってもいなかったから。



「……は、こんなことならさっさと俺のものにすればよかった」



 先ほどまで温度を共有していた唇で、後悔をのせた言葉を吐いてしまう。彼女の気持ちが向くのを待つなんてらしくないことしてたせいだ。



「ね、本当に、俺のこと好き?」



 逃げられないように見つめれば、戸惑うように濡れた瞳を揺らす。ついで、こくりと頷く彼女。



「遊のこと、ちょっとはいいなって思わなかった?」

「お、……もったけど」

「思ったんだ」



 嘘をつけない素直さはかわいいと思うよ。

 それに遊にそのまま絆されることだってあり得ないわけじゃないし。クズがクズのままいられるのは、それを受け入れ求める一定のニーズがあるからだ。


 いじわるなこと聞いてごめん、って頭に手を置くと、戸惑いから何かを訴えようとする強い瞳に変わっていって。



「でも、私が好きなのは夏木だよ」

「……、……それ、」



 嘘だったら俺と心中しようよ。


 ぬるりと飛び出していきそうだった言葉をどうにか捕まえて、ぎこちない笑顔を浮かべるにとどまる。好きの重みは1人ひとり違うものだ。だけど、まだこんなことを示す段階じゃない。今は逃げられないように、ゆっくりと手を引いていく必要がある。



「それ、……?」

「……いや、なんでも」



 けれども、クズの友達は結局クズでしかないわけで。



「だからね、なつ──」

「ねぇ莉子」

「──っ、なに」



 本来の自分はこんな時に優しく告白を待ってあげて喜ぶようなイイコちゃんじゃないんですよ。彼女の言葉に重ねるように名前を呼んだのは、ただ与えられた選択肢を選びとりたいわけじゃないから。


 それに好きだから付き合って、だと嫌いになったら別れましょうまでがセットじゃん。不確かだよねそんなの。


 莉子の目から視線を下にずらして見たのは、あの偽彼氏とお揃いで付けていたというネックレス。細いシルバーのチェーンだけど、それが彼女を縛る鎖のように思えてきて。引きちぎるにしても首に痕が付くのは嫌だなと思って、抱き締めるフリをしてそっと外す。



「なっ、夏木、手早くない……?」

「……そんなことないと思うけどな」



 大事にしてるよ、これでも。


 煮えたぎらせたままの気持ちや衝動のままぶつけたら、それこそ人間の皮を被っただけの獣と変わらないでしょ。怖がらせないようにゆっくりいってるつもりなんだけど、……あぁ、でも。言葉ですれ違ってきたなら、言葉で伝えないとダメなのか。


 ……どーするかなぁ、と。


 伝えられるギリギリのラインを感情の海から掬い上げようとするけど。表に出さないぶん、深く暗く隠して積み重ねたものをさらけ出した頃には、窒息するほどの想いが現れる。伝えたら戻れないと知りつつ、俺のこと好きなら受け入れてくれないかな、という淡い期待も覗く。



「莉子」



 呼び掛けに対して、恥ずかしそうに俺の肩に頭を預けてくるあたり、遊の独占欲が刺激される理由もよくわかってしまった。


 ……でも、いいか。

 だってもう、俺のでしょ。


 嫌われるとか好きになってもらうとか、そういうことをぐるぐると考えながらやるのはやっぱり性に合わない。ぜんぶ渡すから、受け入れてよ。耳元で囁くのは、一般的な告白とは違って、確かな未来を約束するものだよ。


 それはまるで、己の鎖をかけていくように。




「君の死に際まで、好きでいるよ」





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