第4話 人魚の都市 クリスタルパレス
海の底、陽光も届かぬ深遠の青。
そこに、まるで夢のような光景が広がっていた。
海底に浮かぶ、水晶と珊瑚で造られた幻想都市 クリスタルパレス。
青白く発光する珊瑚礁に、古代の文様が刻まれたアーチ橋。
銀色に輝く巨大ドーム群が、ゆらゆらと水圧に身を委ねながら浮かんでいる。
どこか懐かしさと神秘が入り混じる、神々の時代がそのまま眠る場所だった。
「……すげぇ……」
俺は思わず息を呑んだ。いや、水中だから実際には息はしてないが。
でもそれほどの衝撃があった。
水中呼吸魔法で泡のヘルメットをまとった俺たちの前に、
突然、七色の鱗をまとった衛兵たちが現れた。
鋭い目を光らせ、槍の穂先をこちらに向ける。
「止まれ!この水域は人間の立ち入りを禁ずる!」
周囲を囲まれた。鱗のきらめきがまるで鏡のように反射し、無数の目に睨まれているようだ。
背後ではマーリンとシスターマリアが構え、緊張が走る。
「……俺たちは敵じゃない!」
勇者アルベルトが一歩前に出た。声は泡越しでもはっきりと響く。
「我々は、伝説のアビス・ノクスの封印を解く旅の者だ!女王の知恵と力を借りたくて来た!」
沈黙。水の中の静寂が、ぐっと重くなる。
そのとき──
「止めなさい。」
重々しくも艶やかな声が水を震わせた。
現れたのは、他の人魚たちとはまったく異なる存在感だった。
どこからともなく水を裂きながら、巨大な影が現れる。
その姿は……まさに“女王”。
人魚の女王セレナ。
全長は優に10メートルを超えていた。
豊かな青銀の長髪は尾ひれに届きそうなほどで、水中をたゆたうその様は流れる川の女神のよう。
尾ひれは透明なエメラルドの膜に覆われ、ひと振りすれば激流を起こしそうな迫力。何より、その両目。深海の水を映したような蒼きグラデーションがこちらを射抜いた。
「私がセレナ。このクリスタルパレスの女王です。」
圧倒されながらも、勇者としての威厳を保とうとするアルベルト。
「はじめまして、女王セレナ。俺たちは──」
「話は後です。……あなたたち、人間の来訪など数百年ぶり。けれど、その目は嘘をついていない。……連れてきて。」
女王がひとつ尾ひれを動かすだけで、潮流が一気に変わった。
まるで水そのものが意志をもって動くかのよう。
「玉座の間へ。…話を聞きましょう。」
衛兵たちの視線も変わり、俺たちはクリスタルパレスの奥深くへと導かれていった。
下半身は深海魚のような力強い尾びれ、上半身は神々しさを纏った美女だが、そのスケール感は城の門をくぐるだけで水を大きく揺らすほど。
「アナタたち、人間がこの聖域に足を踏み入れるなど、100年ぶりかしらね」
彼女の声は水の中に響く鐘のように反響し、俺の心臓を冷やした。
だが意外にも、セレナ女王は話を聞く姿勢を見せてくれた。
「なるほど、海竜王リヴァイアサンを討伐するために、海底神殿アビス・ノクスへ行くのね。扉を開ける水の鍵が必要だわ。」
セレナ女王は長い爪のついた指で、あごに手を添え考える。
「その鍵を渡すには、ひとつだけ条件があるわ。海底火山に巣食う“魔物”を退治してきなさい」
「魔物、ですか?」
俺は一歩前に出る。
「そう。クリスタルパレスの聖域を脅かす存在。名を“紅蓮の咆哮獣・ヴァレグリス”かつて私たちの軍勢でも倒せなかった化け物よ」
水の鍵を手に入れる為に俺たちは海底火山へ向かう準備を始めるのだった。