第2話 燃える家、残された血判
翌朝、八つ裂き村を震撼させる報せが駆け巡った。
大地主・釜田治の自宅が炎に包まれ、一夜にして灰と化したのだ。
焦げた木の匂いが村中に漂い、まだ立ち上る煙が霧と混ざり合い、異様な朝を告げていた。
釜田治は自宅の奥の寝室で倒れていた。火傷の痕よりも、一酸化炭素中毒による窒息死が直接の原因とされた。
村人たちは現場に集まり、震え声でささやき合う。
「やっぱり呪いだ…」
「血判に逆らった報いじゃ…」
「火事なんか偶然なはずがない…」
カズヤとアイゼンハワードも現場に駆けつけた。
焼け跡の中を歩きながら、カズヤは鋭い目を細める。
「これはただの火事じゃないな…。油の痕跡がある。火の回りが早すぎる」
その横で、田中が真っ黒に炭化した紙片を拾い上げた。
「カズヤさん、これを…!」
炭となった紙の中に、辛うじて赤黒い線が浮かび上がっていた。まるで燃え盛る炎すら拒んだかのように、その一部だけが残っていた。
「…契約文書か?」
カズヤが身を乗り出す。炭化して内容はほとんど解読不能だが、最後の一文だけが異様に鮮明だった。
『釜田大地』
しかもそれはインクではなく、赤黒く滲んだ血の文字だった。
「血判状……!」
アイゼンハワードが低くつぶやく。
周囲にいた村人たちの顔色が一斉に変わった。
「出たのか……血判が」
「やはり呪いは本当だったのか」
「もう村は終わりだ……」
恐怖に駆られたざわめきが広がる。
ようやく一人の老婆が、かすれ声で呟いた。
「……それを口にしてはならん」
別の男が慌てて老婆の肩を押さえた。
「やめろ、余計なことを言うな!」
村人たちは怯えたように目を逸らし、沈黙が広がった。
まるで、その名を口にするだけで災厄が呼び覚まされるかのように。
町長・佐藤光が険しい表情で前に出た。
「……その紙のことは、ここでは誰にも話さぬように。村人たちは皆、古くからの“ある伝承”を恐れているのです」
カズヤが食い下がろうとした瞬間、アイゼンハワードが制した。
「カズヤ、今は深入りする時ではない。村の者たちは怯えておる。真実は俺たちだけで探ればよい」
カズヤは紙片を握りしめ、煙の残る焼け跡を見つめた。
血で書かれた名、閉ざされた口、そして伝承への恐怖。
それらすべてが、八つ裂き村の深い闇の存在を物語っていた。
そして彼の胸に芽生えたのは、不安と同時に燃え上がる探究心だった。
「……必ず暴いてみせる。この村が隠してきたものを」
こうして、血判状の謎をめぐる調査が始まった。
だがそれは、カズヤとアイゼンハワードをさらなる不穏な迷宮へと誘うことになるのだった。




