第6話 “モズ”のはやにえに
撮影スタジオの一角。
監督が殺された現場に、再び足を踏み入れるカズヤとアイゼンハワード。
蛍光灯の明かりがぼんやりと揺れ、残された血痕がまだ生々しく床を汚していた。
カズヤは周囲を丁寧に調べていく。
すると、暗がりに転がる奇妙なものを見つけた。
それは小鳥の死骸。
木の枝に不自然に突き刺され、壁際に立てかけられていた。
「……これは演出の小道具じゃないな」
カズヤが低く呟く。
アイゼンハワードは屈み込み、剣先で死骸を突いて確認した。
「自然に死んだものではない。意図的に“飾られた”……まるで、意味を持たせるかのようにな」
さらに調査を進めると、衣装係ヘレンが思い出したように証言した。
「……そういえば、鳥の動きを妙に観察していたの。休憩時間に、ずっと空を見上げて……」
しかし、同時に別のスタッフからはこんな声も。
「いや、その時間、スタント練習にいたはずだ」
証言は食い違い、犯人像は絞れない。
カズヤは小鳥の遺骸を見下ろし、眉をひそめる。
「偶然じゃない……。これは“何者か”が残したサインだ。だが、まだ断定はできない」
アイゼンハワードは魔剣を背負い直し、鋭い視線を向けた。
「仮面を被った誰かが、この中にいる。だがその仮面の裏はまだ見えん……」
現場の異様な痕跡は、やがて犯人の過去、そして“モズ”という言葉に繋がっていくのだが、
この時点でそれを知る者はいなかった。
スタジオの一角。
灯りを落とした控室で、アイゼンハワードは机に並べられた資料を無言でめくっていた。古びた新聞の切り抜き、精神科医の記録、そして子供時代のマークの学校レポート。
すべてが同じ異様な事実を指し示していた。
「……鳥だ。あの少年は“モズ”のはやにえに取り憑かれていた」
アイゼンハワードの低い声が響く。
幼い頃のマークは、校庭の片隅で小動物を捕まえ、枝先に突き刺して並べていたという。教師は「野生への好奇心」と言葉を濁したが、精神科医は“加虐的な衝動の兆候”と記録している。
そして大人になった今、マークは役者として舞台裏でも異様なほど役に入り込みすぎ、まるで自らの肉体を“器”にして何者かを演じ続けるかのようだった。
「役を演じているのではない……役に呑まれている」
アイゼンハワードはつぶやいた。
さらにスタジオの道具倉庫で、カズヤと共に見つけたもの。
乾いた血痕のついた小道具の鉤爪、そして衣装箱の奥に隠されていた鳥の羽。
「これは偶然じゃない。奴は無意識に痕跡を残している」
カズヤが眉をひそめる。
ファンクラブ幹部が串刺しにされた時も、監督が胸をえぐられた時も――現場には必ず、マークの出番や動線と重なる時間が存在していた。
だが、決定的な証拠はまだ掴めない。
ただの偶然か、それとも“仮面の裏側”で蠢く真実なのか。
アイゼンハワードは暗がりの鏡を見つめ、低く吐き捨てた。
「マーク……お前の中には“モズ”が棲んでいるのか?」
鏡の奥。そこには自分を見つめ返すはずのマークの姿ではなく、
血に濡れたクチバシの影が一瞬だけ、揺らめいて見えた。
登場人物一覧(スタジオ関係者)
◆俳優陣
アノールド
人気俳優。「仮面の忍者剣伝 ケン」で正義のヒーローを演じる看板スター。表向きは無邪気でファンを魅了するが、その裏の素顔は誰も知らない。
ジェシカ
ヒロイン役の女優。アノールドとの関係は親密にも見えるが、裏では不仲説も絶えない。嫉妬心や野心を抱いている。
マーク
ライバル役の若手俳優。役柄の影響で「第二のスター」と持ち上げられているが、本人はプレッシャーに苛まれている。
◆製作スタッフ
トーマス
映画プロデューサー。資金繰りに苦しんでおり、撮影中断は死活問題。事件を早期解決しようと焦っている。
ウィリアム監督(犠牲者)
撮影の総指揮を執っていた人物。アノールドと意見が対立することも多かった。殺害現場には「ケンのマスクの切れ端」が残される。
ヘレン
衣装担当。ケンのマスクや衣装を一から仕立てた。繊維や布の扱いに詳しく、彼女の手を通さずに衣装を改ざんすることは困難。
サム
小道具係。倉庫の管理や舞台用武器を作る職人でもある。だが事件現場に似た凶器の記録は存在しない。
ロバート
スタントコーディネーター。アクションシーンの動線を熟知しており、照明やカメラの死角も把握している。夜間にセットを自由に歩ける数少ない人物。
◆ファンクラブ・外部関係者
リサ
アノールドの熱狂的ファン。撮影所に出入りすることもあり、時に暴走する行動が問題視されていた。模倣犯の疑惑をかけられるが、証拠不十分。
ジョージ
ファンクラブ幹部。モズの犠牲者となる。木に磔のように串刺しされるという凄惨な手口で発見される。