第1話 調印式の混乱
リポーターの渡辺恵理子は三神不動産のリニア新幹線の新駅の八つ裂き村駅の駅前再開の大規模商業ビルと大型ホテルとタワーマンションの土地の地主たちとの調印式に取材に来ていた。新駅ができたことにより田舎町の八つ裂きの土地の値段は3倍に跳ね上がった。
霧深い朝、八つ裂き村の集会所には、普段の静けさを失った人々のざわめきが満ちていた。
リニア新幹線の新駅建設計画が発表され、村の土地価値は急騰していた。空気には、期待と緊張、そしてどこかよそよそしい不安が混じっている。
「目の前には、新しいリニア新幹線駅を中心に、大規模商業ビル、豪華ホテル、そして高層タワーマンションの予定地が広がっています。このプロジェクトは、村に新たな息吹をもたらすでしょう」
渡辺恵理子の明るいアナウンスにもかかわらず、会場は張り詰めた空気に包まれていた。地主たちは一人ずつ契約書にサインしていく。表情には期待と緊張が入り混じる。しかし、その中で、大地主・釜田治だけは硬直した顔を崩さない。
その時、釜田治の怒声が突如響き渡った。
「息子が勝手に儂の土地を三神不動産に売ったんじゃ!儂は認めんぞ! この契約は取り消しじゃ!」
会場は瞬時に大混乱となった。椅子が倒れ、書類が宙を舞い、人々は叫び声をあげる。
「なんだと!勝手に売るなんてありえん!」
「契約書は有効だろ、父さん落ち着け!」
「うわっ、書類が飛んだ!気をつけろ!」
「おい、誰か警備員呼べ!」
「大地君、大丈夫か…?」
怒号と悲鳴、驚きの声が入り乱れる中、釜田治は裏口へと押し出される。警備員の腕に捕まりながらも、最後まで怒りを振りまいた。
恵理子はカメラの前で言葉を詰まらせる。
「あ、しかし、何やら騒ぎが……。大地主の一人が、息子さんが勝手に売却した土地の契約を認めないと主張して、会場に乱入してきました!」
息子の大地は俯きながら、頭を下げて回る。
「父は認知症なんです。お騒がせして申し訳ありませんでした」
その謝罪を聞きながらも、会場の片隅には異様な気配が漂っていた。
アイゼンハワードは眉をひそめ、カズヤの肩を軽く叩く。
「カズヤ、何かがおかしいぞ。この騒ぎ、単なる土地争いだけじゃない気がする」
カズヤも周囲を見渡す。ざわめきの中で、人々の視線から逃れるように動く影。ちらりと赤い布をまとった人物の姿。何かを隠すように体を震わせ、声を潜めている。
地主たちも互いに視線を交わし、ささやき合う。
「この村には古い掟がある…知っているか?」
「血判状のことを思い出すと…ぞっとする」
「まさか、こんな騒ぎの直後に…」
霧のような不安が会場を漂い、紙吹雪のように飛び交う契約書の破片の間で、誰も気づかぬうちに、古い掟の影が忍び寄る。
莫大な金が動くこの瞬間、ただならぬ何かが、この村に潜んでいる、そう、アイゼンは心の奥でつぶやいた。
村人たちの歓声や怒号の裏で、八つ裂き村の歴史に秘められた死の呪縛の影が静かに忍び寄っていた。




