第12話 兄と弟
俺たちが、出口となる青白く輝く水のゲートへと向かっていたそのときだった。
俺はお腹が凄く痛い毒キノコの腐海なダケの影響である。しばらく、なにも食べたくない。
「……!」
突如として、ゲートから黒い影が音もなく現れた。殺気をこれでもかと纏い、冷たい空気が周囲を包む。
鋭い双剣を腰に携えた男。目は血走り、笑みは狂気に染まっていた。
その直後、黒衣の男がゲートから悠然と現れた。
闇の司祭、カザール。その姿に、誰もが思わず足を止めた。
「ふふ……お久しぶりですね、勇者殿。いや、今は“元勇者の弟”とお呼びすべきでしょうか。」
「カザール……!」
「クリスルパレスを滅ぼさぬ代わりに、女王に条件を出したのですよ。我らが望むのはただ一つ……勇者の命。
しかし、失敗した。だから今度は、確実に仕留めさせてもらいます。」
「兄さん……?」
アルベルトの声が震える。
「リンゼル兄さん……?」
カザールは冷酷に笑った。
「違いますよ、アルベルト。彼はもうあなたの兄ではない。双剣の暗殺者リンゼルです。」
その瞬間、リンゼルが牙をむいた。
「ユ・ウ・シ・ャアアアアア……アルベルトォォォ――コロス!!!」
双剣の暗殺者リンゼルが襲い掛かってきた。
―――――――――
名前:リンゼル(暗殺者)
レベル:99
体力:9999
攻撃:999
防御:999
素早さ:999
魔力:600
賢さ:999
運:100
この世界で禁術より死体より復活したアンデット族のゾンビであり元勇者。
【固有スキル】
天才剣士 敵の攻撃を先読みし、初撃を20%の確率で自動回避
連撃マスター 通常攻撃の際、20%の確率でもう1回攻撃
風のステップ 戦闘開始時に俊敏性+10%上昇(3ターン)
―――――――――
リンゼルの姿が一瞬で掻き消えた。
「来るぞっ!!」
双剣が閃いた――!
【双影斬】!
目にも留まらぬ速さで左右の剣がクロスし、アルベルトの肩と脇腹を裂く!
「くっ……!!」
さらに、周囲の空気が燃え上がった。
【スカーレットスピン】――!!
炎と風を纏った回転斬りが周囲を焼き払う!リスクが咄嗟に飛び退くが、毒キノコの影響で腹を抱えて崩れ落ちた。
「ぐああっ……動けねぇ……!」
「リスク、下がれ!」
アルベルトが剣を構えるが、リンゼルの影は止まらない。
【風の刃】!
両の剣が空を裂き、風の刃が十字に奔る――!
「兄さんっ……やめろっ!」
リンゼルの目に理性はなかった。
「終わりだ……」
カザールの言葉と同時に、リンゼルの肉体が激しく回転する!
「――見せてやる……これが俺の必殺――」
【リンゼルラッシュ】!!
一撃、二撃、三撃――
剣が空を舞い、地を裂き、アルベルトを中心に赤い閃光が十字に乱舞する!
四撃、五撃、六撃、七撃――
攻撃のたびに地面が抉れ、火花が散る!
八、九、十――
空気を切り裂く風圧がアルベルトの外套を裂く。
十一、十二、十三――
彼の周囲が火の渦と斬撃の線で染まる!
「ラストォォォォ!!」
十四撃目――灼熱の一閃!!
リンゼルの双剣が炎を纏い、一直線にアルベルトを貫こうとする――!
「……終わりだな、勇者よ!」
闇の司祭カザールが勝利を確信し、ほくそ笑んだ。
だが――その瞬間だった。
アルベルトはとっさに、水鏡の盾を構えた!
鏡の盾が鈍く青く光る、その表面に映ったのは、リンゼルの今の姿。
「う……うあああああああ!!」
リンゼルの動きが止まった。
自身の歪んだ顔を映したその鏡に、彼は絶叫し、頭を抱えて地面にのたうち回る!
「やめろ……見るな……俺は……俺は……!」
カザールが舌打ちする。
「……くく、まだ人間の意識が残っていましたか。実験はここまでか」
彼は地に倒れたアルベルトに近づき、短剣を取り出すと
「勇者の血……いただきますよ。」
血が抜き取られる―!
「やめろっ……!」
アルベルトの叫びも虚しく、カザールは呪文を唱え始める。
「トゥーラ・エルヴァ・ノクス……」
星の彼方、道を開け。
我が意に応えよ、移転の門よ――!
《エクソダス・ゲイト》――!!
漆黒の魔方陣がゲートに重なり、闇の光が炸裂する!
「この、次はかならずや仕留めますよ。」
勇者の血を瓶に入れた闇の司祭カザールと、地をのたうつリンゼルは、黒き転送魔法の中に飲み込まれ
そのまま、魔王城へと姿を消した。
地に膝をつくアルベルト。
その手には、自分の血がにじんだ剣と兄の面影が一瞬だけ戻った、その記憶が残されていた。
「兄さん……」
俺たちは哀しみの中、海底神殿のアビス・ノクスむけて海賊船は出航するのだった。