第9話 取調べ ― 狂気の裏側と広がる波紋
夜明け前。
ロサンゼルス市警の取調室は冷え切っていた。蛍光灯の白い光が、無機質な机と椅子を照らす。その中央に座るのは、手錠をかけられたマーク。顔にまだ汗と埃が残り、唇には不気味な笑みが浮かんでいる。
窓越しに観察するのはカズヤとアイゼンハワード。
「演技の仮面をかぶった狂人……だがまだ核心を語っていない」
カズヤが低く呟く。
「精神の歪みか、意図的な犯罪か……ここを見極めねばならん」
アイゼンハワードは腕を組む。
やがて取調官が入る。録音機が作動し、記録が始まる。
「マーク、君はなぜあのような罠を仕掛け、人々を危険に晒した?」
問いかけに対し、マークは小首を傾げ、まるで舞台でセリフを探すように間を取った。
「罠? 違うさ。あれは“舞台”だよ。観客がいれば、俺の演技は永遠になる」
声は震えていない。むしろ陶酔していた。
「お前は役を演じていたつもりか? 人を殺しかけたんだぞ!」取調官の声が鋭くなる。
しかしマークは笑う。
「人はみな、誰かに見られることで存在する。俺はただ、真実の自分を演じただけさ。監督も、共演者も、みんな俺を利用してきた……それなら、最後に俺が主役になるだけだ」
机の下で、カズヤは拳を握りしめた。
「動機は承認欲求……いや、それだけじゃないな」
アイゼンハワードが応じる。
「彼の過去に、火種があるはずだ」
調査班が持ち込んだ資料が並べられる。そこにはマークの少年期の記録があった。
・小劇場で孤立していたこと
・父親から「二流役者」と罵られ続けたこと
・周囲の俳優に冷笑され、舞台を降ろされた経歴
「俺はずっと笑われていた。才能がないって。だから証明したんだ。俺は“モズ”だ。笑う者を串刺しにして、永遠に舞台に留める捕食者だ!」
その声は叫びとなり、取調室の壁に反響する。
カズヤは無線で録音の停止を指示し、部屋に入る。
「マーク、お前は才能を証明したんじゃない。ただ心を壊しただけだ」
マークはカズヤの瞳をまっすぐに見て、不敵に笑った。
「君も役者だろう? 俺を裁くのは観客だ。裁判という大舞台で、俺はもう一度喝采を浴びる」
取調べは終了するが、マークの「舞台」発言は波紋を呼ぶ。
その日のニュースは全米を駆け巡った。
「人気俳優マーク・S、狂気の舞台」
「モズ事件、映画業界に衝撃」
SNSでは「演技と現実の境界線」について議論が噴出し、スタジオのスポンサは契約を打ち切り、映画は公開中止に追い込まれる。
共演者たちにも傷は深かった。
ジェシカは報道陣に囲まれ、涙ながらに「もう二度とカメラの前に立てないかもしれない」と語る。
ロバートは療養に入り、ヘレンはしばらく公の場を避ける決断をした。
一方で、ネット上にはマークを「時代の犠牲者」と擁護する声も現れる。孤独や業界の冷酷さに同情し、事件を美化する動きさえあった。
アイゼンは記者に囲まれ、静かに言葉を残す。
「人の狂気は舞台の外にも存在する。だが、それを容認してはならない。正義は喝采を浴びるためのものではなく、人を守るためにあるのだから」
カズヤは夜の街を歩きながら、携帯を閉じた。
「これは終わりじゃない。裁判という新たな舞台で、奴はまた演じようとするだろう」
月明かりが雲間から差し込み、遠くで報道ヘリの音が響いた。
事件はまだ、収束していなかった。