第二話 姫の命令と、地底の惨状
その都市は、大地の奥深く、巨大な鍾乳石の森をくりぬいて築かれていた。
要塞都市。
古代よりドワーフ族が築き上げてきたこの都市は、地底の黒曜石とミスリルを組み上げた鉄壁の要塞であり、周囲からの侵入を拒む幾重もの城門と迷路のような坑道に守られていた。都市の中央には巨大な噴気炉がそびえ立ち、常に赤熱の蒸気と魔力を帯びた煙が天井の岩肌に染み込んでいる。
壁はルーンで強化され、外部からの魔力干渉を遮断する設計になっており、かつてこの地を落とそうとしたオーク軍団は、三度挑んで三度全滅したという。
しかし今、その誇り高き《鉄の都》が、爪で裂かれたような傷跡をあちこちに晒していた。
街の一角は崩れ、天井が抜け落ち、魔導炉の出力は不安定に。暴れまわった地底竜ティアマットの咆哮によって、魔力の均衡が乱れ、都市全体に“地鳴り”が残響としてこだましている。
瓦礫の下には、救助の手を待つ者たちの声がまだ届かぬまま、沈黙していた。
ドワーフ王《バルロッグ三世》は、王の間の巨大な石の玉座に腰を沈めていた。
豪奢なはずの王座の間も、今は煤とひび割れにまみれ、側近の姿もまばら。王の顔には深い皺と煤の痕が刻まれ、その視線はどこか遠く、虚ろだった。
「……五百年。五百年もの間、我らはこの地を守ってきた……。地上の人間がまだ村を作っていたころ、我らはすでに城を築いていた……」
低く震える声に、リスクとシスターマリアは言葉を飲む。
「だが……ワグナスの裏切りと、ティアマットの復活により……我が民は、我が子らは……崩れる屋根の下で、命を……」
王は拳を握る。
「わしは、王として……なに一つ……守れなんだ……!」
重たい沈黙が、王の言葉の後に落ちた。床に滴り落ちる王の涙は、煤にまみれた石を濡らしていた。
玉座の前で立ちすくむアルベルトたちをよそに、カンナ姫が足音高く王の前へ進み出る。
「王よ。あなたの無念、よくわかりました。でもここで止まっていては全滅するだけ。戦い続ける覚悟があるなら、この勇者たちを使ってください」
そう言って、当然のようにアルベルトたちを指さす。
リスクの顔がひきつる。
「ちょっと待て。俺たちはあんたの私兵じゃねえ!」
「……なに?じゃあ役立たずってことね?」
カンナの冷ややかな視線に、リスクの拳がわなわなと震えた。
だがその間に、シスターマリアが一歩進み出る。
「やめて、二人とも。争ってる場合じゃない。人が……この都市が、今まさに滅びかけてるの」
その一言が、空気を変えた。
アルベルトは静かに剣を手に取った。
「……行こう。今は、誰が命令したとか関係ない。やるべきことは一つだ」
「ノルド坑道へ向かうわよ。そこにティアマットの痕跡が残っているはずだから!」
カンナの言葉とともに、一行は暗くうねる地底迷宮へと歩を進める為に準備をはじめるのだった。