第四話 ノルド坑道の悪夢
地鳴りと魔力の残響が響く、重苦しい空気の中。
勇者アルベルト一行は、かつて魔族との戦いで封印されたという《ノルド坑道》の奥深くへと進んでいた。
だが、その旅路は、想像以上に....いや、別の意味で険しかった。
「ちょっと聞いて!」
カンナ姫がいきなり声を上げたのは、出発して30分後のことだった。
「羽毛の布団じゃないと、眠れないって言ったわよね!? こんな薄汚れた寝袋で寝ろっていうの? 信じられない!」
「いや……ここ地底だから、羽毛も何も……」
「じゃあ調達してきなさい!」
アルベルトの言葉を無視して、姫は続けた。
「それと、あのスープ。あれ、何? 味付けって概念あるの? 塩入ってた? コックは? コックはいないの!?」
「……冒険中にシェフを連れて歩く勇者がどこにいるっていうんだ」
「私のパーティーには必要よ!」
マリアが頭を抱え、リスクが小声で呟く。
「……これが地底王家の姫か。最終防衛ラインって感じだな」
そして夜、ついに
「野宿って何なのよ!? 虫がいるじゃないの! 潰れてたわよ、毛虫みたいなの!
それに湿気! 髪が広がって最悪! 何とかしなさい! すぐに!」
「……カンナ、もういい加減にしろ!」
たまりかねたアルベルトが、声を張った。
「お前は王族かもしれないが、今は皆、命がけで任務に当たってるんだ!
不満ばかりじゃなくて、少しは協力する気は――」
「……はいはい、正論正論。でも王族が野宿して虫に刺されるのは非常識でしょ?」
「ッ……!」
アルベルトは深くため息を吐き、説教はまたも空回りに終わった。
リスクが囁く。
「やれやれ....。先がおもいやられるなぁ……」
だが、数時間後。
思いも寄らぬ事態が起こり、彼女の“別の顔”が現れることになる。
封印が施された魔石の扉を抜けた直後、
突然、紫の魔力が地面を這い、リスクの足元を包み込んだ。
「――なっ!? ぐ……ッ!」
轟音と共にリスクの体が宙に浮かび、拘束魔法陣が発動。
魔素の鎖が全身に絡みつき、抵抗も虚しく彼の動きは封じられていた。
「リスクッ!!」
アルベルトが駆け寄ろうとした、その瞬間。
「止まりなさいッ! そこ、罠よ!!」
カンナが鋭く叫ぶ。
その声に反応し、アルベルトの足元に淡い赤い光が浮かび上がった――重力崩壊のトラップだ。
「チッ……!」
咄嗟に剣を突き立て、体勢を保ったアルベルトを尻目に、カンナはリスクの元へ駆け出す。
「バカッ! 商人のくせに警戒心なさすぎよ!」
「がっ……動けねえ……くそ……」
カンナは腰から取り出した銀の短剣で魔法陣の紋を削ると、古代ドワーフ語の詠唱を唱え始めた。
「ルン=フェイル=アグナ…… 《封印解呪・灰の鍵》!」
魔法陣がビリビリと震え、次第に光が弱まっていく。
そして――
「カンナ、離れ――!」
リスクの背後、魔力の残滓が一点に収束し、爆ぜた。
爆炎が吹き上がる。
カンナはリスクを抱え、その身を盾にして――倒れ込んだ。
「カンナッ!!」
アルベルトが叫び、マリアが駆け寄る。
カンナは肩に火傷を負いながらも、くったりとしたリスクに軽く微笑んだ。
「……魔法トラップくらい、見抜けるのよ。こっちは何百年も……地底で生きてきたんだから」
「おまえ……」
呆然とするリスク。
いつもの傲慢で尊大な態度の裏に、真の地底王族としての経験と責任感があったことを、彼は初めて知った。