第八話 地底竜 ティアマットの出現
数カ月前:禁忌の祭壇
地底・最深部、光も魔力も届かぬ奈落の底。
闇の司祭カザールは、膝に乗せた“勇者の血”に微笑みを浮かべていた。
「古き神々よ……いまこそ契約の刻……目覚めよ、破壊と再生の竜、ティアマットよ……」
祭壇の中央には、骸のように干からびた六つ首の竜の躯。かつての世界崩壊戦争で封印された“地底の災厄”。
カザールは、銀の刃で封印の刻印をなぞると、滴る赤き血を竜の中心核へと注ぎ込む。
「この血は、希望の血。だからこそ、貴様の目覚めにふさわしい……!」
血が触れた瞬間、地面が震え、祭壇が砕け、竜の心臓が脈動を始めた。
黒い雷が走り、空間が裂ける。
「グ……オオ……オオオオオオオアアアアッ!!」
地底に響き渡る六重の咆哮。ティアマットが、完全に復活を果たした瞬間だった。
「数か月後……勇者たちがこの地を訪れる。その時こそ、お前の本能を解き放つがよい」
闇の司祭カザールは血に染まった顔で笑った。
「すべては……ガイアス様のために」
___________________________
地底・最深部、光も魔力も届かぬ奈落の底。
地鳴りが連続し、天井が崩れ、巨大な魔法柱が無残に砕ける。
祭壇の奥、闇の壁を突き破ってティアマットが現れた。
六つの首がそれぞれに異なる言語で咆哮を上げ、地上の理を乱す。
その眼は、まさしく知性を持つ“神”の如く。だがその本質は、“滅び”そのもの。
「来たか……勇者ども……待ちくたびれたぞ」
ティアマットが、笑う。喉の奥から音がにじむような、精神を蝕む“声”で。
「なん……だと……話した……!?」
シスターマリアが息を呑む。
「この竜……ただの魔獣じゃない! 神に近い……!」
ティアマットの口元が歪む。
「滅びの定めから逃れんとする者よ、絶望を贈ろう。我が再誕にふさわしい贄としてな」
次の瞬間ティアマットが放ったのは、六属性同時のブレス。
氷嵐が大地を凍てつかせ、毒霧が肺を焼き、雷が空間を裂き、炎が命を焼き、闇が光を消し、最奥の“無”が精神を削る。
「っ……みんなっ、回避を――!」
アルベルトが叫んだ直後、爆風が神殿を飲み込み、床が裂け、空間ごと崩落していった。
「リスクーーーッ!!」
アルベルトの叫びもむなしく、パーティーは完全に分断された。
カンナ姫とリスクは、底の見えぬ深層へと落下。
シスターマリアとアルベルトは神殿の崩壊を防ぎながら、ティアマットとの戦いに踏みとどまる。
「やはり来たか。お前たちは“鍵”なのだな……」
ティアマットはアルベルトたちを見下ろすようにして、再び動き出す。
「千の未来が見えようとも、破滅の道を選ぶとは。愚かで……美しい」
ティアマットはゆっくりと翼を広げた。
「我が名は、ティアマット。旧き世界より蘇りし、全災厄の母。さあ、勇者よ。滅びとともに踊れ」
地底神殿は今、神話となる。