第8話 爆炎の狭間で
警報が赤く点滅し、サイレンが耳を裂くように鳴り響いていた。
「システム転送。完了だ!」
サーバールームに座り込んでいたジャスパーが、最後のケーブルを引き抜きながら叫んだ。彼のラップトップには研究所の極秘データがすべて吸い上げられ、クラウドの奥へと転送されている。
同じ頃、反対側の収容区画では銃撃戦が展開されていた。
セリーヌの狙撃が監視塔の兵士を次々と倒し、カテリーナが二丁拳銃で制圧射撃を行いながら人質を誘導する。
「走れ!こっちへ!」
彼女の鋭い指示に従い、怯えた科学者たちが雪崩のように脱出口へ向かう。
硝煙が漂い、銃声と悲鳴が交錯するその中でも、二人は寸分狂わぬ動きで敵を排除していった。
やがて二つの作戦が交錯した。
中央ホールで、アイゼンとジャスパーのチームと、セリーヌとカテリーナの部隊が合流する。
だが、その瞬間
「時刻はゼロだ、師よ。」
低い声が爆炎の中から響き渡った。
煙の向こうから現れたのは、かつての弟子ゼフィルだった。
黒いコートの裾を翻し、赤い瞳が冷たく光る。
彼の手には小型のデッドマン・スイッチ。背後のモニターには爆破カウントダウンが走っていた。
「核はもう動かした。ここには残骸しかない。だが……師弟の決着をつけるには、舞台として悪くないだろう?」
アイゼンの眉間に皺が刻まれる。
「ゼフィル、お前はまだ救える。憎しみに囚われ、何を求める?」
ゼフィルは口角をわずかに吊り上げた。
「救う?師よ、あなたはまだ夢想家だな。私は“正義の道具”として利用され続けた。あなたに拾われたのも、結局は戦うためだった。」
「違う。」
アイゼンは一歩踏み出す。
「私はお前を息子のように思っていた。お前が道を誤ったのなら、私は再び導く。」
「導く?それは支配の言葉だ!」
ゼフィルの瞳が揺らぎ、しかし怒りと悲哀が入り混じる。
「私は“師”を超えるために、この炎を選んだ!」
カウントダウンは残り30秒。
兵士たちは戦闘の構えを取るが、アイゼンは片手を上げて制止する。
「……ゼフィル。戦いは必ずしも剣で決するものではない。心の揺らぎこそ、お前の敗北だ。」
言葉は、爆発よりも鋭い刃のようにゼフィルの胸を突き刺す。
「……まだ終わりじゃない。」
ゼフィルはかすかに視線を逸らすと、スイッチを握った手を掲げ、爆炎の奥へと後退した。
「師よ……次は“最後の舞台”で会おう。」
次の瞬間、轟音と共に研究所が崩壊。
炎と衝撃波が施設を包み、鉄骨が弾け飛ぶ。
MI6の四人は必死に人質を抱えながら脱出口へ駆け抜ける。
背後では、ゼフィルの姿が爆炎の中に消えていった。




