第7話 突然の訪問者
鈴木大輔は、ペンション「雪華」の一室にこもり、机の上に積み上げられた資料を食い入るように眺めていた。
彼の眼差しは興奮に満ちている。
また傑作が書ける。
数年前、ある地方で起きた連続殺人を題材にしてベストセラーを放った。
今回も同じだ。この血と恐怖に満ちた現場に身を置き、細部まで観察することで、誰にも書けない作品が生まれると確信していた。
だがその夜、部屋に漂う空気は異様に重く、鈴木は不意に背筋が冷たくなるのを覚えた。
外は吹雪。廊下を渡るはずのない「足音」が近づいてくる。
重いブーツの音が、じわじわとドアの前に止まった。
――ギィ……。
ゆっくりとドアが開き、闇に溶け込む影が現れる。
鈴木は椅子から立ち上がり、唇の端を吊り上げた。
「おや、こんな夜更けに訪問者とは……珍しい。何か取材の申し出かな?」
影は何も答えない。ただ無言で部屋の奥へと足を進めてくる。
その姿は、彼の小説に繰り返し登場する「死刑執行人」の幻影のようだった。
「……沈黙か。いいね。小説的だ。まるで私の想像が形になったみたいだ」
鈴木の眼は輝き、恐怖ではなく好奇心に満たされていく。
だが、その瞬間
「死刑 ヲ 執行スル」
低く、機械のような声が響いた。
次の刹那、鋭い閃光が闇を裂き、鈴木の喉から息がもれる。
血の温もりが胸を濡らした瞬間、彼は床へ崩れ落ちた。
最後に脳裏をよぎったのは、自分の小説の結末。
これは最高の素材だ。皮肉にも、自らが登場人物として命を落とすとは。
翌朝。
カズヤとアイゼン・ハワードは、鈴木大輔の部屋を開けると同時に、重苦しい血の匂いに包まれた。
机には、未完の原稿が一枚。そこには震える筆致でこう書かれていた。
「死刑執行人による完璧な結末…これほどのネタはない。」
そして、もう一つ。彼のパソコンには暗号のようなフォルダが隠されていた。
中には被害者たちの情報がまとめられたファイル、そして――決定的な音声データ。
カズヤが再生ボタンを押すと、雑音混じりの声が流れた。
それは女の声。
だが、抑揚が不自然に欠け、まるで人間ではないかのような冷たさを帯びていた。
『……、裁ク……』
二人は顔を見合わせる。
宿泊客の中に女性は数人いる。しかし、この声がその誰かのものなのか、それとも全く別の存在なのか。
謎は深まるばかりだった。
ペンション「雪華」に漂う不穏な空気は、いっそう濃く、重くなっていった。




